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嘘と恋のデジタル数値  作者: 白崎 涼蚊
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第二章 沈黙ランニング(3)

 瑠子があまり嘘部に与していることを知られたくないと言ったので、来楽奈は人に見られにくい部室への行き方を伝授してくれた。嘘部部室の向かい側が空き部屋なので、そこにある外に通じる扉から入れば良いという。その外扉は校舎の裏側に位置しているので、他の生徒に見られにくいらしい。嘘部室は校舎の端っこにあるため、校庭側から回りこんでいけば他の部室にいる生徒からも目撃されない。

「でも……向かいが空き部屋なら、そこに移ればいいじゃねえか」

 彼は部室のドアを後ろ手で閉めながら言った。女子二人は既に座敷に腰を下ろしている。

「嘘部は昔からこの部室を使ってたの。それに、うちは部活として存在するけど、あまり活躍していない分、正規な部室を手に入れたら却って教師陣に目をつけられるわ。波風立てないためには、ここで我慢するのが最善なの」

 来楽奈は滔々と説明した。

「なるほどな。あ、そうだ、こいつを借りっぱなしだったんだ、返しておくぞ」

 彼はファインダーを取り出すと、円卓の上に置いた。それを見て来楽奈が目を細める。

「持って帰ったの?」

「あぁ。色々と試したかったからな」

「……別に良いけど、絶っ対になくさないでよ。凄い値段するんだから、それ。もし壊したり失くしたら弁償してもらうから」

「……分かったよ」

 彼が頬を強張らせて返事をしたところで、会話に瑠子が入ってきた。

「あの……それって、何ですか?」

「そうね……、いちから説明していきましょう」

 来楽奈は瑠子に、今の嘘部の現状について話した。廃部寸前とその挽回方法、大士戸高校との公式練習試合のこと、そのルール、使用される嘘発見器──。

「え、えっと、その嘘発見器……、ファインダーって呼んでるんですか?」

 瑠子は嘘発見器のくだりで首をかしげた。来楽奈は意外そうな顔をして言った。

「私の中ではね」

「えと……、嘘発見器を英語でポリグラフって言うんじゃ……」

「……そのくらい知ってるわ。でも、ファインダーって言った方が……、語呂が良いでしょ?」

「ご、ごろ……ですか……、でも、カメラでピントを合わせるのに使うのもファインダーですよね……、ご、ごっちゃになりませんか?」

「…………じゃあ、あんたはポリグラフって呼べばいいじゃない」

「ええっ、わ、わたしだけですかっ?」

 おどおどする瑠子。来楽奈はそれ以上、ファインダーについての話が発展しないようにか、口をつぐんで黙りこんだ。──知識で瑠子に上回られたのが悔しかったのか。

(大宮って、嘘を吐く以外は割と普通の女子だよな……、普通っていうのは、いたずらに頭がキレまくるわけでもなければ、相手を貶める冷徹なことをしようとしないっていうことで……、ごく普通の女子高生って感じだ)

 二人を観察しながら彼は思った。嘘部という単語を聞いて、畏怖するような態度をとった新島や明瞭な拒絶な意思を見せた夕子たちは、こんな彼女の姿を見たことがあるのだろうか。嘘部という、世間から白眼視されがちなレッテルが、来楽奈の勝手なイメージを作り上げているのではないか。

(ま、それはそれでいいけどな)

「あと、最後になるけど、基本的なルールを教えておくわ。部則みたいなものね。柏座君もちゃんと聞くのよ」

 来楽奈が気を取り直すように言った。

「今後、嘘部の活動の一環で、部外者に嘘を吐くことになるかも知れないわ」

「……そんなことするのか?」

 試合のことを第一に考えていた彼は思わず問うた。

「仮定の話よ。現時点ではその可能性はほとんど無いわ。これは、嘘部創設以来のお決まりごとなの。だから平田さんはともかく、部員のあんたはきちんと頭に叩きこんで欲しいの」

「なるほどな」

「その部則っていうのは、もし誰かが誰かに嘘を吐いたとして、嘘を吐いた方か吐かれた方に甚大な損失が出るような場合は、素直に謝ること。『ごめんなさい』ってね」

「甚大な損失って具体的になんだよ」

「それは各自で判断してよね。嘘部はただでさえいっぱいいっぱいなんだから、部員それぞれの責任を負いきれないの。もちろん、軽めの嘘は嘘部の名前で帳消しになるけど、人間関係が壊れたりするようなものはダメよ、素直に謝って」

 淡々と語る来楽奈を見てると、彼はどうも彼女が謝罪というものをする光景が思い浮かばなかった。

「お前は、する予定は無さそうだな」

「……まぁね。実際、嘘部の権威は落ちるところまで落ちてるから。それはあんたも身を以て知ったでしょ?」

 来楽奈は彼に向かって言いながら、横目と瑠子の方を見た。彼が瑠子に嘘部の勧誘をした時、瑠子が全力疾走で拒否したことを言っているのだろう。瑠子はその視線に狼狽えたようで、慌てて弁明した。

「ち、違いますよぉ……、さ、最初から、嘘部がそこまでひどくない部活って知ってれば、そ、そんなことしませんでしたよぉ……」

「別に責める気はないわ。あなたのあの時の反応は、この学校の全校生徒の気持ちを代弁したようなものだから」

(俺が嘘部にはいったことを知っていた奴らは、全員関わりを絶つように奨めてきた。……それは、大宮が半年くらい前に手酷い嘘を学校中の生徒に吐きまくったからだ。何でそんなことをしたのか、こいつに後で問い質しておく必要がありそうだな。それはそれで良いとして、だな……)

「要するに、吐いた嘘が度を越したと思ったら、謝れって話だろ?」

 彼はぶっきらぼうな口調で話を戻した。

「俺は謝るつもりはないぞ。そもそも、部活外の人間に嘘を吐くつもりなんざ無いからな」

「それもひとつのスタンスだと思うけど……、くれぐれもあんたの責任でやってよね」

 来楽奈は彼の言葉を受け流すように言った。

「さて、じゃあ早速練習に入りましょう。これが平田さんの分のファインダーよ」

「あ、ありがとうございます……、あの、やっぱ、ファインダーって呼び続けるんですね……」

「……」

「ご、ごめんなさいっ……、そ、それもひとつのスタンスですよね……、すみません……」

(瑠子のヤツ、早くも大宮をいじってる……。こういうのを意図せずにやってるんだから、恐ろしい奴だな)

 その日行ったゲームは大富豪だった。弱いカードから順に捨てていき、最も速く手札を無くした者が勝利となるものだが、もちろんルールは嘘部仕様、ファインダーが表示する数字が最も低い者が勝ち。

 彼は自分の手首に装置を付けながら考えた。

(……こいつのことを、ファインダーと呼ぶべきか、ポリグラフと呼ぶべきか……、いっそのこと俺オリジナルを作るのもいいかもな。……ライディテクターとかか?)


 数十分後に、彼は愕然とした呟いた。

「…………………負けた」

 決着は着いた。もちろん、一位は来楽奈だったが、彼は今日入ったばかりの瑠子にも敗北を喫してしまったのだ。

(……本当に俺は動揺しやすいな、クソ……っつても、相手も相手で卑怯だろ、あれは……)

 例えば、一度彼が富豪になり、来楽奈が貧民となった。貧民は一枚、富豪に手持ちで最強のカードを与える必要があるのだが、彼女が渡してきたのはハートの6だった。

「おい! これは嘘だろ!」

「……そういえば、あんたが大富豪だったんだっけ」

 来楽奈はしれっとそう言って、さっさと彼にあげたハートの6を取り上げて、乱雑に渡してきたカードはジョーカーだった。

(あそこまでルールをガン無視してくるとは……、そんな可能性想定できるかよ!)

 瑠子も瑠子で、全く手の内が読めなかった。というのは、ずっと例の自信が無さそうな落ち着かない様子でいるからである。いかに強い手を持っていようと、どんな勝負の局面であろうと、その様子が変わらない。だから、余計に驚くのだ。

 そんな風にしてどんどん数字に差が開いていくを見ていっそう動揺し、それが更に数値の上昇を助長していく。

 結果、彼はボロ負けした。罰ゲームは部屋の片付け。前回と同じように、彼は女子二人が残していった散らばったカード、嘘発見器、開きっぱなしのノートパソコン──それらを一人で片付けるハメになった。今日は、ファインダーを持ち帰る気になれなかった。適度に片づけが済んだと思い、彼は部室を出た。

「……おう」

 廊下に出た彼は思わず声を上げた。その声に反応して振り向いたのは、軽音部の横須賀文だった。

「またお前か」

「そりゃこっちのセリフだ。今日はギターなんて背負ってどうしたんだ」

 彼は文の背中にある黒いケースを指さした。文は無愛想な声で応えた。

「これから音楽室で練習だ。……一人だけだがな、金がかからないだけマシだ」

「ふぅん。大変だな」

「他人ごとのように言うが……、正直言って、うちの部活よりもお前の部活の方が大変だろう」

「まぁな。次の公式戦で勝てばこの部もめでたく存続だが、負けたら……、あの部屋が空くことになる」

「公式戦だと?」

 文は眉をひそめて言った。

「あぁ。相手ももう決まってる……が、どうかしたか?」

「……いや。それで、その公式戦、お前も出るのか?」

「当たり前だ。その為に、勧誘されたようなもんだしな」

「……」

 文は横を向いて不自然に黙った。彼はその微妙な表情に嫌な感覚を抱き、なんとか問い質そうとする。

「な、何でそこで黙るんだよ。何かあるなら言えよ」

「……気をつけろ。嘘部がターゲットにした相手は完全に無差別だった。中にはひどく恨みを持ってる奴も居るはずだ。……連中がもしどこかで、嘘部復活の話を聞きつけたら……、お前の身が危なくなるかもしれない」

「……脅しか?」

 文の真に迫る口調と表情に彼は戸惑った。

「脅しじゃない。警告だ。くれぐれも気をつけろよ」

 文はそれだけ告げて、去っていった。彼はその背中を睨むようにしばらく見ていたが、やがていつの間にか入っていた肩の力を抜いて、真向かいの空き部屋に入った。中を通り抜けて、窓側の壁に取り付けられている外への扉を開く。

 校舎の裏側を出てすぐ、彼の目に瑠子の姿が映った。

「待ってたのか」

「……う、うん……、だって、……来楽奈先輩が待っててもいいって言うから……」

「なるほどね。じゃあ、帰るとするか」

 彼はのんびりと言って、瑠子と一緒に帰路についた。──文が言った警告は、彼の頭の隅でまだ点滅をしていたが、家に着く頃にはすっかり消えてしまった。


 基本的に嘘部の活動は毎日だった。来る試合の日は6月の中旬、その日までにできることはやっておかなければならない。もちろん、やっていることは部室にこもっての心理戦で、外に繰り出して嘘を吐いたりはしていない。純粋に、トランプでのゲームでの騙し合い。ちなみに瑠子は、合唱部の活動がないとき、嘘部の方に参加した。

 来楽奈は動揺が極めて少ない。彼がどんな手で攻めたところで、眉一つ動かさない。表情はもちろん、ファインダーが感知した動揺値もほとんど動かない。そして、時たま行う奇抜な行動。あるときは完全にゲームのルールを無視してまで、数字を稼いでくる。攻撃しても手応えが全く無く、隙を見せるとどこからともなく襲い掛かってくるのだ。 

瑠子は凄まじい道化をする。外を見ると常時ひどく狼狽えたような様を見せるのだが、ファインダーが表した数値はほとんど動きがない。この現象については来楽奈がこう解説した。

「この装置が感知するのは、身体の状態の変化なの。つまり、一気に血流が速くなったり体温が上がったりすると、大きく数値が変化するけど、いつでも緊張したような状態だと、数値はあまり変わらないの」

 平静の状態から興奮したり、逆に興奮が冷めてきたりすると、その感情の起伏を単純に数値化する。だから、瑠子の常時不安定な様子はコストの要らないカモフラージュとなっているのだ。瑠子と対峙すると、全くその手が読めなくて困る。来楽奈は鉄壁の無表情だが、瑠子はまるで濁った水面を見ているように底が見えない。カマをかけても嘘を吐いても、効果があるのかが解らない。

 ──この二人を前にして、彼は翻弄されてばかりだった。

(……今日も負けた。昨日も負けた。一昨日も負けた。一昨昨日も負けた。というか、勝てた記憶が無い…………ぐうううううう、ぐうの音しか出ないぞ、くそったれ……)

 競馬で負けた呑んだくれのような気分で、彼は一人で帰り道を歩いていた。青空に真っ黒なフィルムをかけたような空が真上に広がっている。今日は、もう梅雨の季節だというのに、清々しいほどの晴天だった。さっきまで鮮やかな橙の光を届けていた夕日は沈みかけている。

(嘘部に入部してから一週間半程度か。俺の実力で、どこまで大士戸とどこまでやりあえるんだか……つっても、俺は別に嘘を吐きたいが為にこの部活に入ったワケじゃないからな、そりゃ、嘘が下手くそでも仕方がない。むしろ、あんな上手くやってる瑠子がおかしいだけで……)

 彼はふと立ち止まって、空を見上げた。

(……俺は、何の為に嘘部に入ったと言ったっけ? 自分のため……って本当にそうなのか? ……ただ、大宮来楽奈という奴に惹かれて、たったそれだけの理由で、自分のためとか、何のためとか関係なしに入ったんじゃないのか? 目の前にニンジンをぶら下げられた馬みたいに、何も考えずに、あいつの目の前に、傍らに立ちたいがためだけに、プライドを捨ててまで……ん、プライド? 俺にプライドなんてあるのか……、誰に見せるための?)

 疑問が渦となって音を立てているようだった。こんな脳内禅問答をいつしか、したことがあった。あれは、横坂夕子に恋人ができたという話を新島とした時──、来楽奈を『初めて』目撃する直前だ。

 来楽奈は、彼が思い描いた理想像にぴったり重なる女子だった。だからこそ、彼女を尾行した。嘘を吐かれたことも知らずに違う教室に直行して、そんな手酷い嘘を吐かれても彼は全く憤慨を感じなかった。そればかりか、再会を喜んでいた。

(大宮がいれば、嘘部じゃなくても良かったんだ。だから……、俺は悪くはない。…………でも、悔しいよな……、こんなダサイ姿ばっかりあいつに見せて……って、何を考えて……、いや……、でも、少しばかり良い恰好見せたいよな……、あいつの、絶対の信頼の視線が……、欲しいよな)

 あの無愛想な少女が、自分に期待の眼差しを向けている。想像するだけで、彼は気力が湧いてくるような気がした。止めていた足をまた動かし始める。

(でも……、大宮って、普通に美人だよな。何しろ、この俺が突き動かされるレベルだぞ。男なら、誰だってそう認識する筈だな。……もしかしたら、彼氏なんて普通に居るのかもしれないな。この学校じゃ無理だろうが、外部かどっかにでも……)

 そんな風に考えていた彼の目の前に、立ちふさがる人影があった。


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