13/02/21(3) 神奈川県某所:美味しいカレーの作り方
某駅で下車。しばらく歩き、人気が少なくなってきた辺りで旭に話しかける。
「旭はハラールショップってわかるか?」
「イスラム教徒用の食材店ですよね~。行った事はないですけど~」
「これからそこを回る。それも立派な国際テロの仕事だ」
イスラム圏の名物と言えばカレーだから思い出した。
ハラールショップは食材以外にも中東から東南アジアに至る様々な国々の様々な商品を取り扱っている。そのためそれら国々から来日している外国人客が集い、コミュニティを形成している。
「そうなんですか~? どんな事するんですか~?」
「簡単に言えば、ハラールショップに行って店主や客と雑談して帰ってくるだけ。身分も明かして構わない安全な仕事だから、お前でもできる。後は着いてからだ」
一件目の店に到着。古びた雑居ビルで、入口にはチラシや紙くず等が散らばっている。ぼろぼろの看板には俺の読めない文字。いかにもなハラールショップだ。
「ここは俺がやるからお前は見てろ」
階段を上り店に入る。うー、暖かい。人心地つけるなあ。
店内は雑然としており、この手のショップ特有のむせた空気が漂う。生粋の日本人な俺は何度来ても慣れない。棚の陳列も適当。品揃えからするとイラン系か。
レジでは中年オヤジの店主が煙草を吸いながら、二人の客と雑談している。
テレビではニュースをやっている。
ちょうどいい条件が揃ってるな。
入口と俺が立つ位置の間に誰もいないことを確認してから店主に話しかける。
「ザクロジュースありますか?」
「うんある。そこ」
店主がぶっきらぼうに指し示した冷蔵庫を開けて、ザクロジュースを二つ取り出す。
「はい、これお願いします。おいくらですか」
「二五〇円」
「レシート下さい」
店主がレシートを切る間にテレビをチェック、トピックはアルジェリア人質事件。
「またこのニュースやってますね」
「殺されちゃった人達かわいそうだよ」
「イスラムの人でもそう思うんですか?」
「もちろん。人殺し絶対だめ、テロもだめ」
ここで客達も話に入ってくる。
「こんな事件の度に僕達まで悪者に見られる。一緒にされたくないよ」
「僕達は生活するだけで精一杯だからあまり関心ないけどね」
店主からレシートを受け取る。
「ありがとうございました、また買いに来ますね」
にこりと笑い顔を作って退店する。
──階段を降りてから旭にザクロジュースを手渡す。
「飲め、これも仕事だ」
旭はザクロジュースにストローを刺し、おずおずと口にする。
「ん、冷たくて甘くて美味しいです~」
「イランときたらザクロジュースだからな。まず、聞き込みでショップに行ったら何かを買わないといけない。商売の邪魔をするわけだから店主に悪いだろ?」
これは身分を明かそうと明かすまいと同じ。あくまでも仕事ではなく、買い物をしにきたという体裁をとる。
「買物ついでの世間話というわけですね~」
「そそ。ただ聞き込みでは何が起こるかわからない。だから常に逃げ道を確認するクセをつけること。やばいと思ったら、すぐさま走って逃げること」
これはハラールショップに限らず何処でも同じ。常に最悪の場合を想定しながら行動するのは俺達の基本だ。
「ひえ~」
旭が目を丸くする。新人には生々しく感じられるかもな。
ここからは大事なので語気を強める。
「当たり前だがあの人達がテロリストってわけじゃないし、あの人達自身を調べているわけでもない。俺達が欲しいのはあくまで情報だ」
「はい~」
「そして情報をくれる人は神様。それは絶対の心構えとして覚えとけ」
「わかりました~」
元気のいい笑顔の返事、それでよし。
「他に何か質問はあるか。あるなら遠慮無く聞けよ」
「じゃ御言葉に甘えて~。聞き込みってあんなのでいいんですか~?」
素人同然の旭からすれば物足りなくも見えるだろう。イメージ的にはもっとすごいことを聞き出してそうだし。
「あれでいいんだよ。さっきの会話をそのまま書けば【アルジェリア人質事件に対する在日イラン人コミュニティの反応】という報告書となる。これも一つの情報だから」
「そういうものですか~」
「そういうもの。そしてうちの仕事はこういう細かい情報の積み上げなんだよ」
さすがに本来はもっと丁寧に話を聞く。でも今日は旭に形を教えるだけだから、これで十分。そもそも首席対策でやっているだけなので深入りしたくない。
「ふんふん~。わかった様な、そうでない様な~」
「今はわからなくてもいい。ついでに今の店でのポイントを教えておく。重要なのは、店主達が煙草を吸っていた事。不真面目なイスラム教徒は割と気軽に話してくれるから。テレビや新聞があればなおよし。話題を誘導しやすいからな」
「はい~、了解です~」
「うし、二件目行くぞ」
二件目の店に到着。やはり古びたビル。しかし入口付近はきれいに掃除され、整然として見える。日本語併記の真新しい看板にはカラフルなポップが貼られている。
これは……よさげだ。
「今度は旭がやってみろ。お前の聞き込みデビュー戦だ」
「わぁいです~。何を聞けばいいんですか~?」
「美味しいカレーの作り方」
「ふざけないで下さい~。私は真面目に聞いてるんです~!」
旭が声を荒げる。確かに説明が足りなかった。
「ふざけてないよ。初めての聞き込みだし、まずは外国人と話す事から慣れないと。食材の話から入って美味しいカレーの作り方まで話題を持って行ければ今日は合格」
──旭が納得したので店に入る。
店内はレイアウトのせいか広々と感じられる。壁は真っ白に塗り直され清潔感がある。床には空気清浄機が設置されており、特有のむせた感じもない。
入口で受けた印象通り、日本人客をかなり意識している。こういう店は話もしやすいから旭のデビュー戦にぴったりだ。
旭は真剣な面持ちで陳列棚を眺めている。時々俯く辺り、踏ん切りがつかないのか。
──手を握ってきた!?
そのまま店主の所へ引っ張られる。
「こんにちは~、ちょっと聞きたいんですけど~」
「いらっしゃい。何?」
「痩せられるカレーを作りたいんですけど、どんなのを作ればいいですか~」
ぶっ、何を言い出す。店主が流暢な日本語で返した。
「ゴーヤとかの野菜カレーがいいかなあ。もしかしてこのおでぶちゃんのため?」
お前はどこでそんな日本語を覚えた!
装飾や内装を研究するより前に、まずは接客マナーを学んでこい!
「そうなんです~。カレシなんですけど、ぶくぶくぶくぶく太ってどうしようって~」
お前ら、いい加減にしろ!
しかし言葉とは裏腹に、旭に握られた手からは小刻みに震えが伝わってくる。こいつは今、こいつなりに頑張ってるんだ。そうだよな。いくら安全で簡単な仕事と言ったって、初めての聞き込みだものな。仕方ない、今だけは暴言にも耐えてやろう。
旭は商品を片っ端から手にして質問を続ける。話題を繋ごうと必死なのだろう。ただ幸いにも旭は料理が趣味だったらしい。店主のアドバイスに耳を傾け始めてからは手を握る力が段々と緩んでいった。
会話が自然に流れ出す。それでいい、その調子だ。頑張れ。
幾ばくかの時が過ぎ、旭は無事に「美味しいカレーの作り方」を聞き出した。
──店を出ると、すっかり日が落ちていた。今日はこれで終わりだな。
「ふぅ~、緊張しました~」
「よく頑張った、お疲れさん」
「弥生さん、今日はありがとうございました~。これは弥生さんの分です~」
小さい体の旭が腕を真っ直ぐ上に伸ばし、カレーの缶詰とナンが入ったビニール袋を差し出してくる。御機嫌な猫がごとく目を細めた笑顔と相まって、不覚にも可愛いなどと思ってしまった。




