12/03/26 横浜オフィス:僕は心が広いからね
12/03/26 月 13: 00
──甘かった。
気づくと俺は横浜にいた。
しかも公安庁でキャリアが左遷された史上最年少記録のおまけ付で。
三月一日、管理官室で内示を告げる西条管理官の目は腫れていた。
部屋に戻ると、段原補佐はニヤニヤしながら「僕を恨まないでね」と告げた。
段原補佐の行動の裏にはそれを許すだけの理由があった。つまり彼には西条管理官よりも強い後ろ盾がいたのだ。
それは三良坂二‐一課長──検事である。
法務省は「充て検」という制度により検事が幹部ポストを独占している。同省の外局である公安庁も例外ではなく、キャリアの最高ポストは庁内序列三位の総務部長に止まる。つまり法務省においてカースト制度の頂点に立つのはキャリアでなく検事。新幹線の上にリニアモーターカーが存在するのだ。
二‐一は調査第二部各課の総合企画調整、端的に言うと仕事のチェックを担当している。従って俺の人事にも口を出す権利がある。そして三良坂課長と西条管理官は、ポストが同格でも身分が違う。検事が建前を講じれば、もはや黒い物でも真っ白にできるのだ。
西条管理官が簡単に話してくれたところによると、「席にいなかった事」を論われて「仕事をしなかった」ということにされたとか。
「それはブラックジョークじゃないか!」と叫びたい。だけど服務規程違反であるには違いない。また、いかなる理由があれど、俺が仕事をしなかったのは事実。
つまり……口惜しいけど……俺は負けたのだ……。
でも、ようやく段原補佐から離れられた。心機一転、横浜で頑張ろう。
そう思いつつ九二㎏まで太った体を引き摺り、京浜東北線の電車に乗りこんだ。
──しかしそれすらも甘かった。
左遷先の横浜公安調査事務所国外部門の部屋。
転任の挨拶をした俺に、課長職である福山首席がにたにたと笑う。
「君は何もせず席に座っていろ。勤務時間中に庁舎から出る事は許さない」
「はい?」
「君がここにいるのはそれが理由なのだから当然だろう」
声を荒げたいのを必死に抑え込む。
「……それでどうやって仕事しろと言うんですか」
「何もしなくていい。それが君の希望なんだろ?」
「そんな希望など──」
しかし俺の反論は、すぐさま福山首席の言葉で遮られた。
「僕は心が広いからね、君の希望に沿って『何もしない』事だけは許してあげようと言ってるんだよ」
「ふざけ──」「本庁からもよ~く言われているのでねえ。あーはっはっは」
俺の叫びは福山首席の高笑いによってかき消された。
その笑いは横浜における完全なる飼い殺し。いわば俺が「庁内ニート」になる事を意味していた。
──定時に出勤し、何もせず一日を過ごし、定時に退庁する毎日。
いつしか何もしない事が当然だと思うようになっていた。
もう全てが……どうでもよかった。