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嘘と恋のデジタル数値  作者: 白崎 涼蚊
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第二章 沈黙ランニング(1)

「よう」

「うぃっす」

 昼休みになると、彼は行き場を失った犬のように新島と合流する。今日の会合場所は、中庭。理由など特に無い。強いて言いたいのであれば、雨が降っていないからと言う他無い。

「また武勇伝でも聞かせてくれるのか? 授業を無傷をくぐり抜けた成果をさ」

 新島は嫌味っぽく言ったが、彼は目を丸くした。

「よく分かったな」

「……何の授業だっけ?」

「現代文だ。夏目漱石の『こころ』が終わったな。先生は杉見なんだが、あいつは席順で指名してくる……だから、俺は予め指名ポイントを予想しておいて自分が指されるだろうなって思った場所だけをマークして、睡眠だ。そしたら正解で、必要最低限の労力であの授業を終われた」

「そっちの方が労力使いそうだけどなあ……、でもそんなアクロバティックな方法がよく通用するよな。一体何年間そんな授業の受け方をしてるんだよ」

「……小六からだな」

「想像以上に長かった! もっとまっとうな勉強をしてたら、お前もっと高いランクの高校行けたんじゃないのか?」

「ここで十分だ。そんなに高校を選り好んでもしょうがないだろ」

「大学が良けりゃ良いってか。学歴社会に洗脳された奴の良い典型だな……」

 新島はげんなりとしたように言ったが、ふと表情を改めて訊いた。

「ところで、俺現代文の授業ほとんど聞いてないから、アレのあらすじよくわからないんだけど」

「友達と同じ人に恋をした。友達からその恋の相談を受けたけど、素知らぬ顔でそれを受け流してたら、友達がどうも自分に黙って告白しようとするから、慌てて自分が告ったら成就しちゃって、友達がショック受けて自殺する話だ」

「ざっくりしてるなあ。後でノート見せてくれ……って、お前も睡眠学習してるんだっけか」

「元々俺はノート使ってないからな。教科書の類もも全部置き勉だ。まぁ現代文はセンスだからな、五億回くらい読めば百点は堅いだろう」

「諦め切ってるんだか、ナメ切ってるんだか──」

 新島はいつもの様に呆れた風に言って苦笑いをした。

(そういえば、俺が嘘部に入ったこと、こいつには言っても良いかもしれないな。──いざって時には相談に乗ってくれるかもしれない……)

 彼はそう思って、思いきって口を開いた。

「なあ、俺さ、嘘部に入ったんだよ。お前、名前くらい知ってるか?」

 何気なく言ったつもりだったが、新島の反応は想像以上に大きかった。

「う、嘘部って……本当かよ、それ!」

「お、おう、本当だよ。入部届も出した。なかなか綺麗な顧問の先生だったな」

「……おいおい、正気かよ。あんなことをするような部活に入っちまったのかよお前……」

 新島は頭を抱えんばかりに言う。彼は流石にその嘆くような態度を怪訝に思った。

「あんなことってなんだよ。俺、嘘部なんて最近まで存在も知らなかったぞ」

 すると新島は一瞬、何を言ってるんだコイツは、とでも言いたげな顔になり、やがて合点がいったように呟いた。

「そうなんだ、お前は知らないんだ。嘘部が何をしたのか……」

 意味深な呟きに、彼はすぐさま食いついた。

「何かあったのか?」

「俺達が一年の頃……あの時は同じクラスだったな、十一月かそこらにお前盲腸で一ヶ月くらい休んでただろ?」

「あぁ。あの時は腹からエイリアンが生まれるのかと思った」

 夜中、猛烈な痛みによって覚醒を促された記憶が蘇る。あれのお陰で授業出席数がギリギリになって、期末テストもだいぶ苦労することになった。入院先の看護婦もあまりタイプの人が居なくてわびしい思いをしていた。

「その期間、嘘部の活動は最高潮だったんだ。もはやテロレベルでな、一人で歩いてるいようもんなら、すぐさま声をかけられてありったけの嘘を吐かれる。適当な女子の輪に混じってはスキャンダルレベルの嘘を吐いて立ち去る。本気にしたら恥をかくようなやつな。男子はとくに本気にしまくって大変な思いをした奴が多いらしい……俺を含めてな」

「恋の告白とかそんな類の嘘か?」

「……ああ。その後、しれっと部活への勧誘をする。入った奴なんかいなかったらしいがな。むしろ嫌われ放題だ。学校側からも厳重注意を受けたらしいぞ。お前が学校に復帰した頃には、活動も無くなっていったし、誰も話題にしたがらなかった」

「ふぅん、確かに見舞いに来たのも地元の奴らばっかで、この高校のやつは来なかったもんな。道理で俺が知らないのに、他の連中は知ってるわけだ。……それで廃部寸前まで追い込まれたのか」

「らしいな。だから、……悪いことは言わない、あんま深く関わらないほうが良いと思うぞ。嘘部を恨んでる連中は多いし、……教師陣からのお前の評価も下がっちまうぞ」

「お前も嘘部を恨んでる連中のうちの一人か?」

「──今更、そこまでうるさく言うでもないけどな。だが、当時はひどく不愉快だった」

「だろうな。嘘を吐かれて嬉しい奴なんざいない」

 彼は静かに言った。彼自身も来楽奈の嘘の被害者のはずだったが、何故か他人ごとのような口ぶりだった。新島はそれを不審に思ったのか沈黙する。

 やがて彼は、自分に言い聞かせるように言った。

「俺は嘘を吐くために嘘部に入ったんじゃないぞ」

「じゃあ何のために入ったんだよ」

「…………自分のためだ」

 そう言っておいて、彼は改めてその言葉が今の自分にぴったりな言い訳であることに気がついた。嘘部に入部したのは、嘘の技術を磨きたいからでもなく部活の危機を救いたいわけではなく、──自分のため。

 表向きの良い言い訳になりそうだ。

(本当のところを……他の人間に言えるはずがない)

 新島は呆れたように視線を上に向けたが、でもどこか納得している風でもあった。

「自分のためねえ。全然意味分かんねえけど、分かったことにしておくよ」

「……あんま噂にしないでくれよ」

「話題に困った時の話の種にするには、ちょっと旨みに欠けるからな、喋ることはないだろう」

「おう」

 彼は短く応えた。


 来楽奈と約束してしまった以上、彼はまた新たな部員を捕まえてこなければならなくなった。無論、当てがあるから彼女に連れてくると宣言したのだが、実際のところは望み薄だった。来楽奈の雰囲気に気圧されて、ついつい誇張してしまったのだ。

(まあ、勧誘に失敗しても許してくれる……よな)

  彼は新島の話を気にしていた。去年、彼が学校を休んでいる間に嘘部の乱暴な勧誘があった。来楽奈が本当にそれを行ったとは信じられなかったが、軽音部の横須賀文が出会ってまもなく言っていたセリフを思い出してみると、どうやら事実らしい。

『この学校の生徒なら、俺以外の誰だって同じ事を言うだろう。そんな部活に入るのはやめろってな』──嘘部は嫌悪の対象になっている。だがどうして、その嘘部に所属している彼に、文はあれほど積極的に親しくしてきたのだろう。彼はあれからずっと気になっていた。

(……この際アイツの思惑はどうでも良い。今は、ヤツを引き込むことだけ考えよう)

 彼は今、放課後の校門に立っていた。放課後の学校に用のない生徒たちがぞろぞろと流れてくる。彼はこの場所で目的の人物と遭遇しようと考えていた。一応、アポを取ろうとしたのだが返信が無かったので、彼の意思が伝わっているのかは不明だった。

「……柏座君」

 不意に声をかけられて、彼は飛び上がりそうになった。だが、聞き慣れた声だったので、なんとか平静を装って振り返る。

 果たして、声の主は横坂夕子であった。

「横坂か、今日は部活じゃないのか?」

「今日は休みなんだ。それでさ、ちょっと聞きたいんだけど……嘘部に入ったって、本当?」

(……何でコイツが、そのことを知ってるんだ)

 彼は内心、ひどく動揺した。嘘部に入っていることを知っているのは、新島と文だけのはずだ。新島は口外しないと約束してくれたし、文と夕子には何ら接点が無い。

「どこで、そのことを聞いたんだ」

「……見たの。柏座君が黒凪先生に紙を渡してるところを」

 黒凪は嘘部の顧問の名前だ。夕子は職員室で、彼と来楽奈が黒凪と話しているのを見かけたのだろう。

(それなら、勘ぐっても仕方ない、か……でも……何か不思議な感覚がする)

「七組に堺洋子って女の子を訪ねて来たのってさ、大宮さんの嘘だったんでしょ? それで、その後に勧誘されたの?」

「あぁ。概ねそんな流れだよ」

「……どうして? そんなひどいことされたのに、入部しちゃったの……? 嘘部に……」

「……自分のためだよ」

 彼はそこで昼休みに思いついた万能の言い訳を使った。

「自分のため? だって、嘘部がどんなことしてるか、知ってるよね? そ、そんな部活に入るのなんて、自分のためにもならないよ……嘘を吐くことが自分のためになるとは思えないよ!」

 夕子は語気を強めていった。大きな瞳がまっすぐに彼を見据えてくる。

(怒ってるのか……どうも、最近よく女子を怒らせるな……)

 彼は夕子の視線を受け止めながら思った。──不思議なことに、嘘部を貶められても全く腹が立たない。本当に他人ごとのように感じられた。だからこそ、そんなことを呑気に考えてられるのだ。

「まあ、入っちまったもんはしょうがない。ああいう部活だが、帰宅部よりはマシじゃないのか?」

「柏座君が、そう、思うならいいんだけどさ……」

 彼の返事に、夕子はすっかり勢いを失くしてしまった。夕子の用件はそれだけだったらしく、そのあとは簡単な挨拶をして二人は別れた。彼はしばらく夕子の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。

(……めちゃくちゃ動揺してたなあ、俺。そういえば、大宮も言ってたっけ、『動揺しないためにはあらゆる可能性を想定しろ』って……つまり、こういう待ち合わせの時に、目的のヤツ以外からも声をかけられる可能性を俺は見落としてたわけだ。全く、難しいな……)

 そんな考え事を巡らせながら、再び校門から出てくる生徒たちのほうを見やる。

「おっ……」

 すぐに彼は目標を発見した。一人で歩いている。細い体躯に丸顔、セミロングの髪を二つ結びにしたあの女子生徒が、彼が待っていた人物だった。名前は平田瑠子、一年生。そして、彼の幼馴染である。

「おい、瑠子」

 彼は彼女が校門を出るタイミングを見計らって声をかけた。

「ひゃあっ!」

 案の定、瑠子はひどく驚いて声を上げた。昔なら思いっきりその口を塞いだのだろうが、今はしようにもできない。場所が悪いし、お互い年を取った。彼は落ち着いて、なだめることから始めた。

「そんな驚くな、俺だ、俺」

「と、とーた……ど、どうしたの、こんなところで……」

 瑠子は細々とした声で言った。気弱な性格だと思うかも知れないが、これが普通だ。驚いて怯んでるわけでも、久しぶりに彼と会ったから緊張してるわけでもない。

 彼はそれを知っているので、変わらない調子で言った。

「どうしたのって、お前を待ってたんだよ」

「わ、わたし……?」

「ああ。メール、昨日送ったのに気付かなかったのか?」

「そうなんだ……、あの、携帯の電池、今壊れちゃってるから使えないんだ……」

「へぇ。じゃあ不便な思いしてんのな」

 彼はメールの返信が来なかった理由に納得して、それから語調を改め、声をひそめて言った。

「それでな、お前をここで待ってたのは、ほかならぬ頼みがあってのことなんだよ」

「た、頼み……? ま、また万引きとかするのは嫌だよ……」

「……またって、そんな犯罪をさせた覚えはないんだがな。聞けよ、もっと簡単なことだ。俺の入ってる部活に入ってくれないか?」

 すると瑠子は狼狽するように顔を不安の色で染めた。

「ぶ、部活って……、とーた、何か入ってたっけ?」

「入ったばっかりだがな……、お前が知ってるか知らないが、嘘部ってところだ」

 彼は部活名のところは特にトーンを落としていった。周りに聞かれるのがはばかられたからだ。

 ──それに対する瑠子の反応は、彼が予想した以上のものだった。全く以て予想外で、『あらゆる可能性を想定する』という来楽奈の助言はまるきり役に立たなかった。特に、瑠子のことを昔からよく知る彼にとっては。

 『嘘部』という単語を聞いた瞬間に、瑠子は誘拐犯にでも遭遇したような顔をして、ぱっと踵を返すと彼のもとから逃げ出した。処分される寸前で逃げ出した猫のような、全力疾走だった。

「なっ……」

(あいつ、あんなに足速かったっけ……)

 完全に不意を突かれた彼は、声を漏らしながら呆然とそんなことを思った。

「これで分かった? 嘘部が、世間一般にどういう目で見られてるのか」

 立ち尽くす彼に、不意に声がかけられた。彼が反射的にそちらへ振り向くと、そこにいたのは来楽奈だった。思いがけず、彼は自分の心臓のペースが上昇するのを感じる。それは、来楽奈と今日も出会うことができたという高揚からでもあり、彼女の言葉が含む自虐性に緊張したからでもあった。

「世間の目なんか知るか! 俺はあいつと話をつけてくるぞ!」

 彼はそんな緊張を振り払うように言い捨てて、走り出した。

 あまり生徒が通らないような、車が行き違うのに苦労しそうな狭い住宅街の道を瑠子は選んで逃げていた。彼は瑠子の背中を見失わないように必死で追う。人通りは幸いにも少なかったが、ここまで走ったのは久しぶりだったので、二分もすると息がひどく上がってきた。

(逃げられる……、俺が、あいつに……)

 漠然とした恐怖を抱きながら曲がり角を曲がったところで、彼はその先が行き止まりになっていることに気付いた。道の端がブロック塀でコの字に塞がっている、典型的な行き止まり。しかし、瑠子の姿は無かった。

(いや、間違いなくあいつはこの道に入ったはずだ。すると、どこかに隠れているってことか……どこだ?)

 電柱の陰、ゴミ捨て場の裏、塀の隙間、庭からはみ出して茂る木の裏。隠れるところならいくらでもある。ここで下手に探そうとして踏み込んでしまえば、隙を突かれて脱出されてしまうだろう。



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