片思いの彼女に告白しようと思ったら告白されてしまったシリーズ
片思いの彼女に告白しようと思ったら告白されてしまったPART3
佐藤孝は私立杉野森学園高等部の三年である。彼には入学当初からずっと好きな女子がいた。その子の名は、古田由加。目のクリッとした、真っ白なヘアバンドがよく似合う、お下げ髪の女子だ。由加と話がしたいと思った孝は、由加が所属している歴史研究部に入った。中学の時から理数系が得意で、歴史という学問の必要性を感じた事がなかった孝だったが、由加と共通の話題を持ちたい一心で、卑弥呼が誰なのか、邪馬台国は何処にあったとされているのか、たくさんの資料と書物を当たり、調べた。お陰で古代史にかなり詳しくなったのだが、由加との会話は一年二年を通じて、挨拶程度以上には進展しなかった。
(それもこれも、あの先生のせいだ)
孝は歴史研究部の顧問である竜神剣志郎にライバル意識を抱いていた。由加が竜神の事を好きだと思っているのだ。二年の時、由加がバレンタインデーのチョコを竜神にあげたと知り、それ以来ずっと竜神を敵視している。本当は、由加が先輩の本多晴子に頼まれ、歴研のもう一人の顧問である小野藍に渡すはずなのを勘違いして竜神に渡しただけなのだ。チョコを渡して欲しいと頼まれただけだったので、竜神だろうと思い込んだ由加も悪いのだが、誰宛なのかを言わなかった晴子も悪い。そのせいで孝に恨まれている竜神はとんだとばっちりである。
このままでは由加に気持ちを伝える事なく卒業してしまうと焦った孝は、由加の親友の一人である水野祐子に尋ねてみる事にした。
「え? 由加が竜神先生を好き? んな訳ないでしょ!」
歴研の部室でポテチを口いっぱいに頬張りながら、オカッパ頭でちょっと太目の祐子はゲラゲラ笑って否定した。孝はホッとしたが、
「そんな事を訊くなんて、佐藤君、由加に気があるの?」
祐子の鋭い突っ込みを受け、
「あ、いや、そんなんじゃないんだ」
丸わかりのリアクションをして、駆け去った。
「わっかりやすいなあ、佐藤君。ま、頑張ってね」
祐子は袋を逆さにして細かい破片まで全部口に入れた。
そして、祐子は由加が部室に来ると、全部話してしまった。
「え? 佐藤君が?」
絶対に気持ち悪がると思った祐子だったが、意外にも由加が嬉しそうな顔をしたので驚いてしまった。
「由加、ああいう青白い男、嫌いじゃなかったの?」
祐子が突っ込むと、由加は苦笑いをして、
「好みなんて、ドンドン変わるって。それに佐藤君なら、将来有望じゃん」
「あんたねえ……」
祐子は目を細めた。
「うん、田辺よりは佐藤だね」
もう一人の親友である江上波子が言った。ヒョロヒョロとした、長身のお下げ髪の子だ。大きな丸眼鏡が愛らしい子である。そして、三人の中では一番男子に人気がある。
「な、何よ、それ?」
祐子が膨れっ面になる。田辺というのは、祐子が二年の時から付き合い始めたクラスメートの男子だ。
「冗談よ、祐子。そんな顔しないで」
波子は全く悪びれる事なくそう言って笑った。ますます剥れる祐子である。
「そうかあ、佐藤君がねえ……」
由加はニコッとして呟いた。
一方、孝は祐子に訊いた事を後悔していた。いつの間にか、クラス中で噂になっていたからだ。
「おい、佐藤、三組の古田に告るってホントか?」
「やめとけ。あいつは面食いだからさ」
「竜神が婚約したからって、お前の可能性が高まる事はないぜ」
ざんざんの言われようだった。
(そうか、竜神先生は小野先生と結婚するのか)
街で、幸せそうな顔で一緒に歩いている竜神と藍を見かけたのを思い出した。
(結局、古田さんは弄ばれたのか)
とんでもない憶測をする孝である。
(みんなの言う通りかも知れない。僕には過ぎた女の子なんだ)
孝は由加を諦めようと決意した。
落ち込んだ気分のまま、その日の授業は終わった。三年は六月の文化祭を過ぎると部活動を終えるので、もう孝と由加の接点はほとんどない。
(でもせめて、僕という存在を記憶に留めていて欲しい)
そう思った孝は、ダメ元で由加に気持ちを伝える事にした。
「佐藤君、ちょっといい?」
玄関で靴を履き替えている時、由加が声をかけて来た。
「え?」
驚く佐藤の制服の袖を引っ張って、由加は誰もいない教室に入った。
(な、何だ?)
いけない妄想が孝の頭の中を駆け巡る。目の前の由加は、今までに見た事がないような笑顔で自分を見つめている。
「祐子から聞いたの。佐藤君に私が竜神先生を好きなのかって訊かれたって」
「あ、うん……」
まともな返事ができない程、孝は舞い上がっていた。今までの学園生活での由加との会話の量を今日で軽く超えてしまったからだ。
「嬉しかった。それって、私の事が気になるって事だよね?」
由加が潤んだ瞳で孝を見る。上目遣い効果も手伝って、彼女の可愛さが爆発していると孝は思った。
「あ、うん」
そんな気の利かない言葉しか吐けない自分が情けなくなった。
「だったらもう何も問題ないよね。私達、付き合えるんだよね?」
由加が孝の手を握る。孝の顔は破裂しそうな程赤くなった。
「え?」
夢か現実かわからなくなった孝である。
「私の事、嫌いなの?」
由加が泣きそうな顔で尋ねる。孝は捻れてしまうくらい強く首を横に振った。
「嬉しい!」
由加が孝に抱きついた。孝の記憶がそこで飛んでしまったのは言うまでもない。
「びっくりしたわ、ホントに。まさか由加から逆告白するなんてさ」
下校途中、祐子が言った。波子も眼鏡をクイッと上げて、
「好みがホントに変わったんだね」
すると由加はクスッと笑い、
「何言ってるの。まだ佐藤君とは付き合うだけで、そこから先は考えていないわ。彼、実際将来有望だから、今のうちに唾付けとくのもいいかなって思ったのよ」
それは由加の強がりだと思う祐子と波子だった。
(昔から、嘘吐くと鼻の穴が膨らむんだよね)
親友にはバレバレの由加である。
そんなものです。