第一章 緊張ヒアリング(4)
「……この志望理由、なんなの? 『知見を広げるため』って」
「『暇だから』よりは数倍もマシだろ。いちいち突っ込むなよ。ほらよ」
彼は早速、来楽奈が用意した入部届に必要事項を記入して、彼女に手渡した。
「……ありがとう。じゃあ、先生に出しに行くわよ」
「先生……? 顧問がいるのか?」
「当たり前でしょ。正式な部活なんだから。同好会にですら居るのに、部活動に居ないはずがないわ」
来楽奈は立ち上がって上履きを履き、さっさと部屋を出て行こうとする。彼はその後を追うべく急いで腰を上げた。
長い部室フロアの廊下を抜け、渡り廊下を渡って職員室へと向かう。
「失礼します」
「……失礼します」
来楽奈は手慣れたふうにノックをして、入室する。彼ものっそりとそれに続いた。
(どうも苦手なんだよな、職員室の雰囲気って。言うなれば、先公っていうのは生徒の監視者みたいなもんで、そいつらが根城にしてる部屋に踏み込んでるんだから当然なのかも知れない)
彼は極力、来楽奈の背中を見るようにしながら歩いて行く。すると自然、揺れる髪が目に付いた。艶やかな黒髪が動くたびに、仄かに甘い匂いが漂ってきている。
(いかん、理性は保てよ俺……)
彼は慌てて視線を更に下へ落とした。
「黒凪せんせ──きゃっ」「うおっ」
すると来楽奈が突然立ち止まったので、彼はその背中にぶつかった。
彼女は慌てて彼の方を振り向いて抗議してくる。
「ちょ、ちょっと……!」
「わ、悪い悪い……ってお前も突然立ち止まるなよ!」
「突然じゃないわ、あんたがぼーっとしてたんでしょ」
「あら、ようやく新入部員が見つかったのね」
二人のちょっとした言い合いの最中に、柔らかな女性の声がかけられた。来楽奈ははっとしたように、その声の主に向き直る。
「そ、そうなんです。入部届持ってきたついでに、紹介しておこうかと思って」
「……えっと、二年一組の柏座です。よろしく」
彼は来楽奈の横に立って挨拶した。
「柏座君ね。私は黒凪って言います。よろしくね」
ふわんとした雰囲気の女教師だった。ゆったりとイスに腰掛けており、その前の机の上には書類が広げられている。
(何だか、この人の授業を聞いてると眠くなりそうだな……)
「先生、これでなんとかギリギリで大士戸高校との試合へ参加できますね」
来楽奈はいつも通りの落ち着いた口調ながらも、どこか興奮を隠せない様子で言った。
「そうね、三人集まったほうが良いけど……二人なら人数合わせで助っ人を呼べる範囲内だから大丈夫だと思うよ」
「……試合って三人必要なのか」
彼が呟くと、来楽奈が頷いた。
「そうよ。そのあたりのルールは対戦相手の大士戸高校が提案してきたものなの」
「大士戸高校の方で行われてるローカルルールを、そのまま親善試合に使うみたい」
黒凪が彼が先ほど書いた入部届に目を通しながら言った。
「それに勝てば満を持してこの部活も存続できるってことね」
黒凪は視線を彼らの方に向ける。
「頑張ってね、大宮さん、柏座君」
「はい、頑張ります」
来楽奈は静かに言った。彼はそんな彼女の顔を横目で見やる。
(見た目は落ち着いてるが、内心は浮わついてるみたいだな。部活熱心なヤツらしい。──それよりも……なんだか今の会話、どこかに違和感があったような……)
「じゃあ、部室に戻るわよ。これから、あんたに色々と教えなくちゃいけないから」
「お、おう」
彼はどこかもやもやとした気分のまま、職員室を後にした。
「嘘部の活動にはこの装置を使うわ」
部室に戻るなり、来楽奈は収納ケースから手のひら大の箱を取り出して彼に渡した。
「何だこれ……防犯ブザーか?」
「それ真面目に言ってるの? 開けてみれば分かるわ」
そう言われたので彼はその箱を開けてみる。中にはストップウォッチを分厚く、無骨にしたような機械が入っていた。
「……開けてみたけど分かんないぞ」
「そうだと思った。ごめんなさい、今、嘘吐いたわ」
(相変わらずしれっと嘘吐きやがるな……)
彼はほんの少しむっとしながら訊ねる。
「で、これは何なんだよ」
「端的に言えば嘘発見器よ」
「……本当か?」
彼の今まで抱いていた嘘発見器といえば、人間が嘘をついたら針が揺れるアナログ表示の古めかしいものであったが、今手に持っているそれのデジタル表示のディスプレイとしなやかなボディを見ると、むしろ高機能ストップウォッチと見た方が良さそうな見た目である。
彼の怪訝そうな呟きに、来楽奈はむっとしたように言う。
「そんな嘘吐いてどうするのよ。携帯からボタンが消えて薄っぺらになっちゃう最近の技術の発展を見れば、嘘発見器がこれくらい進歩しててもおかしくないでしょ」
「まぁ、そりゃそうだが……まぁ、そりゃそうだな」
何と返せば良いか分からず、彼は適当な相槌をうった。
「それで……この嘘発見器、どう使うんだ」
「人は嘘を吐く時に、嫌でも身体のどっかしらに変化が起こるの。緊張して握る手がかたくなったり、心臓の動きが速くなって脈数が上がったりね。それを数値化してくれるのがこの装置なわけ」
「……だから、どう使うんだって俺は訊いたんだよ」
「本格的に使いたかったら、もっと周辺機を身体につけなくちゃいけないんだけど、大士戸高校との試合のルールでは手に持ってるだけでも十分よ」
彼は試みにその装置を握ってみると、すっぽりと手の中に収まった。これなら来楽奈が持っても十分手に収まりきるだろう。
「ちなみにこれの商品名は『アンチライヤー』って言うらしいわ」
「──それじゃあ、略して『アイヤー』とでも呼んでんのか?」
「そんな訳ないでしょ。……私はずっと『ファインダー』って呼んでるわ」
(嘘『発見』だから『ファインダー』なのか? ……へぇ)
「じゃあそれで良いんじゃないか? 『アイヤー』よかマシだ」
彼は半ば投げやりに言った。この際、呼称にはこだわらない方が良さそうだ。
「それでね、色々と設定はあるんだけど、とりあえず一番シンプルなモードでやっていくわ。『動揺加算』ね」
「……そんな『何だか分かる?』って顔しないでいいから、さっさと説明してくれ」
彼がそう言うと、来楽奈は目を丸くした後、決まりが悪そうに続けた。
「…………さっき、嘘を吐くときには知らず知らずのうちに身体が反応するって言ったけど、それをこの装置が感知して、数値化して蓄積していくの。つまり、平静でいればいるほどここに表示される数字は小さくなるし、動揺すればするほど大きくなる。今度やる試合も、この数字の大小で競うの。小さいほうが勝ちって言うことね」
「なるほどな。全体を通してより冷静でいる側が勝利ってことか」
「……そういうこと。飲み込みがいやに早くてちょっと腹立たしいわ……」
(……そんなことで機嫌を損なわれてもな)
彼は内心苦笑しながら、ファインダーの電源スイッチと思しきものを押した。ピッ、と軽い電子音が鋭く鳴る。
(ん、この音、どこかで聞いたことが……)
「……あぁ、あの時のか」
彼は思わずぼやいた。思わぬところで探し物を見つけたような気分で意外だったのだ。
彼が口にしてしまったことに気づいてハッとした時には、もう遅かった。
「何よ? それ、どこかで見たことでもあるの?」
当然、来楽奈は訝しげに訊ねてくる。
「あ、いや……どっか街に遊びに行った時に聞いた気がしてな」
「……ふーん」
しどろもどろに彼が言うと、彼女は目を細めて鈍い反応をした。無論、彼が口にしたのは嘘であって、実際は昨日の放課後──来楽奈を目にして尾行を開始する直前に聞いたのだ。おそらく、彼女がポケットの中かどこかでスイッチを入れた音を彼が聞き、そして彼女を発見してあの気持の脈動を感じた。
彼は押し黙って手の中でファインダーを軽く握った。
(……こいつがきっかけだったのか。こいつがこんだけ甲高い声で鳴いてくれたおかげで、結果的に俺がこいつと同じ部活に『ふたりきり』で所属するなんて偉業を──)
ふいに、来楽奈が彼の手からひょいとファインダーを奪い取った。
「お、おい!」
彼は慌てて声を上げたが、意に介した様子もなく彼女はディスプレイを覗きこむ。
「52も溜まってるわ……どれだけ動揺してるのよ。嘘吐くの慣れてないの?」
「……慣れたいとは思わんけどな」
彼はぶっきらぼうに言った。
(動揺すると数字が溜まるのか……こいつの呆れようからすると、今の数字はなかなか燃費が悪いみたいだ)
「まぁ、どこでこの音を聞いたのかは訊かないでおくわ。私、しょっちゅう学校の中で鳴らしてるしね」
来楽奈はそう言いながらファインダーを彼に返した。彼は、自分の手が彼女の手に触れ合わないように注意して受け取る。何故か無闇に触れることが憚られた。
(学校の中で鳴らしてる……か。素直に学校で聞いたって言ったほうがまだ良かったのか)
彼はファインダーのディスプレイを覗き込みながら思った。画面上には『52』と、デジタル表記で表示されている。桁数は最大で六桁まであるようだ。
(十万とかいう数字に行ったりするのか? 銃撃戦のど真ん中で立ち往生してたら、そのくらい行くかもな……)
「じゃあ、ちょっと対戦してみましょ」
来楽奈はそう切り出して、卓上にトランプの山を載せた。
「対戦?」
「そう。大士戸との試合は、これをつけた状態でトランプをするの。それで、試合が終了した時点での全員の数値を合計して、低い方が勝ちってわけね」
「……なるほど。それで……その、大士戸高校が相手なんだな」
「そうよ。あの県下最強の私立高ね」
(大士戸といえば、究極の文武両道を実践してるとんでもない高校だ。部活はどれも全国クラスの実力を持ち合わせてるし、進学先も大部分が有名大学とかいう化物高校……でも、そんなところにも嘘部があるとはな)
「大丈夫。勝算はあるわよ」
来楽奈は言った。
「本当か?」
「ファインダーを向こうはまだ持ってないらしいの。だから、これを使って徹底的に練習をしていけば、少なくとも相手よりも優位に立てるわ」
「……なるほどな」
(大士戸だからといって無条件で強いわけじゃない、か)
「その為の、これよ」
来楽奈はトランプを指差した。至極シンプルな絵柄のトランプで、だいぶ使い古した感じがある。それから、彼女は収納ケースの中からノートパソコンを取り出した。
「それ切っておいて」
「あいよ」
ノートパソコンに向かい、起動を始めた来楽奈の指示にしたがって、彼はトランプをシャッフルし始めた。
(割とあのノーパソ、新しいヤツだぞ。……こいつの私物か?)
「それ、何に使うんだ」
「ファインダーの数値をリアルタイムでこのモニタに映すの。実際の試合もこの形式で行われるわ」
「……何で映す必要があるんだよ」
「嘘の効果を視覚化できるようにするためね。まぁ、数値を見られるのは本人だけで、最後に一斉にオープンにするルールもあるみたいだけど、少なくとも大士戸とやる時はリアルタイム表示よ。──はい、このUSBケーブルをあんたのファインダーにつないで」
「お、おう」
彼は来楽奈からケーブルを受け取ると、ファインダーの側面にある端子に挿しこんだ。彼女がその反対がをノートパソコン側の端子に挿れる。
彼はディスプレイを覗きこんだ。色々とややこしそうな表示があちこちにあるが、一番肝要な部分、それぞれのファインダーが示す数値はひと目見れば分かる位置に大きく表示されていた。
「なるほどな。これで嘘をしらばっくれるのも難しくなるわけだな」
「そう、嘘を完遂するには、自分の身体まで騙さなきゃいけない」
来楽奈はそう言って、彼が切ったトランプの山を手に取り、念を押すためか少しシャッフルをした。
「二人でできるトランプでの遊びは限られてるから……、今回は手っ取り早くポーカーでいい?」
「ああ、構わん。……正直、ルールは曖昧だがな」
「それは困るわ。役の強さがわからないんじゃあ、駆け引きが成立しないじゃない。ちょっと待って、ルールを見せるから」
来楽奈はスマートフォンを取り出して、慣れた様子で操作を始めた。
(……あれって、最近CMでよくやってるスマホの最新機種じゃねえか。このノーパソといい、流行の最先端が好きなのか、こいつは……)
「はい、このサイトで確認して」
彼女は卓上を滑らせるようにスマートフォンをこちらに渡してきた。彼は慌てて落とさないようにそれを受け取る。
(せっかくの最新機種をこんな乱暴に……危ないな。えっと、手札は五枚で、役はとりあえず数字を揃えればいいのか。弱い順から、二枚同数字のペアが一つでワンペア、ペアが二つでツーペア……同じ数字が三枚でスリーカード、五枚連番がストレートで五枚同じマークがフラッシュ、スリーカードとワンペアでフルハウス──って、こんなパッと見で覚えられるかよ……)
「どうせ出ないから、役はフラッシュまで覚えておけばいいわ。別段、これから本格的なポーカーをしようってんじゃないんだから。ゲームの主旨は嘘を吐くことだから」
「……おう。カードの配り方はどうするんだ?」
「シンプルに一回五枚配られたものから、何枚か入れ替えて勝負」
「……承知」
彼はスマートフォンを来楽奈に返した。




