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13/02/21(1) 横浜喫煙室:やってくれるよね

13/02/21 木 11: 00


 我が城喫煙室。テーブル上のスマホから着うたが流れる、皆実だ。

「おう、どうだった」

「えっとね……………………………………………………………合格ってたよ!」

「もったいつけるなバカ、おめでとう!」

「いやっほい!」

 無邪気にはしゃぐ皆実の声に頬を緩ませながら電話を切る。しかし浮かれ気分は望まぬ来訪者によって一気に打ち消された。

「弥生さん、少しいいかな?」

 ──福山首席!

 福山首席は極度の煙草嫌い、これまで一度も喫煙室に来た事が無かった。また、だからこそ俺の籠城も成立していた。それなのに今日は一体どうした?

 後ろには旭。肩をすくめ、どことなく不安げに見える。恐らく用件を聞かされていないのだろう。

「何か話があるなら部屋を変えますが」

 大嫌いな福山首席と言えども非喫煙者、喫煙室で話すのは気が引ける。しかし福山首席は俺と向かい合いつつ、ソファーに腰を下ろした。

「すぐ終わる話だからここでいい」

 嫌な予感しかしない。変なところで引け目を感じたくはない、旭に話を振る。

「旭だって煙草吸わないんだし、応接室で話した方がいいよな?」

 旭がちらりと福山首席に目を向ける。

「いえ、私もここで~」

 旭が伏し目がちに見つめてくる。意図は伝わったみたいだけど、仕方ないか。

 俺の隣に旭が座ると、すぐさま福山首席が口を開いた。

「どうしたのかね。せっかく外回りしていいと言ったのに、ずっと内勤ばかりしているじゃないか」

 うげっ、嫌な話そのものじゃないか! あれから一週間、何もなかったから安心しかけてたのに。観音の予想がど真ん中に当たりやがった。

 あー、非喫煙者二人を前にするせいでイライラしてしまって落ち着かない。ひとまず無難に返して、会話しながら態勢を整えよう。

「なかなか良さそうな予対が見つからないものでして」

「うん、仕方ないよね。現場のみんなはそれで苦労してるんだものね──」

 えらく物わかりいいな。

「──そこでだ。手が空いてるなら江田島君の仕事を手伝ってくれないかな」

「はい? 今、何とおっしゃいました?」

「江田島君と外回りをしてくれと言ったんだ。もちろん国際テロか中国かロシアで」

「えええええええええええええええええええ~」

 俺と旭が叫ぶ。しかしその意味合いは全く異なる。

 旭がはしゃぐ。

「わーい~! 私、外に出ていいんですか~」

「うんうん」

 福山首席が相好を崩しながら首を振る。

 しかし待て待て、お前らだけで勝手に話を進めるな。

「私に外事ができるわ──」「やってくれるよね」

 福山首席が毅然と言い放つ。一見笑顔のまま、しかし目は笑っていない。

 この男、なんてことしやがる。何も知らない旭を駒として巻き込みやがった。

 俺の専門外分野で外回り経験ゼロの旭と組ませればトラブルを起こす確率は飛躍的に跳ね上がる。しかも旭は新人で空気が読めない。もし先日の作業みたいなミスをすれば、旭は真正直に全て報告してしまうだろう。

 つまり旭は重しであり事実上の監視役。どこまで陰険で陰湿なんだ。

 だが、俺に選択肢はない。

 まず福山首席の言い回しがいやらしい。「旭に仕事を教えろ」なら経験不足や専門外を理由に断れる。しかし「暇なら他を手伝え」は当たり前の言い分だから断りようがない。しかも俺は「マルセで仕事がない」という言質をとらせてしまった。従って旭とマルセで組む事もできない。

 役人は出した言葉が全て、迂闊だった。

「わかりました」

「明日には早速一本、記録か報告書をあげてね」

 御丁寧に「今すぐ外に出ろ」と付け加えやがった。これまた当たり前な仕事の催促だから逆らいようがない。

「はい~」

 お前が答えてるんじゃねえ!

 福山首席が旭の返事と同時に立ち上がる。

「それじゃ僕が横浜にいる三月二五日までお願いね、失礼するよ」

 福山首席は足早に喫煙室から立ち去った。こんな場所には一刻たりともいたくないとでも言いたげに。

 ちきしょう、頭を抱え込む。来月二五日って残り一ヶ月以上もあるじゃないか。

 はあ……溜息までついてしまう。

 その時、ほのかに紅茶の葉を思い出させる匂いがふわりと香った。

「弥生さん」

 頭を上げて隣を見やると、立ち上がって俺を見下ろす旭がいた。顔を綻ばせながらも憂いを帯びた複雑な表情をしている。

「未熟な私と組まされるのが御迷惑なのはわかってます~。それでも私なりに精一杯頑張りますのでよろしくお願いします~」

 旭が深々と頭を下げる。俺の振るまいをそう受け取っちゃったか。

 ごめん、違うんだよ。そうじゃないんだよ。

 旭にとっては待ちに待ってた外回りデビュー。どれだけ嬉しいかはわかってる。俺自身は世捨て人でも、やる気な後輩は応援したくなるのが人情。普段どれだけ生意気に思っていようと協力したいし教えてやりたいよ。

 ああ、俺でよければ……いや、俺にできるものならな!

 それだけじゃない。もっと深刻な問題がある。

 福山首席の目論見からは、旭がどうなろうと構わないという腹も透けて見える。旭は一年目のノンキャリア。庁内人脈も後ろ盾もないから、使い捨てるにはうってつけ。いざとなれば二人まとめてクビを飛ばす気だろう。

 つまり……俺は自分だけじゃなく旭も守らないといけない。

 いや、例え我が身を犠牲にしてでもだ。俺はまだしも、旭は単に巻き込まれただけ。そんなヤツを路頭に迷わせてたまるものか。

 ギリっと奥歯を噛みしめる。

「旭、行くぞ。まずは外勤届の書き方から教えてやる」

「はいです~」 

 旭が弾む様な軽い足取りでドアに向かう。ああ、なんて浮かれぶり。

「ん?」

 そのまま出て行くのかと思えば、旭がドアを引いたまま待ち構える。

「ささ、弥生さんどうぞです~」

 そしてにぱっと微笑みながら、デパートの店員よろしく退出を促してきた。こんな時ばかりムダに後輩らしくしやがって。胸がチクチク痛むだろうが。

 さて、これからどうしたものか……。


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