13/05/09(3) 某カラオケボックス:君の言葉は軽いんだよ
某所カラオケボックス。観音が嬉しそうにリモコンを握る。
「なぜカラオケボックス?」
「歌いたかったから。さあ、曲入れるぞ~」
「いや違うでしょう。何か話があったんじゃないですか」
「冗談だよ。カラオケボックスは防音も効いているし二人きりにもなれる。安上がりな割に密談にはもってこい。何より、今日の私達は恋人同士だし」
怪しまれない様に、と観音が曲を入れる。
しかしリモコン操作は妙に手慣れてるし、歌本も見ずに曲コードを入力している。どう見ても、自分が歌いたいからにしか思えない。
「一体どこまでが本気なんですか」
「真っ平らな胸から引き締まった足首まで全部本気。それじゃ本題に入るぞ」
叱責を覚悟する──しかし観音はにこりと笑い、頭を撫でてきた。
「弥生。緊張したろ。お疲れ様」
えっ? 思いがけない言葉に戸惑う。
「初マルセツってそんなものだよ。君は相手がマルセの人間と意識した途端に言葉が出なくなった。そうだろう、私もそうだった。仕方ないよ、相手は『敵』なんだから」
「観音さんからそんな言葉が出るなんて」
観音にも狼狽える時代があったなんて。全く想像がつかない。
「慣れだよ。マルコウは頭じゃなくて体で覚えないとだめだからさ。恐らく店に入る前の君は『焼肉工作なら』とか『焼肉工作しか』くらいに思ってただろう」
「おっしゃる通りです」
「私は君に実際にやってみてほしかった。そして現実を知ってもらいたかった。あの無能な厨二統括ですらやっている『ならしか』もできない程に無力だという現実をな」
「どういう事でしょう」
頭上に乗せられた手を振り払う。
観音は体勢を元に戻し、背をソファーに預けた。
「現在の君は、焼肉工作について『ならしか』と言えるか?」
「言えません。焼肉工作すらできませんでした」
「シノのマルコウは聞いたよな。確かにべたべたのハニートラップ、話だけなら気づかない方がどうかしているとまで思うだろう。でも、そんなシノを今の君は笑えるか」
あ、そうか。
シノもこういう思いでマルコウしてたんだ。
緊張で何も見えなくて、苦しくて、戸惑って。しかも今日の俺みたいに観音が助けてくれたわけでもない。
「笑えません。シノを内心バカにしてしまった自分が恥ずかしいです」
「それでよし。逆に君が将来幹部になってノンキャリア達に今日の話をしたとしてもさ、きっと『俺も俺も』と共感してくれるよ。みんなが通ってきた道だから」
「奥歯に物の挟まった物言いはそろそろやめてもらえませんか」
観音の目尻がわずかに釣り上がった。
「君の左遷は君自身にも原因があるってことさ。少なくとも大元の諍いについてはな」
「はい?」
声がひっくり返ってしまった。
「あからさまに不満そうな顔をするなよ」
「だって奴の言い分はただの我が儘じゃないですか」
「じゃあどうして誰も仲裁に入らなかったんだ。本庁二‐三は仕事に厳しい人が多い。正しければ応援もするし、明らかに間違っている事を見過ごす程バカじゃないぞ」
「それはわかってますが……」
言葉に詰まる。
でも、言われてみればそうだ。あれだけの大騒ぎなら普通は誰かが止める。
「私から言おう。君の言葉は軽いんだよ」
「具体的にどういうことでしょう?」
観音がふんと鼻を鳴らす。
「国家大計結構、当庁の将来結構、しかし君にそれを語るに相応しい背骨はあるか。国家一種受かったから、キャリアだから。ただそれだけでそんな台詞吐けるとでも思ってるなら、それはノンキャリアを見下した思い上がりにすぎない」
「観音さんだってキャリアなのに何を言ってるんですか」
「私は私、君は君。君からキャリアという身分を取って何が残るか言ってみろ」
「少なくともヤツより頭がいい自信も、仕事ができる自信もありますが」
「ああ、そうだな。確かに段原補佐を部屋のみんなの前で言い負かして恥をかかせるだけの頭はあるだろうよ」
「そのイヤミたらしい台詞はやめてもらえませんか?」
「イヤミを言ってるんだよ。知識、経験、実績。仕事において段原補佐に一つでいいから実際に優る物はあるのか? 弥生みたいなのを世間では『バカ』って呼ぶんだ」
この物言いはなんだ。例え上司と言えども、バカとまで言われて黙ってられるか。
「一体どっちの味方ですか! 観音さんは私を助けに来てくれたんでしょうが!」
「それはそれ、これはこれ。段原補佐は殆ど本庁でマルセ一筋三〇年。自らが紡いできた歴史に基づいて話してるわけだ。例え、君からは矮小に見えようとな」
「そういう年功序列みたいなこと言ってるから、霞ヶ関が腐るんですよ」
「組織はどこでも同じ、社会で実績なき者が物を語れると思うな。特に段原補佐はパチンコ献金疑惑事件の資料を作った当事者だから尚更だよ」
「そうなんですか? それは知らなかった」
パチンコ献金疑惑事件とは、一九八九年、とある怪文書こと公安庁の資料により、野党がパチンコ業界から多額の献金を受け取っていた事が発覚した事件。
ところが与党が追及を始めたところ、与党はそれ以上の献金を受けていた事が発覚。結局うやむやになってしまった。
「本庁で聞いた話だけどさ。若い頃の段原補佐って、君と同じく正義感と使命感を抱いて仕事する人だったらしいよ。あの資料も純粋にそういう思いで作ったと聞く」
「ダウト、それが本当なら私の耳にだって入ってるでしょう。何を泣かせるドラマのナレーションがごとくつらつらと話してるんですか。」
「そりゃ君には誰も話さないだろ。でもその資料をキャリアが知らない内に持ち出して、週刊誌に載って、国会で話題になって、与野党で誤魔化し合って、国民にも忘れ去られて、結果はマルセの一人勝ち。そして本人はストレスで胃潰瘍になっただけ」
「それは……同情しなくも……ないですね」
複雑な気分になる。すると観音は心中見透かしたかの様に微笑んだ。
「憎いのは憎いままでいいんだ。そこは私だってわかってる」
口調が柔らかくなった。
「はい」
「ただ口論に限ればって話でさ。段原補佐は君と同じ事を過去にやった上で、いわば自らをも否定したわけだ。さすがに認めざるをえまい」
じっと見据えてくる。部屋の照明が映り込む青紫の瞳には、説教に託けて俺を貶めよう等という邪心は感じられない。
このまま耳を傾けよう。
「自分を認めてもらいたければ、認めてもらうに足る自分をまず示せ。そこにキャリアもノンキャリアもない。それがわからないなら、君は本庁に戻れても必ず同じ事を繰り返す」
観音は相変わらず目をそらそうとはしない。
ただ、ほんの僅かだけ瞼を伏せた。その動作によって、自然と口を開かされる。
「わかりました。ありがとうございます」
飛び出した言葉には全く飾り気がなかった。
そのせいか、観音の目が緩む。
「今後はあの店でマルコウを続けてくれ。さすがにこれ以上は求めてないし、仕事への姿勢を示すには十分だろ。本庁に戻るための土産は、約束通り私が用意しておくよ」
「はい」
……とは答えたものの、何だか素直に頷きづらい。
観音が続ける。
「もちろん助けが欲しければ言え。いつでも店に付き合ってやる。いやむしろ呼べ」
「話を締めるかと思えば、どさくさ紛れに一体何を言っているんですか」
「だってあそこの肉、まるで口の中で溶ける様だったし。特にユッケは絶品だった」
「思い出しながら涎を垂らすのはやめてください。ついでにその遠い目も」
観音は慌てておしぼりを手に取り、口を拭う。まったくもう。
「そうそう忘れてた。焼肉工作は最初から手帳出して身分明示で行けばいいんだよ。焼肉屋はいくらでもあるんだし、ダメなら次に行けばいいだけ」
「意地悪ですね。最初から教えてくれればいいじゃないですか」
「それじゃあ勉強にならないだろう。まだ時間もあるし歌っていこう」
──ここで終われば「いい話だなあ」で終わったのだが。
始まったのは某ボーカロイドメドレー。それも、次々に替え歌として綴られるシノへの恨み節。
まだ根に持ってるのかよ。いい加減に許してやれよ。
しかも音程もリズムも狂った超音痴。今にも耳が腐りそう。
そのくせマイクを離さず、自分に酔いきっている。
もう固く誓った。
今後は絶対、観音とカラオケボックスに来ない。




