13/05/01(2) 赤レンガパーク:最後まできちんと恋人のふりしないとだめだってば
「弥生大丈夫?ぼーっとしてたよ?」
「あ、ああ。ごめん」
シノの声で、意識は再びメーデー会場。眼前のスペースは、更なる参加者達によって完全に埋め尽くされていた。
「そろそろ開始時刻だ。参加人数をとるべ、シノもよろしく」
「うん」
会場全体を視野に納め、脳内でスリットを入れる。最も平均的な密度のブロックにいる人数を数える。この数字を全体のブロック数で掛ければ大体の総人数が出る。ベテランだと、一目見ただけでおおよそ言い当ててしまうからすごい。
「約四五〇人ってとこかな」
「弥生早い~」
待て。俺が早いわけはない。以前の現場では、上司から「弥生ちゃん、おっそ」とからかわれていたくらいなのに。
「お前、どんな数え方している」
「列毎の人数数えながら密度で加減すれば出るかなあって。違うの?」
なんて要領の悪いヤツだ……もっともこんなの、やったことがあるかないかだけの話。二部だと大規模な集会やデモの調査をする機会自体が少ないしな。
「それは屋内ホールとかで座席数決まってて、列人数が一目で分かる歌劇団公演とかの数え方だ。野外集会でそんな数え方してたら、誤差はひどいしキリがない」
「シノ知ってるもん、弥生が知ってるか試しただけだもん」
シノが頬を膨らませてすねる。あーもう、どいつもこいつも子供ばかり。
「それじゃ賢いシノちゃんにオバカな俺から確認だけさせてもらっていいかな」
「そういう言い方ってむかつくからやめて」
いきなり素に戻りやがった。女ってめんどくさい。
「んじゃ前置き無しで、とにかく聞け」
やりかたを教えるとシノは即座に数字を出した。飲み込みは早いんだよなあ。
「約四二〇人かな?」
「じゃあ間とって約四三〇人にしておこう」
マルケイ発表が三五〇人、主催者が六〇〇人というところかな。
マルケイは純人数が基本。さらにわざと少なめに出すバイアスが掛かる。主催者は延べ人数が基本。さらにわざと多めに出すバイアスが掛かる。要は「それだけしか集められないサヨクってカス乙」というマルケイと「これだけ集めた俺達すっげえ、ヒャッハー」という主催者の思惑の差だ。これが時折行き過ぎてしまい、原発反対デモみたいに一〇倍以上のとんでもない差が開くこともある。
経験則上は主催者発表の七掛けが実数。マスコミも概ねこの数字を採用している。
──主催者の挨拶が始まる。
後で記憶喚起するためのキーワードを、昔ながらの手書きでメモしていく。予想されるキーワードは資料で予習してある。マルセみたいに担当経験のある分野なら、予習もメモも要らないんだけどな。国内左翼は殆ど門外漢だから仕方ない。
というか……演説を聴いていると、まったくもってその通りとしか思えない。俺だって一労働者に過ぎないんだから共感はできる。だけど古めかしくて小難しい左翼言葉には全身むず痒くなる。いいこと言ってるんだから普通に話せばいいのになあ。
──集会が終わった。
この手の報告書は速報性が求められる。すぐ事務所に戻らないと。
「終わったんだから、腕を放せ」
「防衛だよ、防衛。最後まできちんと恋人のふりしないとだめだってば」
だから今日は防衛なんて必要ないってば。堂々とメモまで取ってるくらいだし。何よりその腕に押しつけられたぶよぶよ柔らかいムダな脂肪が気持ち悪い──とは口が裂けても言えない。
仕方ないので言いくるめられた振りをして、その状態のまま事務所まで歩いた。
※※※
いつもの部屋。観音と旭は既に戻っていた。
他の人達は全員休暇中、よって部屋には俺とシノ含めた四人だけ。
「戻ったか。お疲れさん」
「お疲れ様です~」
観音はお煎餅をかじりつつテレビのニュースを眺めている。各地メーデーの情報が流れるのを待っているのだろう。
テレビ画面は行楽を楽しむカップルの取材中。観音は「韓国みたいに若い男はみんな徴兵で持っていけ」とか「飢えているマルセの子供達に謝れ」とかぼそぼそと呟きながら、取材されるカップルが替わる度に煎餅をバリッと鳴らす。
旭は黙々とキーボードを叩いている。報告書の作成中か。
俺達も報告書作成開始。
ペアで調査した場合、本来は二人で分割して報告書を作成する方が効率いい。しかし今回はシノが全部作る事になっている。
シノには昨年一部で作成したメーデーの報告書を見本として渡している。その形式を写せばいいだけだから、実際に教える事は何もない。
「5W1H、てにをはと接続詞の使い方、これだけ注意しとけ」
「うん、わかった」
シノの返事を聞いてから、俺も観音の机の煎餅に手を伸ばす……も叩かれる。
「出先帰りの煎餅一枚くらいいいじゃないですか」
「ゴールデンウィーク中はCARPが休みなんだから、その分摂取カロリーを減らせ。それともこれをお昼御飯にするか?」
ちっ。横の旭を見て気を紛らわす。やっぱり見本を見ながら作成している。
最初から一部に見本を借りてくればいいという話なのだが、一部と二部の間でも区分の原則が働く。本庁なら関連情報として一部からも報告書が送られてくるが、現場だとこういう機会でもなければ「報告書貸して下さい」とは言いづらい。
だったら研修で教えればいいだけの話なのだが、実は報告書の体裁一つにしても、厳格なマルセ及び一部と「読めればいい」という外事で対立している。もともと庁内各課の方針がバラバラなので、研修でも各課の顔を潰さない様に実務的なことを教えないというのが実情だったりもする。
「弥生。できたよ。見てもらえる?」
ファイルの入ったUSBメモリを受け取る。これでシノも報告書の書き方を覚えたろう。少しだけ手を加えてプリントアウト。
二人の印鑑を押して観音に提出、同時に旭もあがったらしい。
「二人ともOK。旭、シノのと合わせて国内首席の決裁もらってきてくれ」
旭が部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。報告書を送信。四人が声を揃える。
「おつかれ~」
これで本日の仕事は終了。ゴールデンウィークなのにやる気しねーよ。
さて、本来ならここで外回りにかこつけて帰ってしまうところだ。ゴールデンウィークは本庁も現場もみんな休んでいる。一部はメーデーだからともかく、国外担当の二部は開店休業同然だから働く意味がない。
だが絶対に留守番を一人残す必要がある。誰もそんなのやりたくないし、やらせたくもない……と言うわけで、全員が気を使い合って部屋に残ったままとなった。
一方で「せっかくのゴールデンウィークなのに」という思いは消せない。
部屋には、誰も見てないテレビの音声が流れるだけ。
観音だけはいつもと変わらず黙々とファイルに目を通しているが、シノも旭もスマホ片手にネット巡回。俺も二人と同じ。家に帰ればマッシュができるのに、と匿名掲示板の雑談スレをひたすら眺めている。
──バタン、とファイルを畳む音が響く。
「あー、もう! 欝々欝々やってられるか! 喫煙室でお茶会するぞ!」
ワーカホリックの観音ですら本音は同じだったか。
「はい!」
監督者がそう言ってくれるなら。
俺、シノ、旭は喜び勇んで観音の提案に乗った。




