13/02/21(4) 自宅:僕達は食べないけど日本人は買っていくよ
帰宅。
「ただいま~。夕飯買ってきたから食べるぞ」
コタツにどん、とカレーの缶詰を置く。
座っていた皆実が怪訝そうに見つめる。
「この見るからに怪しげな缶詰は何?」
「パキスタンのカレー。ナンもあるから温めて」
皆実が缶詰を手に取り、しげしげと観察する。その目線が缶の裏側に至った時、驚声が上がった。
「これ賞味期限一年も過ぎてるじゃない!」
「缶詰だから大丈夫だろ」
「それだけじゃないって、もう缶全体から不味そうなオーラが放たれてるよ」
「実際に食べてから文句言おうぜ」
皆実はぶつぶつ言いながらダイニングキッチンに行った。
──皆実が温めたカレーを運んできた。何やら邪悪な匂いが漂ってくる。
コタツにはナンに加え、白飯と食パン。
「兄ぃ。嫌な予感がするから、保険に選択肢を広げてみたよ」
「すまん、俺はこの匂いだけで既にダウンしかけてる」
「何を今更。こうなったら覚悟して口に入れるよ」
皆実がナンをちぎり、ルーに浸けてから口に入れる。
「う、薄い、そしてしょっぱい。しかも塩のしょっぱさじゃない別の何か」
皆実は顔をしかめながらも、水を飲んで無理矢理流し込んだ。
「次は兄ぃだよ、白飯でどうぞ」
「もはや罰ゲーム化してるのは気のせいか?」
俺も覚悟を決めよう。目を瞑って口に入れる──。
ぶほっ。胃袋から逆流してきた異物を堪えるべく口を押さえながらトイレにダッシュ。便器の蓋を開け即座に吐く。うがいして和室に戻り、感想を伝える。
「はあはあ、まるでカレー水で炊かれたおかゆだった。もうやめようぜ」
「ここまで来たら食パンでも食べてみる。それがうちの生きる道」
むしろ死ぬ道だろ。変な所で持ち前の好奇心発揮しやがって。
皆実が恐る恐る口に運ぶ、喉元が動く──瞬間、トイレにダッシュ。声にならない声が聞こえてくる。更に続く音に耳を塞ぐ。
「はあはあ、これって食パンとの相性は最悪だよ。ナンの非じゃない。謎のしょっぱさが倍加するわ、にちゃにちゃするわで食べられたものじゃなかった」
息絶え絶えに這いながら戻ってきたお前を見ればわかるよ。
ダイニングキッチンへ。流しにルーを捨て、臭いを消すべく蛇口を全開に捻る。はあはあ。たったあれだけの量なのに、もう胃がやられている。
和室に戻る。もう限界、先に畳に突っ伏していた皆実の隣に倒れ込んだ。
「兄ぃ……パキスタン人っていつもこんなの食べてるの……?」
「店主が『僕達は食べないけど日本人は買っていくよ』って言ってたから、きっと日本人の口には合うんだろうって思った……」
「それって『不味いから僕達は食べないけど何も知らない日本人は買っていくよ』って意味じゃない……兄ぃはパキスタン人より日本語できないの……?」
「まさか自分達すら食べられない物を売ってるとは思わないじゃないか……」
※※※
翌朝。体調が戻らないまま役所へ這いずる。それもいつもより一時間以上も早く。俺にはやらねばならぬことがあるから。
──役所に着くと電話、旭からだった。
「すみません~、休暇願います~」
その声で全てを悟った。同志、お前とはこれから実にうまくやっていけそうだ。
電話を切り、すぐに旭の上司白島統括の席へ向かう。白島統括は仕事を抱え込んでいるせいで朝も早いのだ。
「白島統括、相談があるのですが」
俺が無理を押して出勤したのは、白島統括に根回しするため。
昨日をしのいだことで、福山首席は次の手を打ってくる可能性がある。最悪「予対を立てて本格的にマルコウしろ」まで言い出しかねない。そんなの俺と旭にとっては「死ね」も同然、一刻も早く白島統括を抱き込まないと。
「弥生ちゃん、確かにそれはまずいね……」
真剣に耳を傾けてくれる。なぜなら白島統括にしても他人事ではない。俺達がトラブルを起こせば、自身も監督責任という巻き添えを食らうのだから。
「んじゃさ、県内のショップリストを作り直すという建前でショップ巡りを続けてよ。もちろんボクの指示ってことで。ゆ~っくりやれば首席の異動まで凌げると思う」
「ありがとうございます」
「当然、深い話もとらなくていい。もし首席が『マルコウしろ』と言い出してきたら、ボクの方で誤魔化しちゃうから安心して」
「助かります」
これで一安心。
「こちらこそだよ。ホントはボクが旭ちゃん教えないといけないんだしさ。すまないとは思ってるんだけど……よろしく頼むね。御礼はするからさ」
「はい」と返事してから席に戻り、昨日の報告書を三行ほどで書き上げる。どうせ事務所止めで本庁に送信しないから適当でいい。ただ指示に従ったというアリバイだけは作っておかないと、後で何を言われるかわかったものじゃない。
──書き終えた報告書を白島統括の机に。
「後は任せました。失礼します」
白島統括のひらひらさせる手の平を背にして、俺はすぐさま帰宅した。




