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13/06/07    横浜オフィス:この写真は言わばジョーカーなんだ

13/06/07 金 10: 00


「……で、これが昨日の報告です」

 いつもの喫煙室。シノが写真を指し示しながら説明している。

「これは十分すぎる材料になる。ありがとう、シノ、旭」

 観音が頭を机上にべたっと付くまで下げ、まるでひれ伏すが如くに礼をする。

「そう言われると撮ってきたかいがあります」

「どういたしましてです~」

「じゃあすまんが二人は部屋から出てくれ。この先は聞かせるわけにいかないんでな」

 ──二人が出て行った後、観音が神妙な顔で言葉を切り出す。

「さて、この写真をどうするかだな」

「はい」

 ごくりと唾を飲む。

「まず本音を言おう、私にも判断がつかない」

 なんて意外な台詞。先日は使うのを前提の様に話していたが。

 観音がソファーにもたれかかり天を仰ぐ。その台詞に他意は感じられない。

「観音さんでも罪悪感を抱くということですか」

 いい機会なので先日観音に抱いたわだかまりをはっきりとぶつけてみる。

 観音は顔を元に戻してから返答してきた。

「私にそんな良心なぞないよ。この写真は言わばジョーカーなんだ」

「ジョーカー?」

「強力だが絶対ではない。『使う』と『使わない』、それぞれについて説明しよう」

 観音が気怠げに体を起こして、半ば憂鬱そうに説明を始める。

「使う場合からいくぞ。不倫がばれれば、マルタイは恐らく離婚の憂き目に遭う。そうなれば全てを失う事になる。だから脅迫するならこの写真は最強の武器と言える。弥生が飲みに誘って写真を突きつければ十中八九はそれで転ぶよ」

「十中八九ということは残り一~二割のリスクもあるということですね」

「もし全てを捨てる覚悟で開き直られると、私達は何もできない。暴露してもメリットがないどころか懲戒のリスクを負うだけ。冷静に考えればそんな事はすぐわかる」

 黙って頷くと、観音はゆっくりと噛んで含める様に続けた。

「デメリットは他にもある。それはマルタイの面子を潰すということ。マルセの人は何より面子を重んじる。脅迫写真で忍従させられるなんて耐え難い屈辱だろう。だから仮に転んだとしても面従腹背になるおそれがある。そういう奴は何をしでかすかわからんからな」

 観音が「ふう」と一息ついて、煙草に火を点ける。

「続けよう。次は使わない場合だ。正しくは間接的に使う場合と言い換えるべきか」

「と言いますと?」

「マルタイは浮気という疚しい事をしている。実はそれ自体が条件なんだ。『僕は知ってるんだよ』と匂わせながら接すれば、マルタイは勝手に自爆する可能性がある」

「でもそれって素知らぬ顔されたらお終いですよね」

「だから、そうさせないだけの演技力がないとダメ。失敗した場合、マルタイは警戒して二度と会ってくれなくなるだろう。かくしてマルコウは打ち切り」

「それってほとんど見込みないじゃないですか」

「ただし失敗しても『さようなら』で終わり。失敗しても不祥事のリスクを負わなくて済むのが、私達にとって最大のメリット」

 うーん、これは難しい。

「観音さんならどうしますか」

 観音は目を瞑り煙草を大きく吸い込む。再び目を開いてゆっくり煙を吐き出すと、「あくまでも私の考えとして聞いて欲しい」と前置きしてから答え始めた。

「この二択であれば『使いたくない』。私は『美しいマルコウ』をしたいから」

「『美しいマルコウ』ですか。うちで時々聞く言葉ではありますけど」

「じゃあ説明しよう。写真で脅迫するのは簡単だけどスマートと言えるか」

「いいえ、全くそうは思いません。むしろ犯罪そのものです」

「そうだよな。スパイは騙す、脅す、誘惑する、その仕事のおよそ全てが人として下劣な行為。こんな世界に身を置くからには良心を麻痺させないとやってられない」

「いちいち罪悪感なぞ抱いてたら仕事にならないということですね」

「うむ。でも、だからこそだ。私は良心を失っても品性は保ちたい。悪いこととは思わなくてもそれらの行為を恥じる心は持ち続けたい」

「どういうことでしょう」

「恥じるからこそ軽々しく安易な手段で忍従させたくないんだよ──」

 観音が軽く一息吸ってから言葉を続ける。

「──どうせやるなら、自らの知恵と工夫を尽くして張り巡らせた罠でマルタイの心を絡め取りたい。それが『美しいマルコウ』であり、私の調査官としての矜恃だ」

「それって難しくありませんか」

「難しい。でもこれは実務的にも理想の姿なんだ。マルタイが能動的積極的に協力してくれれば、計画に従った自在な情報収集が可能となって高度な情報が取れるからさ」

「なるほど、それは是非目指してみたいですね」

「さすがにそこまでは求めてないよ」

 観音がけらけらと笑う。

 でも焼肉工作の時も口ではそう言いつつ本音は違ったよな。

「またお得意の挑発ですか」

 カチンと来たので嫌味をぶつける。しかし観音は意外にも、すぐに頭を下げた。

「ごめん。これは本当に本気で本音。だってこれを口にするのは現場でも一線級の人達だもの。そんなレベルをヒヨッコの君に要求したら、私こそ上司失格だよ」

 絶対に無理ってことか。そうだとしても、素直に認めるのは口惜しいなあ。

「そんな顔するなよ。私は吉島の基調をする。君は写真の使い方について考えておけ」


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