13/02/14(7) 自宅:縁起を担ぐにはいいかなあと思ってさ
色々あった一日だったが、ようやく家に帰り着いた。そして今晩も遅くなってしまった。「早く帰る」と言った翌日だけに正直気まずい。
と言うわけで、カバンには御機嫌取りと縁起担ぎを兼ねたチョコレート菓子。「きっと勝つ」とは実にうまい。
──和室に入る。皆実はヘッドフォンを着けて何やら聴いていた。
「あ、兄ぃ。お帰り」
「ただいま、音楽聴いてたのか」
「ううん、英単語の発音チェック。明日は第一志望の学部だし」
「お前、英語は話せるじゃないか」
「会話とテストは別だからさ」
合格余裕と言われてるくせに準備を怠らないのは性格なのかプレッシャーなのか。いずれにしても兄ぃはお土産を買ってきた甲斐があるよ。
「すまないけど着替えるから、その間ダイニングキッチンの方に行っててくれ」
「うん」
皆実がコタツにスマホを置いて、すっくと立ち上がる。
「カバンの中にお土産入ってるから開けていいよ」
「へえ、なんだろ。楽しみだな」
皆実はダイニングキッチンへ行った。さて着替えよう。
──引き戸の開く音がした。
背中から皆実が問いかけてくる。
「兄ぃ、このお土産は?」
「縁起を担ぐのにいいかなと思ってさ」
「うちにパンストで何の縁起を担げと言うの!」
えっ!? 振り向くと、パンストを握りしめながら鬼の形相をした皆実がいた。
「妹相手にパンスト。それも封の開いた代物をお土産なんてありえない!」
「い、いや待て。誤解だ、それは誤解だから」
「ふーん、どんな誤解?」
本当の事は話せないしなあ、話しても信じてもらえるかどうか。
「今日ってバレンタインだからさ、同僚に誘われてデートしてたんだよ。それでほら、大人のデートには色々あるからさ。ああもう! これ以上言わせるなよ、恥ずかしい」
「そんな見栄張って、それこそ恥ずかしくないの?」
「う、嘘じゃ──」「目が泳いでるよ」
くそ、なんて手強い。同僚から誘われた事だけは嘘じゃないのに。しかも二人からだぞ。もちろんデートなんかじゃないけどな!
仕方ない、話せる範囲で本当の事を言おう。
「職場の女性に押しつけられたんだよ、いらないから好きに使えって」
皆実が訝しげに俺の目を覗き込んでくる。
「どうやら今度は本当みたいね。どんな状況だったのかは想像できないけど」
なぜか信じてもらえたらしい。うん、絶対に想像できないと思う。
「押しつけられたって事はゴミで間違いないんだよね」
ぶんぶん頷く。すると皆実はハサミを使ってパンストを細かく切り刻み、ダイニングキッチンの隅っこへポイっと放った。
「パンストには細かいゴミもくっつくからさ、乾拭きの雑巾代わりに使って」
お前はどこの主婦だ。
──騒動も一段落。既に夜も更けた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
就寝の挨拶とともに和室の電気が消える。俺はゆっくりと引き戸を閉めてダイニングキッチンへ。PCに向かい、ヘッドフォンジャックにプラグを差し込む。
マッシュにINする。まだねぎはいない。いつもなら大抵INしてる時間なのだが。せっかく昨日マイタケダンジョンに付き合えなかった埋め合わせをするつもりだったのに。仕方ない、独りで行こう。
画面上部に日付変更のテロップが流れる。それとともにピコリンとFLチャットの呼びかけ音。ようやくねぎがINしてきた。
〈ねぎまぐろ:おはおは〉
〈みつき:おはおは。えらく遅いINじゃないか。実はねぎってリア充?〉
〈ねぎまぐろ:まあそんなところですよ。みつきさんこそどうだったんですか?〉
半ば冗談だったのにさらっと肯定しやがった。人見知りのくせして生意気な。
〈みつき:最低な一日だったよ。初対面の女にいきなり蹴り飛ばされるし〉
〈ねぎまぐろ:え? 何ですかそれwww〉
ねぎが「w」を重ねて「ありえない」という驚きを示す。
そりゃそうだよな。
〈みつき:外見こそ、俺の理想の美人貧乳以下略なんだけどさ〉
ねぎに今日の出来事をぼかしながら愚痴る。リアルだと、俺は皆実にすら話せる事が限られる。しかしねぎは俺の正体を知らないから、基本的には何でも話せる。
人間、話すなと言われれば話したくなるもの。
王様の耳を見てしまった床屋の気持ちがよくわかる。