13/04/01 某私大キャンパス:あれは弟だ
13/04/01 月 16: 00
「うわあ。兄ぃ、すごい人だねえ」
「こら手を放せ」
「別にいいじゃん」
本日は皆実の入学式。現在は式に出席した帰り。新入生分捕り合戦中のサークル席がずらりと並ぶ銀杏並木を歩いている。その賑々しさは喧騒という表現がぴったり。
今日の皆実は黒のスーツに白のブラウス。いつもより胸を反らし、鼻歌交じりに歩いている。一歩大人になった気分なのだろう。俺からすれば着慣れてないのが丸わかりだが、それがまた初々しくて可愛らしい。
「皆実、サークルはどうするんだ?」
「どうしようかなあ。最初は色々たくさん入って試してみようと思ってる」
「見て回るなら付き合うぞ」
「それは嬉しいけど……仕事の方は大丈夫なの?」
「うちの役所は融通利くからさ。ちゃんと上司の了解も得てるし」
これが外回り基本な現場仕事のいいところ。もっともそれは観音が上司に来たから。先日までの完全幽閉下では、まず無理だ……って、前方から本人が歩いてきた。
「奇遇だな」
「なぜ観音さんが?」
「君と同じだよ。入学式の付き添い」
「私がどこの学校に行くか知っておいて奇遇はないでしょう」
「いや、人も多いだろうし、会うとは思わなかったから。こちらが妹さん?」
観音が皆実に視線を向けたので紹介しようと横を向く。
皆実は口をあんぐり開けたまま固まっていた。繋いだ手をぶんぶん振り回す。
「皆実、おい皆実」
「あ、兄ぃ。ごめん、意識が飛んじゃってた」
ようやく我に返ったらしい。一体どうしたんだ──あ、そうか。
皆実も「みつき」を知っている。目の前の女性は「みつき」に瓜二つなんだから驚いて当然だろう。俺だって観音と初対面の時はそうだったんだし。
皆実が観音に挨拶をする。
「失礼しました。初めまして、流川皆実と申します。兄の同僚の方でしょうか」
「弥生の上司で天満川観音です。皆実さん、よろしく」
「ええっ! こんな若くて綺麗な方が兄の上司だなんて、信じられない……」
皆実は明らかに見とれてる様子、確かに顔だけならそれくらいの美人だ。だけど中身知ったら、もっと信じられなくなるよ。
「弥生、君と違って実に素晴らしい妹さんじゃないか。気に入った」
観音がポケットから名刺を取り出し、微笑みながら皆実に差し出す。俺達はスパイと言えどもお役人。名刺だって作っているし、身元が明らかな人間には渡すのだ。
「いつでも連絡を下さい。食事でも奢りますから」
「ありがとうございます。是非甘えさせていただきます」
皆実が恭しく名刺を受け取る。
「しかし大学に来たのはいいけど、誰も私に見向きもしない。一体どうなってるんだ」
そりゃいくら美人だろうと、一回り年齢が違う新入生から見ればおばさんだから……とは言えない、話題を変えよう。
「ところで観音さんの連れはどこにいるんですか」
観音が後方に離れた二人組を指さす。
「学生同士で楽しみたいって、私を追い出しやがった」
うは。一人は観音と全く同じ顔。ただし髪はショートボブ。遠目だけど身長も明らかに観音より低い。皆実くらいだろう。全体に柔らかく幼い印象を受ける。
「妹さんもお綺麗ですね」
「あれは弟だ」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
ありえない! 俺達兄妹は二人揃って絶叫していた。
俺も女顔ではあるがちゃんと男に見える。デブった今なら尚更だ。しかし観音の弟は線も細いし、どこからどうみても女にしか見えない。
「驚く気持ちはわかるけど本当なんだ。ちゃんと男性用のスーツを着てるだろう」
「だからそれが男装に見えてしまってるんですけど……」
観音の顔は半ば呆れている。信じられないが本当なのだろう。
もう一人の女性を見る。可愛さが際だち小悪魔っぽく見える。緩やかな風に長く伸ばした真っ赤な髪がなびいている。全身から華やかなオーラを醸し出しているのが遠目ですらわかる。
「じゃあ隣の子は弟さんの彼女ですか」
「あれも男だ」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
もっと信じられない。
「あいつもネクタイをして、弟とお揃いのスーツを着ているだろ?」
「もう男装にすら見えませんから!」
「でも本当に男なんだ。あいつらは単に性別を間違えて生まれてきただけ。女性に間違えられるのは二人にとってコンプレックスなんだよ」
それなら「もっと男らしくしろ」と言いたい。特にもう一人の方。その髪でコンプレックスとか言われても、誰も納得しないぞ。
「『単に』とは随分な言いようですけど、いわゆる男の娘というやつですか」
「そんなところだ。弟は文学部の二年。もう一人は弟の家庭教師の教え子で新入生」
「なんでまたそんな微妙な関係の観音さんがわざわざ入学式に?」
観音がパンフを手渡してくる。
「あの子の父親もキャリアでな。中を見てみろ」
新入生用のサークルを紹介したパンフか。ぱらぱらめくると、一ページにつき上下に二つのサークルが掲載されている。その中のいくつかには観音がつけたと思しき印がついている。
「ああ、わかりました」
印がついているのは恐らく過激派やカルト宗教が隠れ蓑にしているサークル。どこの大学にもそういうのがいる一方、キャリア官僚だと、身内がそういった団体に関わるのは致命傷となりかねない。それを避けるため観音に付き添いを依頼したのだ。
もっともそういう連中は調査第一部の調査対象であり、俺達は門外漢。観音は恐らくデータベースで下調べしてから出向いたのだろう。
「それじゃ私は先に帰る。君は妹さんにゆっくり付き合ってやれ」
観音の姿が雑踏の中に消えた頃、皆実が俯きながらぼそりと呟いた。
「兄ぃ、うちは女性として何かに負けた気がします」
負けてるなんて全く思わないぞ。つないでいる手にぐっと力を込める。
「お前が一番可愛いよ。休憩がてら駅裏に出てイチゴ大福食べようか」
「うん!」




