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13/05/09(1) 横浜オフィス:慣れておけ。この先はもっと緊張する

13/05/09 木 09: 50


「私は『こしあん』しか、もみじまんじゅうとは認めない」

 どうでもいいです。広島人からはそうでも、クリームもチョコもチーズも美味しいです。それ以前に、広島人としても偏った主張な気がします。

 観音が広島から帰ってきた。七日、八日とカープが勝ったので見た目にも機嫌がいい。ズムスタでは思う存分スクワットしてきたとか。

 こしあんもみじを頬張りながら、観音に業務日誌を提出する。

「【一二時~青商会予対RS基調(西区)一八時~同予対KI工作(緑区)】……ね」

 観音は含みありげ。そりゃあなあ……。

 青商会は三十代の若手を主体とするマルセ系商工人団体。

 昼間の基調はランチタイムで夜は夕食時。しかも両方とも青商会が対象とくる。もう見るからに焼肉工作なのは明らか。「仕事する気はありません」と宣言したようなものだから、生真面目な上司なら見た瞬間に日誌を投げつけてきかねない。

「焼肉店を回ってみようと。いけませんか」

「いや、構わないよ。他にも候補はあるのか」

 びくつきつつ、リストを差し出す。

「この中に味重視かつ若者を対象にしている内装が小綺麗な店はあるか」

「この店がそうですね」

「わかった。今日はそこにしろ。私も行く」

「えっ、一人で大丈夫ですよ」

 そもそも俺を突き放したのはあなたじゃないか。今更何を言いやがる。

 しかも、あなたが焼肉工作なぞ興味あるわけないだろう。一体何を企んでやがる。

「気が利かないな。私も美味しい焼肉が食べたいって言ってるんだよ。しかも堂々と税金でだぞ。これで相手が君じゃなく、もっといい男とのデートだったら最高なのに」

 この女、焼肉工作で絶対口にしてはいけない言葉をつらつらと並べやがった。

「仕事ですから。デートじゃないですから。嫌なら来なければいいでしょうが」

「ふーん、君は私とデートしたくないのか。そんな事言うと寂しくて泣くぞ」

 ドン、という音が部屋に響き渡る。音源を見やるとシノが握り拳で机を叩いていた。

「観音さん、ここは職場です。上司といえども言動は弁えていただけませんか」

「上司だから一緒に行けるんじゃないか。若者向けの店ならカップルの方が自然だし」

「なら、私が行きます」

「ま~さかシノちゃんともあろう人が、区分の原則を知らないわけじゃないよねぇ~」

 ひ、ひでえ。嫌味たっぷりに絶対正義の建前を振りかざしやがった。例え同じ班でも俺とシノは別ライン。上司の観音が手を出すなと言えばシノは従うしかない。

 シノが歯ぎしりしながら押し黙る。気まずいので早く話を終わらせよう。

「では観音さん、時間と待ち合わせ場所はどうしましょう」

「一七時に駅前のスターバックスでどうだ。せっかくだし、とことんデートとしゃれ込もうじゃないか。目一杯おめかしして行くから期待してろ」

 話す観音の視線は俺ではなくシノ。顔を斜に構え、勝ち誇った顔をしている。俺の隣でシノが顔を引きつらせているのは、もう見なくても分かった。

「わかりました。ではそういう事でお願いします」

「じゃあ、私は外回り行ってくる……そうそう。我が愛する部下のシノには特別な土産を用意していたんだった」

「はい?」

 答えたシノの声が妙に低い。怖くて目を隣に向けられない。 

 観音が立ち上がり、シノの席へ向かう。

「ほら」

「これは?」

「チーズもみじ特大一箱。乳製品たーんと食べて、その魔乳をもっと大きくしろよ」

 それだけ言った観音はすたすたと室外へ。その瞬間、ベコっと箱のへこんだらしき盛大な音が隣席から聞こえてきた。


                 ※※※


 一七時一五分。某駅スターバックスに観音が全力で走り込んできた。

「すまん、ハアハア、申し訳ない、ハアハア、客との連絡が長引いた、ハアハア」

 観音がしおらしく頭を下げつつ右手を立てる。

「仕事ですし仕方ないですよ。予め余裕を見てますし、メールももらいましたし」

「ありがとう、ハアハア。コーヒー買ってくる」

 観音は戻って来ると、体を投げ出す様にして席についた。買ってきたベンティ、つまり最大サイズのアイスコーヒーをごくごくと飲み干す。

 一息ついたところで午前中の一件について問うてみる。いくら何でもやりすぎだ。

「どうして今朝はシノをあんなに煽ったんですか」

「独りぼっちで留守番しているところにあんな写真送ってこられれば、むかついて当たり前だろうが」

「はあ」

 そういえばあれ送ったのはシノだったっけ。

「皆実を呼んだ責任を差し引いても、あれくらいの煽りは茶目っ気の範囲内だ」

 実際は俺達三人の共犯なのだが、矛先はシノだけに向けられたらしい。

 それにしても、なんて大人げない。

「器小さいなあ。根に持つなあ……何より私が大迷惑なんですけど」

「うるさい、うるさい、うるさい! 私だって上司である前に人間だ! いじけもするし、恨みもするし、泣きもするわ!」

 とても上司の吐く台詞とは思えない。と言うか、大の大人が言う台詞じゃない。

 今後、観音を下手にいじるのはやめよう。面倒くさいを通り越して、もはや哀れだ。

「本題に入る。私は恋人のふりして一緒に入店する。ただし、あくまで君の仕事だ」

「はい。最初から観音さんをあてにするつもりはありませんから。一人で頑張ります」

「まあ、やってみろ。どんなものか、な」

「店に行って店主と話すだけでしょ」

 観音が勿体つけた言い回しでくすりと笑う。たかが焼肉工作で何を言ってるのか。

「今日の仕事は君の初マルセツだろう。実際にやってみれば分かるさ」

 言い終えた観音が、右手を俺の手に乗せる。どぎまぎする俺に低い声で告げた。

「慣れておけ。この先はもっと緊張する」

 今でも十分すぎるから。

 しかしその真の意味がわかるのは、店に入った後だった。


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