表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/72

13/05/10(1) 横浜オフィス:それはCIAが手土産に持ってくるチョコレート

13/05/10 金 10: 20


 いつもの横浜事務所。

 全員が黙々と仕事をしている。これが役所本来の姿であるはずなのだが、普段はもっと賑々しいだけに何かが起きる予感がしてならない。

 ノートパソコンに向かい昨日の記録を打ち込む。しかしキーを叩く指が重い。本当にこれでいいのかなあ、どことなく自分の行動に疑問を感じてしまう。

 ──来客が入ってきた……って、こいつは!

「あら、弥生君お久しぶりだねえ」

「段原補佐、お久しぶりです」

 久々に見るネズミ面。現場視察で来たのか。

「いやあ、心配してたんだよ? 横浜とか行っちゃってさあ。どうしてるかなあって」

 へらへら笑いやがって。一体どの口が言いやがる。

「ええ、お陰様で横浜のみんなとは仲良く楽しく過ごさせていただいてます」

「そうらしいねえ。本庁でも『偽装薩摩豚にハーレム』って評判だよ。公安庁二大美人に囲まれて一日中マンガやゲーム三昧。そんな夢みたいな生活が送れるなら、僕だって喜んで横浜に行くさ」

 全てお前のせいだろう、その言葉をぐっと飲み込むべく歯を食い縛る。

「段原補佐、御無沙汰しております」

 観音がすっと俺の横に立ち、段原補佐に頭を下げる。

「天満川さん、お久しぶり。これは僕から君に陣中見舞い」

 観音が段原補佐から差し出された小箱を恭しく受け取る。

「ありがとうございます」

「今の調子で、このままずっと横浜で頑張ってね」

 段原補佐は妙に嫌らしげな笑いを浮かべ、千田首席の席へ向かった。

「いやあ、千田君お久しぶり~。会いたかったよ」

「段原君、久しぶり。僕の方こそ待っていたよ」

 千田首席が満面の笑顔で両手を広げながら立ち上がる。俺の目には嫌っているどころか、まるで想い人に対して全身で愛を表現している様にすら映る。

 観音に小声で耳打ちする。

(これで本当に大嫌いなんですかね)

(これこそ現場職員を極めた姿だよ。もう頭のてっぺんから足の先まで、全てが大嘘)

 段原補佐が部屋内を見渡す。

「久々にこの部屋に来たけど、本庁に比べると相変わらず小さくて汚いねえ」

 大きなお世話だ。本庁をわざわざ引き合いに出すのがこれまた嫌味たらしい。

「でも段原君も昔はこの部屋で汗水たらしながら働いていたじゃないか」

(あの人現場もやってたんですか。ずっと本庁だと思ってました)

(二年間だけな。ここだけの話、横浜でどうしようもなく使えなかったから本庁へ帰れた。本庁でならそれなりに使い途のある人だし)

 そういう戻り方もあるんだなあ……。

 まあそれも、観音曰くの本庁で積み上げた実績ゆえか。

「だから来たくないんだよ。僕は例え首席やれって言われても断っちゃうなあ」

(うわあ、これは嫌うのもわかるなあ)

(天然かよ。悪気はなさそうだけどさ)

 千田首席が立ち上がり、段原補佐の横に寄り添うがごとく並ぶ。

「じゃあ所長の部屋に行こうか」

 目障りだからとっとと行け。

 しかし段原補佐は、俺の前で立ち止まった。

「君が本庁に戻って来る事を心から祈っているよ。頑張ってね~」

「死にやが──!」

 言葉は続かなかった。気づくと口を塞がれ、立ち上がった体は動かなくなっていた。

 右腕にシノ。左腕に旭。後ろから口を塞いでいるのは観音か。

 俺はキレかけたらしい。

 もし止められなければ、このネズミ野郎をぶん殴っていたに違いない。

「やっぱりハーレムじゃん。シノちゃん、本庁に呼んであげるから僕の隣に座ってよ」

「結構です」

 シノが淡々と返す。その抑揚の無い言葉には明らかに激しい嫌悪が篭められている。

 左腕を握る手に力が込められる、それと同時に旭が大声で叫んだ。

「仕事の邪魔です~! いい加減にして下さい~! 早く出て行って下さい~!」

「何、このちんちくりん」

 段原補佐はさもつまらない物を見るかがごとく旭を一瞥し、部屋を後にした。

 俺を拘束していた三人が離れた。

 そして俺、観音、シノの三人は顔を見合わせて呆れる。

 お前こそ背が低いじゃないか、と。

 旭を見ると、肩を振るわせながら拳を握りしめていた。

「ち、ちんちくりんですって~。よくも、よくも私が気にしていることを~」

 下に向けた顔を覗き込むと、目を釣り上げて怒りを露わにしている。こんな顔をした旭は初めて見た。あまりに的確すぎて、俺すら口に出せない禁句だからな……。

「その、何だ。俺も普段は恥ずかしいから口にはしないけど、お前はかわいいって」

「うむ、男は小さい女性が好きだからな。私だって旭が羨ましい」

「旭ちゃん、おいで。抱きしめてあげるから」

 しかし、旭は顔を俯けたままで叫んだ。

「もう私の事は放っといて下さい~」

 はあ……このまま部屋にいると、また段原補佐と顔を合わせる。

 喫煙室に移動しよう。


        ※※※


 喫煙室。俺は床に正座させられ、観音からお説教されている。

「君はバカか。もしあのまま殴っていたら、間違いなく懲戒免職だったぞ」

 そしてそれが段原補佐の狙いだったのだろう。だからこそ、あそこまで見え見えの挑発をしたのだ。

「ごめんなさい、返す言葉もありません。それで観音さんは何をもらったんですか」

「さあ、御菓子だと思うんだけどさ。開けてみようか」

 観音が包みを開く。

 あ、これは──観音が血相を変えて立ち上がった。

「今すぐ奴を簀巻きにして横浜港に叩き込んでやる!」

 観音がつかつかとドアに向かって歩き始める。

 やばい、段原補佐のいる所長室に行くつもりだ。後ろから抱きつき制止する。ああ、まさに柳腰。いや、それどころじゃない!

「気持はわかりますけどやめて下さい、観音さんこそ懲戒免職になっちゃいます」

 離せとわめく観音を他所に、何の事かわからないシノと旭はきょとんとしている。

「弥生、一体何なんなの」

「ただのチョコレートじゃないですか~」

 観音を無理矢理ソファーへ抑え付ける様に座らせ、二人に言う。

「食べてみろ」

 二人が揃ってチョコを口に入れる。その瞬間、顔を思い切り歪めた。

「これ、本当にチョコ? 何だか洗剤の固まりを口に入れてしまった様な感じがする」

「まずいです~、吐きそうです~」

「それはCIAが手土産に持ってくるチョコレート。高級な代物じゃあるんだけど、俺達日本人の口には合わないだろ。だから配られてもみんなゴミ箱へ投げ捨てる」

「つまり、私はゴミって事。二度と本庁に帰ってくるなというメッセージさ」

 そこまで言わずとも、こんな物を土産に持ってくる時点で悪意しか感じない。恐らく「高級だけど中身がない」という嫌味も篭められてるだろう。キャリアの蔑称は「貴族様」だから。

 ──トントンとノック音。ドアが開き、千田首席が顔を覗かせる。

 俺達全員、明らかに仕事をさぼっている状況。やばい、と慌てて部屋に戻ろうとする……も、千田首席は制止した。

「来客は帰りましたけど、今日はもうそのままにしてて構いませんよ」

 その言葉が全てを物語ってるなあ。

 千田首席が観音に手招きする。

「天満川さんだけ借りますね、ちょっといいですか」

「はい、なんでしょう?」

 観音がそれに応じて喫煙室を出る。

 残された俺達はテーブルの上のチョコを眺める。

 何となく捨てられなくなってしまった。仕方ない。

 俺達は三人顔を見合わせて頷くと、チョコをかきこむ様に平らげ始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ