13/06/06 横浜オフィス:友達のいない私に後部座席なんて必要ないだろ
13/06/06 木 18: 10
いつもの横浜事務所。
俺は観音と一緒に部屋で待機している。
今日は一つの山場、俺もCARPを休んで立ち会いたい。
観音もそれで了承してくれた。
吉島さんの写真は観音が入手し、シノと旭に渡してある。残念ながらCARPで下の名前は分からなかった。
一方の俺は月曜日にCARPの駐車場を調べたが、該当の車はなかった。
もちろん吉島さんは出勤していた。同一人物だとすれば、自宅の住所は駅から近いから電車通勤という事なのだろう。
観音は机にスマホを置き、険しい顔で連絡を待っている。
その様を見ているだけで、横に立つ俺まで緊張してくる。
〔ピピピ〕
鳴った、観音が一コールで出る。
俺にも聞こえる様、スピーカーをONにしてくれる。
「シノです。マルタイ出て例の車に乗りました。現在追尾中です」
「そうか。顔は見えたか?」
「残念ながら。車の中はさすがに見えにくいです」
「仕方ないな、そのまま追尾してくれ」
「弥生、マルタイのすぐ後ろにつけちゃってるけど、本当にこのままでいいの?」
「いいよ。車の尾行は見られるかどうかじゃない。意識されるかどうかだから。防衛意識高い人はどうやっても気づくし、低い人なら気づかれない。心配しなくても大通りに出れば自然と二~三台間に挟む。信号にだけ気をつけろ」
「わかった。それじゃまた後で連絡するね」
電話が切れた。観音がぼそりと呟く。
「何で弥生にわざわざ聞くんだよ」
「私も車を使った作業だけは、それなりに現場経験ありますもの」
「私にそのまま聞けばいいじゃないか。私が運転上手いのはシノだって知ってるのに」
あーあ、いじけ始めたよ。ここは話を少しそらすことで対処しよう。
「そうなんですか? 役所で運転してるの見た事ないですけど」
「カロリー消費考えて極力歩いてるんだよ。家ではロードスター乗り回してるぞ」
「いい車じゃないですか。でもツーシーターって何かと不便でしょう?」
「友達のいない私に後部座席なんて必要ないだろ──あっ」
観音は自分で自分にトドメを刺した。さすがはぼっちマスター。
さすがに見ていられない、コーヒーでも入れてあげよう。
──観音の机にカップを差し出す、ついでに自分のも。
〔ピピピ〕
観音がすぐに取る。この切替の早さはさすがだ。
「シノ、どうなってる」
「現在一二号を北上中、恐らく行き先は新横浜です」
「ラブホテル街か。どうやら目的は達せられそうだな。マルケイの追尾はどうだ?」
「ありません、大丈夫です」
尾行作業で怖いのはマルケイの追尾。接点や条件の揃うマルタイが見つからないのはマルケイも同じ。だから俺達を追尾することでマルタイの横取りを狙うのだ。
「よし。ホテルに入る所を押さえるのは無理だから、一旦駐車場に入って待機だな」
「そうですね。後は一人が外で待機して駐車場から出る所を押さえる、一人が車内待機でロビーから出てくる所を押さえられれば、といったところでしょうか」
観音が少し考え込む。俺もその理由は分かる。方法としては間違ってないのだが。
「今回は夜だから光源がなあ。まさかフラッシュは焚けないし。特に外は絶望的だろ」
公安庁に夜間撮影用のカメラや投光器等の機材はない。そもそもスパイ活動に必要と思われる殆どの機材がない。この点で俺達は民間の探偵以下である。
今度はシノの側が間を置く。
その間に観音がカップに口をつけて唇を湿らす。
「それなら私達も中に入りましょう。百合カップルでも装って」
「ぶっ! あの、えっと、さすがに私もそこまでしろとは言わないぞ」
観音は机の上にコーヒーを思い切り吹き出した。哀れスマホはコーヒー浸し。
「女性同士で性的な問題は起こりようがないですから、不祥事の心配は無用ですよ」
「まあなあ……わかった、シノの判断に任せる。ただし絶対に無理はするな」
「了解です」
電話を切る。俺は台拭きで観音の机を拭く。あーあ、俺の机まで飛んでるよ。
「汚いなあ、このスマホ大丈夫ですか」
「ああ防水だから大丈夫。ありがとう」
果てさてどうなる事やら。
俺も観音も腕を組みながらじっと待つ。
〔ピピピ〕
観音が電話を取る。この人は電話番のバイトでもしていたのか。
「どうだった」
「同一人物です。現場写真も撮れました、現在はマルタイの隣の部屋です」
「おお!」
俺達二人が歓声を上げる。
「今から画像を添付してメールしますので確認して下さい、一度電話を切ります」
すぐにスマホが震えた。
観音がスマホを取る、画面を見る、そしてそのまま……固まった。
「どうしたんですか」
観音が呆然としながらスマホを差し出して来た。
受け取って画面を見る──って、おい!
そこに写っていたのは、シノが旭を抱き寄せながら頬にキスしている光景だった。慌ててシノの携帯に電話を入れる。
「はいはい?」
「この写真は一体何?」
「見ての通り、マルタイ達が部屋を選んでる写真だよ」
「得意げに話すところ悪いが見ての通りじゃない。送ったメールを確認してみろ」
電話を切る。すぐに観音のスマホが一度震える。
続いて俺のスマホの着うたが鳴る。
「もしも──」
「違うの、あれは違うの、記念撮影の振りの試し撮りのそれでそれで」
シノが泣き声で一方的に喚き立ててきた。もう明らかに混乱している。
「分かってるから気にするな。観音さんが話したがってるから待って」
観音の机に俺のスマホを置き、観音のスマホを受け取る。そこに写っていたのは、今度こそ、マルタイと吉島さんが寄り添いながらラブホの部屋を選ぶ光景だった。
「シノ、よくやった!」
「では、あがっていいですか。私と旭ちゃんは休憩して疲れをとってから帰庁します」
「お疲れ。夕食はそこで出前を取るといい、経費として調活で落とす」
本当にお疲れ様。特にシノ。
電話を切った観音が話しかけてくる。
「これなら完璧だな、二人には何か御褒美をあげないと」
「ですね。よろしければこれを」
紙片を三枚渡す。観音は怪訝な顔をしながら受け取った。
「御飯を奢ってあげた後にみんなで行くといいですよ。たまには女子だけでどうぞ」
「カラオケボックスのサービス券か。ありがとう、甘えさせてもらうよ」
これで俺達四人の絆はまた一歩深まるだろう。
さて、三人への本当の御褒美は何にしようか。




