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嘘と恋のデジタル数値  作者: 白崎 涼蚊
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第二章 沈黙ランニング(4)

「おい、お前が柏座瞳太か?」

 彼は再び立ち止まる。それと同時に街灯の明かりがつきはじめた。その光が声の主の顔を照らす。

 風貌を一口で表現するなら、いかつい顔をした男が仁王立ちしていた。全く見覚えがないが、彼と同じ制服を着ているところを見ると、彼と同じ学校の生徒なのだろう。

 彼は警戒して言った。

「……誰だ、お前」

「へっ、名乗るときは自分からだろうが!」

「……お前、俺の名前知ってるじゃねえか。名乗る必要ねえだろ」

「あぁん? 舐めとんのか、ゴラ!」

 思い切り眉間にシワを寄せて、不良のような男子生徒は近づいてくる。

(何だコイツ……全然話が噛み合わない。ハナから喧嘩したがってるみたいだな)

 周りは営業しているのか分からない商店や、売る気があるのか分からない空き地があるだけで人気も無い。いつも何気なく歩いている近道が、こんな時に限って虎の巣となってしまったらしい。

(無駄に怒らせて、不良の喧嘩腰をさらに深くさせるのは分が悪い)

「確かに、俺は柏座だが……お前は誰なんだよ。初対面だろ?」

「あぁ……、初対面だなあ……、オレとお前はなあっ!」

「……は?」

 意味が分からない。この不良、既に相当の興奮状態にあるようだ。

(……いや、理由も分からずボコられるのは御免だぞ……)

 嫌な汗が背中に湧いてきた。

「な、何の用なんだよ。いきなり現れていきなり喧嘩腰なんて、何考えてんだ」

「……テメエ、嘘部に入部したんだってなあ?」

 渾身の憎悪をこめられたような言葉に、彼は首をすくませた。しかしここで怯んではまずいと、なんとか威勢を張ってみせる。

「あ、あぁ、そうだが……どこで知ったんだ?」

「ああん? 何でテメエにんなこと教えなきゃいけねえんだよ。この際どうでも良いだろうが。テメエが嘘部ってことなら、大宮来楽奈ってヤツの仲間なんだろ? ああ?」

「…………あぁ、そうなるが」

(……大宮が振りまいた恨み……か)

 彼は今になって、文が言っていたことを思い出した。

『嘘部がターゲットにした相手は完全に無差別だった。中にはひどく恨みを持ってる奴も居るはずだ。……連中がもしどこかで、嘘部復活の話を聞きつけたら……、お前の身が危なくなるかもしれない』

(こんな具体的な危険が迫るとは思いもよらなかった……、思ったより現実って単純なのかも知れないな……って、そもそもコイツは何が目的なんだよ。俺をボコってストレス解消したいだけか?)

「そ、それで何の用かって訊いてるんだが。所属する部活なんて個人の自由だろ」

「あぁそうだ、まったくその通りだ、オレにとっちゃ誰があの忌々しい部活に入ろうが構わねえ。せいぜい女じゃなくて幸いじゃ!」

(女じゃなくてよかったってことは、男なら……もうボコる気満々じゃねえか、コイツ)

 足の速さのほどは自信はないが、思いきり不意をついて後ろへダッシュすれば撒けるかもしれない。そうだ、逃げるしかない。彼は覚悟を決めた。問題はタイミングだ。

「忌々しいって言ったか?」

 彼は言った。別段、憤慨を込めたつもりはなかったが、相手は勝手に怒りの言葉と受け取ったらしい。

「当たりめえだ! あんなん、忌々しい以外にねぇ! 放課後に意味有りげな手紙で呼び出しておいて、めっちゃ期待したらかわいい女の子が待ってるじゃねえか! しかも『ひと目見た時から、ずっと気になって夜も眠れなくて居てもたっても居られなくなって呼び出してしまって……でもあなたが好きなんです』とか言われた日にゃ、どうなるか分かるか! オレは、オレは勿論、OKした! そしたらどうだ、嘘だって抜かしやがる! あの、あの絶望がテメェに分かるか! 分かるだろ、テメエも男なんだかろよォ!」

(……コイツ、モテないんだな)

 彼は怒気を撒き散らす不良の顔を見て、そんな風に思ってしまった。

「でも、それは半年前のことなんだろ? 何で今更、しかも俺にツケが回ってくるんだ」

「……オレは女に手をあげるなんてできっこねえ」

 不良は顔を横に向けていった。

(割とその辺、価値観しっかりしてる奴なのか)

「あいつら、弱ぇからって一発でも殴ると、集団でヒソヒソと噂しやがって不快極まりねえじゃねえか。あんな落とし穴のスイッチみたいな連中、殴るなんてできるわけねえだろ」

(……単純な自己保身的発想か)

 彼は未だにチャンスを掴めずに居る。集中して相手の顔を見据えているのだが、気が緩む瞬間というものを窺うことができない。頭は弱そうなのだが、喧嘩には慣れていると見える。

 彼が逃走の機会を探っているのを知ってか知らずか、不良は話を続ける。

「で、テメェを今日ボコりに来た理由っつうのはなあ、はっきり言うと嘘部をぶっ潰すためだ!」

(いつの間にボコることが前提になってんだよ!)

「……う、嘘部を潰すって? 俺をボコして部活が潰れんのか?」

 心の中で突っ込みの文句を噛み潰して、彼は平静を装い言う。

「当たりめえだ! テメェのあばらか脚か恥ずかしいとこかの骨を折れちまえば、テメェは一ヶ月は病院から一歩も動けなくなるだろうが! そうしたら、嘘部は公式戦に出られなくなるんだろ? どうだ、このまま嘘部は廃部街道一直線だ!」

「な…………」

(マジかよ……)

 彼は絶句した。ボコるという次元では無かった。この不良の言葉に嘘は一切含まれていないだろう。相手は言った通り、彼に病院生活を余儀なくさせるような怪我を負わせるだろう。

(……だが、いくら喧嘩慣れしてるからって、手ぶらで野郎一人の骨を折るなんてできっこない……、っつぅことは……)

 彼はぞくりとした。浮き足立つという感覚を初めて味わった。太陽の消えた空が、彼の姿を隠すように闇を広げていく。街灯の光はやたらと明るいように思われた。

 後ろから足音。前からも足音。ゆっくり動き、何かを待ちわびるような足音。

(……リンチ……?)

 彼はただ立ちすくむことしかできなかった。前方から歩いてきた人間たちが、彼が視認できる位置までたどり着く。三人。もともといた不良を含めると、四人になる。後ろは少なく見積もっても二人は居る。

「悪く思うんじゃねえぞ……、これもテメェが嘘部なんぞに入ったんが悪いんだかんな!」

「む、無茶言うなよ……」

 きっとここに集められた連中もきっと来楽奈にコケにされたことがあるのだろう。その賛同者たちが、どこかしらで嘘部の現在の情報を仕入れて今回の計画を──、荒唐無稽な計画を立てた。

(め、滅茶苦茶だ……)

「抵抗しなければ、最低限の骨で済ませてやるよ。そんでもって、俺達は親切な目撃者になって通報してやるよ。どうだ?」

「…………」

 彼はその言葉に首肯しそうになったが、危うく踏みとどまった。

(アホか、ここで上手く逃げないと……俺がぶちのめされたら嘘部は廃部だ……、大宮が……)

 奥歯を噛み締める。左手は空き地があるが、その敷地を作る周りの塀は軒並み高い。よじ上っている間に、捕まるだろう。右手はシャッターの閉まった商店が並んでいる。逃げこむのは難しそうだ。

(南無三……。クソ、俺が後でこいつらがあったことを証言したところで、もう意味が無い。俺が行動不能になった時点でもう終わりなんだ……)

時間が経つごとに、前後に居る刺客が近寄ってくる。後ろは二人程度、前の四人、そのうち一人は木材を持っている。この分だと後ろにいる一人くらいは得物を持っているはずだ。

(……後ろの方が人数が少ない。一か八か、逃げるとしたらこっちだ)

 後ろの二人をかわせばすぐに曲がり角だ。その先に誰かしらが居たら助けを求めれば良い。居なくても広い道路まで出ることができれば──。

「お巡りさん! こっちです!」

 突然、誰かが叫んだ声が緊張した空気を切り裂いた。彼にとってその声は、地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようだった。すがるように踵を返し全力で駆け出す。後ろにいたのは二人だけだった。片方がバットを持っている。

 どうせすぐにこちらの逃走に気づいて、何かしらのアクションをしてくると思ったが、違った。後ろの二人は驚いたように曲がり角の先を見ている。彼がその様子に疑問に思ったのも束の間、青い何かが飛来してその不良二人の頭にかぶさった。

「畜生! なんだこれ!」

「クソ!」

 ブルーシートだ。誰が投げたのか知らないが、すっぽりと後ろの二人を覆い隠した。せいぜい、彼らがそのブルーシートを払いのけるのは二、三秒程度だろう。だが、彼にとっては十分だった。

 夢中でブルーシートにもがく二人の脇を抜けて、角を曲がったところに誰かが立っていた。

「こっちだ」

 その男は鋭い声で言って走りだす。彼は黙って頷くこともせずにそれについていった。後ろからは、さっきまで前にいた五人の不良たちが追いかけてくる怒声が聞こえてくる。

「声のでかい連中だ」

 突然の救世主は小さな声で言ったが、必死で背中に追いすがる彼の耳に届くことはない。二人は目についた曲がり角に手当たり次第入っていく。追手も鈍足ではないので、撒くことができない。

 三つ目の角を曲がったところで目の前に現れたのは、先ほど最初の不良と遭遇した道だった。

(一周してきたのか!)

 先刻、二人の不良のめくらましとして活躍したブルーシートが落っこちている。それを見て彼は思い出したことがあった。

「そ、そういえば、さっきお巡りさんがどうだとか言ってたよな……」

 彼は荒い息に混じらせて訊ねた。男は彼を顧みることもせず、一言で応えた。

「嘘だ」

「……っ」

(気をそらすためのハッタリだったのか……)

 彼が失望したところで、不良たちもこの道に入ってきた。威圧的な声が拡声器でも使ってるかのようなけたたましさで聞こえてくる。

 すると不意に男は立ち止まった。

「止まれ」

 突然の行動と命令に、彼は困惑しつつ立ち止まる。不良たちはここぞとばかりの怒号を上げて、彼らに追いつこうとする。もはや、何と言っているのか分からない。

「あの空き地に入るぞ」

 男は短く言うと駈け出した。反論する暇も無かったので、彼は大人しくそれに従う。不良たちも当然、彼らの後を追って空き地に侵入してきた。

 再び不意に男は立ち止まると、彼の方に向き直って言った。

「……いいか、一撃は耐えろ。防御に徹すれば骨折まではしない」

「マ、マジで言ってんの……」

「助けてやってるんだ。文句を言うな」

 そこへ、不良たちが到着した。

「何なんだテメエは! 正義のヒーロー気取りか!?」

「そのめんどくさそうなメガネもろともぶっ壊してやんよ!」

「面倒くさいのはどっちだ」

 男は言い捨てるように言った。不良の一人のメガネという発言を聞いて、彼は初めてその男が細いメガネをしていることに気がつく。どちらかというと、インテリ系の風貌だ。

(だから、こんなに行動が頭脳系なのか……)

 なかなか効果的なハッタリといい、ブルーシートという小道具を使った妨害といい、この男は頭の回転が早い。となると、彼の言動通りに動けば良い方向に動くかもしれない。疑ってばかりもいられない。

彼は不良たちの前に立った。

「……もういい、やれよ。抵抗はしないから、この人に危害は出すんじゃねえぞ」

「ああん? テメエ、都合のいい事言ってんじゃねえよ……、コイツもろともに決まってんじゃねえか、ゴラア!」

「おい、コウタ、やめろ。コイツさえブチのめせばいいんだ。そこのメガネは……、そうだな、メガネだけで許してやれ」

コウタと呼ばれた不良を諌めた少年の冗談に、不良たちが下品な笑い声を上げる。

「ふん、じゃあ御希望通りやってやんよ!」

角材を持った不良が出てくる。性格が悪そうな笑みを浮かべながら、ヘラヘラと彼の方へやってくる。そして、角材を振りかぶりながら陽気な声で言った。

「ほーら、一発目!」

「……!」

 咄嗟に彼は腕で脇をかばった。その一瞬後に容赦無い打撃が左の二の腕に入り、激痛が走った。

「痛っ……」

「抵抗すんじゃねえ!」

 相手は怒鳴って、腕の痛さに怯んだ彼の鳩尾を突いた。無防備に入った一撃に全身の力が一気に抜けて、彼は地面にへたり込んでしまう。

「あ……」

 腹の中を混ぜ返されたような鈍痛が下腹部に広がる。吐き気がせりあげてきて、彼は空き地の土に嘔吐した。口の中に不快な酸っぱさが残る。たまらずに幾度も咳き込んだ。

「よく耐えた」

 追撃が来るのではないかと思い身構えていた彼に、男の声がかかった。

「時間だ」

「お前達、何をしている!」

 遠くから声が聞こえた。その場に居た不良たちは全員振り返って、とたんに動揺し始めた。

「やべえ、サツだ!」

「サ、サツ……?」

 彼は顔を上げる。紺色の制服を来た男たちがこちらに駆け寄ってくる。不良たちは一斉に逃げ出すが、周りは高めの塀で囲まれていて容易に脱出できない。

「大丈夫か!」

 警官の一人が駆け寄ってくる、陳腐な励ましの言葉もその時だけはとても頼り甲斐があるように思われた。



「お巡りさんはあの場に居なかったが、通報だけはしておいた。追い詰められたふりをしてここにおびき寄せれば、逃げる場所もない。それでこちらが殴られておけば、非は全部向こうにあることになる。状況的に言えば、おつむの弱い高校生たちが群れて無抵抗の哀れな一人を私刑にしようとした。これで連中は最低でも、謹慎処分で今後しばらく現れることもない」

 警察の取り調べから解放された後、彼を助けた男はそう説明をした。どうやらその男も彼と同じくらいの年齢であるようだ。細いメガネに鋭い眼光が特徴的で、敵に回したくないタイプの人間だな、と彼は思った。

「……警察があのタイミングで来なかったらどうするつもりだったんだ?」

「君を引きずって空き地の端まで逃げていた。日本の警察は限界が来る前までに駆けつけてくれるって信じていたからな」

 彼の腕は腫れてはいるが手の使用に支障はなく、鳩尾に喰らった一撃も痣にはなったが大事には至らなかった。制服を着崩さずに着ていたお陰だろう、と手当してくれた警官に皮肉めかして言われた。

「それにしても、何で俺を助けてくれたんだ。お前だって、見ないふりして通り過ぎることもできたはずだぞ」

「あの不良ども、声がでかすぎだ。これから何をしようとしてるのか、そしてその動機も全部丸聞こえだった。──大した理由でもなくリンチされようとしてる人間がいると知っては、放っておけない。たまたま潰れた店の中にブルーシートがあったからな、あの計画を実行した」

「……そう、か。……その、ありがとう」

 彼は礼を言った。あのままリンチにされていたら、色々なものを失うところだった。自分の健康もそうだが、来楽奈がようやく掴んだ嘘部存続の道までもが──。

「礼もいらないし、見返りも望んでいない。今後は気をつけろ、それだけだ」

 男はそれだけ言い、別れを告げて去っていった。

(……本当に、何も要らないのか……、結局素性も名前すら明かしてくれなかったし、いくらなんでも謎めき過ぎだ。…………そんでもって、この微妙な違和感は何だ?)



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