13/05/16(2) 料亭:ぼっちマスターの私が言うのだから間違いない
仲居がデザートを持ってくる。いけないと思いつつも目が行ってしまう。
「弥生、いい加減にしろ。連れの私に対して失礼と思わないのか」
「観音さんは上司でしょうが」
「一般論としてデートじゃなくても同伴の女性に失礼だろう」
「綺麗な女性を目の前にすればこうなるのが、男性の自然な反応ってものです」
仲居は自分の事だとわかっているだろうに、素知らぬ顔で配膳を続ける。
うーん、プロだ。ますます惚れてしまう。
「じゃあ仮にだ、この仲居さんが君の彼女になりたいと言えばどうする」
「喜んでOKするに決まってるじゃないですか」
その瞬間、観音が嫌らしく口端を歪めた。
「だそうだぞ。旭、どうする?」
旭? 観音がコタツをばんばん叩きながら笑い転げ始めた。
「私は弥生さんが彼氏なんて真っ平です~。全力で辞退させていただきます~」
ええっ!? いや、この喋り方は……間違いなく旭だ。あまりの化けっぷりに全くわからなかった。口調のせいか、声まで違って聞こえてたし。
「さっきまでの、はきはきした喋り方はどこいった!」
「私は元々普通に話せます~。のんびり話して語尾を伸ばして、その間に言葉を選ぶ事で口の悪さを改めようとしてたら、そのままクセになっちゃっただけです~」
自覚してたのかよ。しかも、それでもこの口の悪さかよ。全く効果ないじゃないか。
いや、そんなのどうでもいい。
一生の不覚じゃないか。俺は旭ごときに何て事を口走らされたんだ。ふざけるんじゃないですよ。観音に対して向き直る。
「一体どういうことですか、説明してください。どうして旭がここにいるんですか」
「正確には旭のおかげで私達がここにいるというべきだな。従業員割引でかなり安くしてもらえたから。そうじゃなければ、この部屋でもお金が足りないよ」
「公務員は副業禁止じゃないですか」
「実は私には心臓病の弟がいまし──」「わかった、そういう事にしておいてやる」
語尾を伸ばさせるまでもない。放っておけば延々と涙ながらに壮大な大嘘八百を並べ続けるのだろうけど、そんなの聞く時間も気力もない。
「聞けよ。せっかく私が三日三晩寝ないでシナリオ書いたんだから」
「更なる嘘をつらつらと重ねないで下さい。昨日歌いすぎで寝坊したのは誰ですか」
「おはよう、いい朝だよね」
「それももういいですから」
何が何だかわからない。
ただ、仕事であるのは間違いない。仮にバイトなら俺には絶対教えない。職場にばれれば旭は懲戒処分、知る人は一人でも少ない方がいいのだから。
ならば区分の原則、これ以上聞いてはいけない。
観音も頃合いとみたか、話を切上げにかかる。
「そろそろ今日の本題に入ろうか。旭、すまないが席を外してくれ」
旭が俺にすり寄り、耳打ちをしてきた。
(シノさん含めて部屋のみんなには内緒にして下さいね~、私も今夜の台詞は忘れてあげますから~)
是非そうしてくれ。そしてさっさと出て行きやがれ。ちきしょう……。
──旭が退室すると、観音が煙草に火を点けた。
「さてと本題に入るか。まずは君の立てている方針を聞こう」
「当面は挨拶を繰り返しつつ、マルタイからも声をかけてくる関係を目指します」
「うむ。まず土台作りが必要だし、それでいい」
「その上で一つ案があります」
「具体的に話せ」
「マルタイはウォーキングの後、サウナに入る習慣があります。これを利用して会話の機会を作り、マルコウにつながる趣味嗜好を探ろうと思うのですが」
「いいと思う。裸だと精神的にも無防備になるし。でも情報を取ろうと思うな。それはまだだ。あくまでも『糖尿病の先輩』の人となりを知るスタンスで臨め」
「嫌な先輩ですね」
「戯れ言はいい。他にはないか」
矢継ぎ早に続く観音の問いかけ。
ここは返答が長くなる、大きく息を吸い込んでから口を開く。
「マルタイがクラブに来るのは月水金固定です。しかし聞き込みでは、ほぼ毎日帰宅が遅いと言ってました。聞き込み前日の火曜も帰宅が遅かったそうです。もちろん職場の付き合いの可能性もありますけど、火木に何らかの条件が見つかる可能性はないでしょうか」
「仕事の線はないだろうな。閑職だし下手に出世してるから、奴は『ぼっち』だ」
「決めつけがひどすぎる」
「ぼっちマスターの私が言うのだから間違いない」
マスターって……でも、この妙な説得力は何だろう。
彼氏がいないのは知っているけど、確かに友達と遊んでいる姿も想像できない。本人としては「スパイ稼業を極めてるから」と自慢しているつもりなのだろうが、なぜか憐れむ気持しか湧いてこない。
何も言えなくなってしまった俺を見てか、観音はふんと鼻を鳴らして話を再開した。
「君はどうしたい?」
「私が自分で調べたいところですけど、面が割れてます。観音さんに頼めませんか?」
「そうしてやりたいが、CARPに通う私は更なる手駒となりうるからな……シノに頼もう。弥生が絡めば、あいつは信用できるし頑張るだろう」
「相変わらず嫌な言い方ですね」
「使える物は何でも使うんだよ。隣の班から旭も借りよう。『尾行もマルセ班で教えましょう』とか言って。弥生も大好きな旭と一緒に働けて嬉しいだろ」
「しつこい!」
声を荒げると、観音がけらけら笑う。
「明日から忙しくなる、覚悟しておけ」
「はい」
「よし、景気づけに歌いに行くぞ」
「やっぱり私も一緒なんですか」
「いいじゃないか。これまで一緒にカラオケ行ってくれるのって弟くらいしかいなかったんだ。それ以外はずっと独りで通ってたんだから、少しくらいつきあってくれ」
「……お供します」
本当に友達いないのか。
さすがぼっちマスター、目から涙が止まらないんですけど。




