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12/05/05(2) 自宅:ねぇ兄ぃ、ネトゲやらない?

 あー疲れた。畳に腰をどかっと落とす。秋葉原から俺の住む東急田園都市線あざみ野駅まで約五〇分。ノートパソコン抱えての立ちっぱなしは辛すぎた。

 皆実は嬉々として真新しいノートパソコンを起動している。

「うわ、サイトの表示が軽い。軽いよ兄ぃ~」

 その時点で喜べるなんてどれだけ幸せなんだ。ああ、買ってやって本当によかった。

 買物の後は執事喫茶にコスプレ写真館からアニメショップに至るまで、世間で言うアキバらしいスポットを思いつくまま連れ回した。皆実も物珍しげに写真を撮ったり店員に色々と質問していた辺り、持ち前の好奇心を十分に満たせたらしい。

 ──ペシペシと鳴り続けていたノートパソコン特有のキーボード音が途切れる。

「ねぇ兄ぃ、ネトゲやらない?」

「何をやぶからぼうに」

 皆実が指さす画面を覗き込む。

【「マッシュ」新会員勧誘キャンペーン】

【期間中に現会員様の紹介メールから入会した新会員様につきましては、現会員様と新会員様の双方にマッシュポイント一〇〇〇円分を進呈致します】

「妹の財布を助けると思って、ね?」

「今日十分に助けたじゃないか。まずは説明しろ」

「マッシュってのはうちがやってるMMOね。MMOの説明はうぃきさんに聞いて」

 皆実がウィキペディアのトップページを開き、パソコンを差し出してくる。

「いらん。MMOとは『大規模多人数同時参加型オンラインRPG』の通称。ゲーム内に構築された仮想世界のキャラクターになりきって、その世界に集まった他のプレイヤー達と一緒に冒険や生活を楽しめるのがセールスポイントってとこ」

 あれ? 皆実が思い切り呆れた顔をしている。

「うちに説明してどうするのよ」

「うぃきさんに負けたくなかった」

「知識の泉にまで負けず嫌いしなくてもいいじゃん。そろそろ兄ぃも大人になろうよ」

「うるさい、話戻すぞ。ゲームは好きだし、MMOにも興味はある。でも、MMOってキャラの育生に途方もない時間が必要だろ。社会人が楽しむには辛くないか?」

 いくら庁内ニートと言えども、日中は役所にいないといけないからな。

「大丈夫。マッシュってMMOの中では時間掛からない方だからさ」

「そんなMMOあるのかよ」

「キャラ能力よりもPSプレイヤーズスキル、つまりテクニックを重視したゲームバランスなんだ。現在一番人気のMMOだから人も多いし、これなら兄ぃに勧めてもいいかなあと」

 皆実のゲームを見る目は確か。これまで勧められたゲームで外した事はない。

「じゃあ試してみるか」

 書斎兼用にしているダイニングキッチンへ。

 机に向かい、パソコンを起動。皆実からのメールにあったURLをクリック。ブラウザが開き登録画面が表示される。必要事項を入力して登録を完了させる。ゲームクライアントのインストールを経てINログインする。

 キャラの作成画面が表示された。

 名前はどうしよう。本名を入れるわけにいかないし、仕事で使っていた偽名「みつき」でいいか。

 性別は女性にしよう。男性だとキャラのどこかに自分を投影してしまいそうで抵抗を感じる。これも日陰者と言うべき仕事のせいだが、ネトゲですらこんな考え方をしてしまう自分はどこか病んでいる気がしてならない。

 さて、パーツ選択の画面に移動──ぶっ、これはすごい。目、鼻、口、髪型から輪郭、肌の色に至るまでの部位毎に、それに対応したパーツがずらりと並んでいる。

「兄ぃ、すごいでしょ。これがマッシュの売りの一つ。キャラ作成の自由度が高いの」

 皆実を見ると、得意げに鼻を膨らませている。しかしだな。

「MMOと言えば戦闘だろ。キャラの外見って戦闘には関係ないじゃないか」

「戦闘だけがMMOの魅力じゃないってば。特にマッシュは『先ずキャラの着せ替えありき』みたいな空気があるからさ。いじってない人は殆どいないよ」

 そうなのか。ならば徹底的に拘ろう。

 目は切れ長で鋭く、鼻筋はまっすぐ高く。きりりと引き締まった口にシャギーの入ったストレートロングの黒髪。身長は設定した年齢によるのか。デフォルトは七歳で上は二五歳まで。迷わず二五歳をクリック。

「兄ぃってそういう人がタイプなんだぁ」

「そんな冷やかすような声を出すのはやめてくれ。素に戻されて作りづらいだろう」

 準備完了、いよいよマッシュの世界「エリンギ」だ。

 入場のアイコンをクリック。


 暗闇の中、白い光に包まれたみつきが現れる。

 光が消え去るとそこは深い森だった。

 森道を走り抜ける。辿り着いた高台の先には見渡すばかりの田園が広がっていた。

 ぽつぽつと灯る農家の明かり。静寂に響く川のせせらぎ。

 空が近い。瞬く星には手を伸ばせば届きそうだ。

「見ているだけで空気がいつもより澄んできた気がする」

「それはうちが空気清浄機を掃除したからだよ」

 せっかくの感動が台無しじゃないか。

 気を取り直し、高台から村へ降りていく。道端の其処彼処にキノコが生えている。さすがはマッシュルームにエリンギと、キノコがモチーフのMMOだけある。

「その生えてるキノコを食べ分ける事でキャラの体型調整ができるんだよ」

「このキノコはシメジ?」

「うん。効果は『胸を小さくする』だったかな」

 それを聞いた瞬間、俺はシメジをひたすら拾い集めていた。

「兄ぃ、ドン引きなんですけど」

「もうお前あっち行け」

 「はーい」と気怠げな返事ともに足音が遠ざかる。

 邪魔者は消えた、これで存分に楽しめる。


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