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嘘と恋のデジタル数値  作者: 白崎 涼蚊
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第一章 緊張ヒアリング(3)

 まずは下駄箱に入って上履きを履いた。それから階段を上って、渡り廊下を通る。その先の校舎の一階には部室が多く並んでいる。まさか、とは思ったが彼女は一階へと降りていった。

(これは新手の部活勧誘なのか。面倒なトコ連れて行かれたら厄介だな)

 この校舎の二階より上のフロアは普通の学校と同じつくりなのに、この部室フロアだけすべての部屋が引き戸でなく外開きの開き戸になっている。そう新しい校舎ではないのだが、最初から部室フロアにするために建設したのかは謎である。運動部の部室はグラウンドの隅に置かれているので、ここにあるのは文化部の部室たちだけだ。明かりのついている部屋からは談笑の声が聞こえてくる。何かの作業でもしているのか、妙に静かな場所もある。そうした部室を悠々と彼女は通過していく。突き当りの壁がどんどん近づいてくる。

(俺が知ってる部活は全部通り過ぎたぞ……どこに連れ込もうっていうんだ)

 結局、彼女の足は突き当りにたどり着くまで止まらなかった。校舎一番端っこの部屋の扉の前で彼を振り返る。

「ここよ。入って」

「入ってって……、俺が入るのか?」

「うん。大丈夫、鍵はあいてるから」

 彼は言われた通り、扉の前に立った。やや緊張しながらノブを掴み、ひねる。言の通り、鍵はかかっていないようだ。

 彼はそのまま扉を手前に引っ張った。開かない。鈍い音がするだけで動こうとしない。

(……引いてダメなら)

押してみたが結果は同じ、むしろ手応えは悪くなった。

「おい、開かないじゃないか」

 彼が抗議すると、彼女は予想どおりと言った風にあっけらかんとして対応した。

「まぁね。立て付けが悪くなってるの。ドアをちょっと浮かすようにしてみて」

「そういうことは先に言えよ!」

 言われた通り、扉を上方へずらすように力を入れて引っ張ってみる。しかし、さっきよりも大きい音を立てるだけで全く開く気配が無かった。

 彼が無言で振り返ると、彼女は横を向いて静かに言った。

「引いてダメなら、どうするの?」

「クソっ……」

 毒づきながら体重をかけると、さっきまであれほど抵抗していたドアが拍子抜けするほどあっさりと開いた。

「なんで、ここだけ内開きなんだよ!」

「この部屋だけ、元々は用途が違ったらしいの。何に使われていたのか知らないけどね。さあ、入って」

 彼女はするりと彼の脇を抜けて、部屋に入っていった。彼は釈然としない気分でそれに倣い、後ろ手で扉を閉める。

「なんだここは……部室なのか?」

 彼は室内を見回して言った。広さは教室の四分の一ほどしかない。他の部室でも小さいところで教室の半分はあるのだから、この部屋はとくに狭い。窓は扉の向かいの壁にトイレにあるような小さなものしかなく、照明も電球がひとつしか無いので室内はやや暗い。床はコンクリートむき出しになっており、床面積の半分にはゴザが敷かれていた。そのゴザの上には小さな円卓が置かれていて、座布団が隅に積み重なり、そのとなりには大きな収納ケースが鎮座していた。

(部屋自体はかなり粗末なつくりだが、わりと綺麗だな。こいつが掃除したりしてるのか?)

「上履き脱いで、上がっちゃって」

 彼は言われたとおりに上履きを脱ぎ、ゴザの上に載った。彼女も彼に続く。

 二人は適当に座布団を敷いて座った。部屋の中は時が止まったかのように静かで、遠くの部室での会話が雑音となって聞こえてくる。

(……この狭い部屋に二人っきりか。あれからとんだ成り行きになったもんだ)

 彼がしみじみとそんなことを思っていると、彼女は静止した空間を裂くように口を開いた。

「さっきの質問に答えると、ここは部室よ。一応、正式な認可を受けてるわ」

「一応、ねえ。それで、俺をここへ勧誘しようとしてるわけかい」

「まぁね。入ってくれる?」

「いいぜ、入ってやるよ……って言うとでも思ったか?」

「言ってくれれば楽だったのに」

 彼女はついと視線を逸らした。彼はため息を吐く。

「何にも教えてもらってないのに、二つ返事ができるわけがないだろ。部活名どころか、あんたの素性どころか俺は知らないんだ。『献血研究会』みたいな場所だったら俺はさっさと帰るぞ」

「献血は嫌いなの? 人間の血液は常時飽和状態にあるから、定期的に血を抜くのは身体にいい事なのよ?」

「……流石にそれは信じねえぞ」

「初対面だったらころっと信じたかもね」

(──否定出来ない)

 彼は一瞬心中で苦い顔をした。

「じゃなくて! 情報を教えろって言ってるんだよ!」

「普通はここに連れてこられる前に、訊いておくものなんだと思うけどね。キャッチセールスにつかまりやすいタイプよ」

 彼女は呆れたように言った後、少し真面目な顔になった。

「いくら鈍い人でももうわかると思うけど、昨日教えた名前は嘘だから。私の名前は大宮来楽奈、二年三組よ。よろしく」

「お、おう」

 彼は戸惑いつつ応えた。昨日のプロフィールは全くのデタラメだった。初対面であそこまで派手な嘘を吐くとは、肝の据わり方が一般人と違うらしい。

「そして、この部屋を部室として持つ部──、嘘部の部長でもあるわ」

「……嘘、部?」

 彼は思いっきり怪訝そうな顔をした。

「そう、嘘を吐くことを活動の中心とする部活。分かるわよね」

「……いや、さっぱり分からん」

「またこれも嘘かと思うかも知れないけど、お生憎様なことにきちんと書類も整ってるのよ」

 来楽奈は収納ケースのフタを開け、中から幾枚かのプリントを取り出し円卓の上に広げてみせた。彼はそれを引き寄せて内容を確認してみると、なるほど、学校から『同好会』としてでもなく、正式に『部活』として認められているらしい。

「凄いな。嘘を吐くための部活が認められるなんて……」

「ここに至るまで、歴史があったみたい。でも、今では部員が私一人の超弱小部活よ」

「……それで、俺をこの部活に引き込みたいのか?」

「そういうこと」

 まっすぐ彼の目を見て、来楽奈は頷いた。さっきから適当なことを言われっぱなしだったが、何故か今、彼を見つめる彼女のことだけはこの上なく信用できるような気がした。

(ズルいな、こいつ。表情の使い分けがなってやがる。だが、大宮の言ったことで気になるところがあるぞ……)

「訊きたいことがあるんだが……」

「どうぞ」

「別段、人数が少ないから集めようとするのは不思議じゃないが、どうして同学年の俺なんだ? 部活を存続させたいのなら一年生から取って来る必要があるだろ」

 すると来楽奈は目を少し細めた。

「あんたは偶然そういう成り行きだっただけで、きちんと一年にも勧誘はしているわ。全くと言っていいほど引っかからないけどね」

「ぐ、偶然って……ていうか、何で俺のことも誘ったんだよ。成り行きってなんだ、成り行きって」

「部活やってないっていうから誘っただけよ。……ちょっと強引だったと自分でも思ってるけど、でも全く情報を教えないでもついてきてくれたあんたって、結構な物好きよね」

(確かに、お前じゃなきゃついていかなかっただろうな……って、何考えてんだ俺は)

 急に高まり出した脈動を彼は露呈しないように抑えつける。

「そ、それは置いておいてくれ。んで、活動は何やってんだよ」

「上手な嘘の研究よ」

「上手な嘘、って言われてもなぁ……」

「上手な嘘と下手な嘘ってあるでしょ? その言葉が真実かどうか分からなくても、発言者の態度とか表情とかで『あ、この人嘘吐いてるな』って分かるのは下手な嘘だし、そういうことが伺えないのは上手な嘘。後、うちの部ではリアクションまでがその評価の範疇に入ってるわ。まぁ、これに関しては言葉の選び方とか演出とかも考えなくちゃいけなくなるから、主に鍛えるのは前者の方、バレないように嘘を吐く方ね。これが自然とできるようになれば、良いリアクションも出しやすくなるしね」

(ポーカーフェイスがバレないように、相手にえっ、と言わせるような嘘が理想的ってことか)

「あんたは見た目からして単純そうだから、そういう人が嘘を吐くほど相手は騙されやすいし驚きやすいから、あながち私の人選も間違ってないと思ってるわ」

「……それは心からの本音ってことにしておくぞ」

「ご自由に。……それでね」

 来楽奈はふいに視線を落として言った。

「この部活、今崖っぷちなの」

「……崖っぷち?」

「そう。私が一年の時は、三年の先輩たちが割と多くいたから平気だったんだけど、今年に入って先輩たちが卒業していった途端、学校からの圧力が強くなって……、それはそうよね、嘘を吐くなんて反社会的な活動をしてるんだもの」

「自覚はあるんだな」

「もちろん。……なまじ正式な部活として認められてるから、この高校のパンフレットとかにもこの部活を載せなくちゃいけないでしょ。そうなると……印象が悪くなるからって学校側としてはこの部活を取り潰したいと思ってるの」

(そんな部活がよくぞまあ、公式に成立できたもんだな)

 彼は名も知らぬ先輩たちに感心した。

「っていうことは、学校から何か警告でも来たりしたんか?」

「そう。『奈岸南高校として、公式に記録が残る試合で勝利を収める』、さもなければ部活停止、そのままいけば廃部……そういう通達がされてるの」

 そう言う彼女の顔は強ばっていて、さっきまでの飄然とした面持ちが嘘のようだった。本気で嘘部が廃止されるのを恐れているらしい。

 彼はこめかみのあたりを人差し指で掻いた。

「公式の試合ねえ……、この部活にそんなものができるのか?」

「……私も一度は絶望したけど……、県内にもここの他に一つだけ嘘部がある高校があるらしいの。そこと親善試合をして勝ちさえすれば、公式記録になって部存続の理由にすることができる……だから、何としてでも私はそれに勝ちたいの」

(……こいつ、この部活によほど愛着があるらしいな。俺だったら、すぐに諦めちまうところだ)

 淡白に嘘を吐き続けるだけの人間ではない、こんな人らしい感情も持ち合わせている。それを突きつけてくれている。こんな、単純な自分に──。

 彼はもう、この言葉を言わずにはいられなくなった。

「いいよ、入ってやるよ」

「えっ?」

 来楽奈は大きく目を見開く。彼はもう一度言ってやる。

「嘘部、入ってやるって言ったんだ」

「えっ、でも、いいの? その……こんなあっさり決めちゃって……」

 急にしおらしい口調になった。まるでイタズラをした子供が言い訳をしているようだった。

(これは素の反応だよな? だとしたら……このギャップはとても素晴らしい)

「さっき自分で言ったろ、俺は暇なんだ。練習は大してキツそうでも無さそうだし、それに──……」

「それに?」

「いや、何でもない」

 彼はでかかった言葉を何とか飲み込んだ。

(お前と一緒に居られるなら何でもいい……っていくらなんでもクサ過ぎだろう)

 ──半分は同情からで半分は下心だった。別段、彼にとって嘘部の存続はどうでも良かった。嘘部が生き延びようと滅びようと、彼と来楽奈が知り合えたことに変わりはない。もう、この事実だけで彼は満足だった。

 逆に言えば、嘘部について不真面目だったから、ここまで軽く入部を承諾することができたのだろう。真面目な人間ならば、大人しく断ってこの部屋を後にしていたはずだ。

 来楽奈にとっての幸運は、彼のタイプが彼女にそのまま当てはまることだった。



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