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嘘と恋のデジタル数値  作者: 白崎 涼蚊
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終章

「お疲れ様です! じゃあ、そのままの状態で、最初の並び順に戻ってください。えーっと、そっちが大士戸、こっちが奈岸南ってなるようにお願いします」

 保月が試合が終わると同時に顔を出し、トランプを回収しながら言った。一同は全員無言で席を変える。彼は何も考えないように努めながら、来楽奈と瑠子の間に腰を下ろす。伸太朗もまるで何事も無かったかのような顔色で斜向かいに座っている。まるで、時間がそのまま試合前に戻ったかのようだった。

そのまま凍ったように時が経つ。

やがて、保月がそんな空間に染み渡るような声を上げた。

「試合終了です! 『アンチライヤー』を手首から外して、机の上に置いてください!」

 彼は真っ先に、引きちぎるようにファインダーを取り外す。そして、肺の奥底からそこにある息全てを使うような勝鬨を上げた。

「よっしゃあああああああああああああああああああああああ!」

 人間の体温を感じなるまで嘘発見器は作動を続ける。彼は、勝利の瞬間から手首からこの装置が外れるのを待ち焦がれていた。今まで溜め込んでいた分、凄まじい雄叫びになる。彼が嘘部に入部を決めた日から、ずっと蓄積されてきたあらゆる感情が、その咆哮に織り込まれていた。

 ようやく自分の気持ちを吐露できた、安心感も当然あった。

「やったあ!」

「おう!」

 満面の笑みを浮かべる瑠子と彼はハイタッチを交わした。久しぶりに誰かとハイタッチをした気がする。まるでお互い、子供の頃に戻ったような気分だった。

 それから、彼は来楽奈の方を振り返り──、目が合った。彼女の瞳は一瞬大きく見開かれ、慌てたように伏せられる。そして、囁いた。

「後で……二人になりましょう」

彼は、その言葉を聞いて今までの気勢を一気に失い、妙に落ち着かない気分になった。彼が最後に言い放った言葉を、今更自分で思い出して気恥ずかしくなったのだ。

「ええ、奈岸南高校が663ポイント、大士戸高校が669ポイントで、奈岸南高校の勝ちっ!」

 保月が締めくくるように言った。両方の高校はお互いにお辞儀をする。

『ありがとうございました』

 これで、終わった。激動の試合が終了したのだ。

(でも、まだいくつか謎が残ってるよな……)

 彼がそう思って伸太朗の方へ目を向けると、伸太朗は疲れたようにため息を吐いて言った。

「訊きたいことがあるのなら、訊け」

「なら、単刀直入に訊くが……、奈岸南高校の嘘部はこれで存続できるんだな?」

 彼は言い終えてから唾を呑み込んだ。それを信じて、最後の最後まで足掻いて勝ち抜いてきたのだ。無意識のうちに手を強く握っていた。

 ふ、と困ったように伸太朗は笑い、やがて口を開いた。

「そ──」

 しかし、言いかけた途端にその部屋の扉が開け放たれた。予想外の来客に一同の視線がそちらへ降り注ぐ。

 彼らの目の先で部屋に入ってきたのは、奈岸南高校嘘部顧問の黒凪沙綾だった。

「あら、お取り込み中だった? ごめんなさいね」

 相変わらずのふわふわとした笑顔で黒凪は言う。誰もが、そのあまりにも間の悪い登場に呆然としている。

「……先生が到着したんだ。せっかくだから、先生の方から語って下さいよ。……嘘部の行く末をね」

 流石の伸太朗も苦笑を漏らす。黒凪はその言葉に疑問符を浮かべたが、試合の結果が表示されたディスプレイを見てすぐ合点がいったらしい。目を輝かせて両手のひらをつけて言った。

「おめでとう、勝てたんだね! うん、先生きっと勝てると思ってたよ! 次は関東大会に行けるね!」

 来楽奈と彼は思わず目を合わせた。瑠子の方を見ても、ぽかんとした顔をしている。おずおずと来楽奈は困惑した顔で言った。

「あの、先生、今何て……」

「うん? あ、関東大会! これにも勝てたら全国大会にも行けちゃうだもの、頑張らなくちゃね!」

「…………はぁッ!?」

 彼は思わず声を上げた。黒凪はそれに反応して、目を丸くする。

「えっ、まだ聞いてなかったの?」

「柏座、先刻の質問に答えると、答えは『YES』だ」

 伸太朗が言った。

「──この試合に、勝とうが負けようとな」

「……はぁ」

「……もっと大袈裟に驚け。こっちも困るだろうが」

 伸太朗は文句をぶつけて、彼を睨みつける。

(……んなこと言われたってなあ)

彼は内心で困惑を重ねていく。今まで信じていたこととは真逆の、拍子抜けした事実を突きつけられても間が抜けたような返事しかできないのが普通ではないか。

「先生……どういうことですか」

 兄に頼ろうとせず、来楽奈は頑なに黒凪から事情を聞こうとする。すると、黒凪は申し訳なさそうに眉を下げて言った。

「その前に謝らせて欲しいの。ずっと、あなた達に嘘を吐いてました。『親善試合に勝てば存続』……じゃなくて、本当は『公式試合に出場すれば存続』なの」

「公式試合……?」

 瑠子が小首を傾げる。その疑問に口を挟んだのが保月だった。

「そうなんよ! ずっと黙っててごめんなんだけど、これって実は公式試合なんだよね、親善試合じゃなくて。全国嘘連盟というものが、某新聞社の後援を受けて実施している歴とした文化振興事業なんだよ! でも、うちの県は嘘部が全然無くってさ──大士戸と奈岸南しか無いんだよね。つまり、これは県大会だったってわけなんだ!」

「基本的にうちの学校は公式に記録が残る活動をすれば、部活は存続できるからどっちにしろ今日ここに来た時点で確定だったんだよね。私も応援したかったけど、どうしても外せない用事ができちゃって……抜けてきちゃったけどね」

 悪戯っぽく舌先をちらりと見せる黒凪。彼はなんとかそれまでの話の情報を整理して、保月の方を向いて質問する。

「……ということは、あの日、保月先輩が黒凪先生に持ってきた封筒の差出人はその、全国嘘部連盟ってことですか」

「あー、うん、そういうことだね。まぁ、君がアレを目撃してたお陰で、今回の試合は奈岸南高校の大勝利っていうことになったわけだ」

「……やはり、あなたが意図的に柏座にそのルール変更の件を知らせたわけか」

 伸太朗が若干の皮肉を込めて言うと、保月はにんまりとして頷いた。

「まぁね。だってアンフェアだもの。まぁ、時代情報戦だし試合の前から嘘を吐いておくっていう根性は見上げたものだと思うけど、それにしたって不公平だ。相手高校の顧問からOBまで味方に引き入れるなんてねえ。まあ、嘘連盟の規約で協力を惜しまないことになってるから、何も言えないのが悲しいとこでさ。でもあまりに不憫だったんで、少しばかりの助力をしたんだ。伸太朗君の企みはわかってたからね」

「……私に嘘部を綺麗に諦めさせた上の勝利ね」

 来楽奈は怒るでもなく、呆れるように言った。

「気持ち悪いくらい見事だったわよ……、同じ屋根の下に住んでいるとは思えないほどね」

「俺が実際にしたことといえば、黒凪先生に簡単に嘘だと分かるように、件の嘘を吐いてくれとお願いしただけだ。後は辻褄合わせをしていくらか不自然な情報を流しておいた……そう手間のかかることはしてない」

「……あんたがそう思うのなら、そうなんでしょ」

 来楽奈はあくまで伸太朗と目を合わせないようにして言った。彼はそんな二人を黙って見ている。

(……)

「あーっと、そろそろ立ち話も終わりにして、表彰式にうつりたいんですけど」

 保月がわざとらしく腕時計を見ている。瑠子は相変わらず事情がすぐに呑み込めないようでオウム返しに訊ねた。

「ひょ、表彰式?」

「そう。だって、これは県大会なわけだし、勝者の君達は優勝者なんだよ。賞状が出て当たり前じゃないか」

 保月の後ろには、よくある賞状を入れた箱を持った女性が控えていた。

 ──表彰式では来楽奈が賞状をもらい、そのあとは記念写真を撮った。そして、同時に手に入れてしまった関東大会の挑戦権。部活が存続できればいいとだけ思っていたら、思わぬ副産物を手に入れてしまった。まるで、嘘部成立の歴史のようだ。

(……そうだ、嘘部成立と言えば……)

 彼はふと思った。たった今知った情報がすべての真実だとすると、保月がルール変更の伝達に来た日、保月が彼に語った内容には少なくない量の嘘があったはずだ。

(でも、俺は全然分からなかった。……全国大会……か。とんでもない化物が居そうだな。大宮の兄貴みたいな、周到な準備を必要としないような……天性の嘘つきみたいな奴が)


 日が暮れかけていて、付近の雲を鮮やかな橙色に染め上げている。梅雨の合間、気まぐれのような晴れ間だった。

 彼と瑠子は地元の道を歩いていた。そして、いつも別れる場所までたどり着いて足を止めた。

「じゃあ、またな」

「う、うん。えっと、あ、あのさ……、とーたはこれから来楽奈先輩に会いに行くんでしょ?」

「……あ、あぁ……まぁな」

 試合の最後で放った彼の告白、その返事をまだもらっていない。出来れば返事なんて聞かずにいたいような部分もあった。だが、『二人で話したい』と言われてしまった以上はどうしようもない。

「なんか、とーたと来楽奈先輩がくっついちゃったら……、わ、私の居所がいなくなっちゃうなあ……なんて」

「何言ってんだよ。まだ部活は続いてるし、次の目標だってできたばかりだろうが……、お前にはまだまだ助っ人として居てもらうからな」

「…………い、今のはわたしなりの冗談だったんだけど」

「お、おう、そ、そうだったのか……」

「……が、ガンバってね。わ、わたし、祈ってるから」

「祈るって、神頼みかよ。……まぁいいや、行ってくるよ。──ハンドサイン、気づいてくれてサンキュー」

「う、うん!」

臆病な自分の恋心を引きずるように、彼は瑠子と別れて約束した場所まで向かった。日はすっかり落ちて、暗くなってきた。月も見えないほど雲が厚くなってきたようで、これから夜にかけて一雨降るのかも知れない。

「……待ったか」

「待ったわよ。──一分間だけね」

「そうか、良かった」

 二人が落ち合ったのは、彼らが初めて接触した体育館の裏。もう運動部も練習を引き上げたらしく、辺りはとても静かだった。

「なぁ……こんな場所でいいのか? 喫茶店とか、そういう場所でも良かったんじゃないか?」

「……良いの。ここで」

「そ、そうか……」

 気まずい沈黙が落ちる。ここで初めて邂逅した時とは状況がまるで違う。赤の他人同士から、いつの間にか恋人同士……候補になっている。彼は根気よく彼女が口を開くのを待った。──告白の返事を。

 やがて、来楽奈が言った。

「納得いかないのよ」

「……納得」

「……あんたがあの試合に勝とうとして、あんなことを言ったことは……、その、色々と言いたいことはあるけど、嬉しいと思ってる……でも、そ、その返事を私がここでするのが、納得いかないの」

「な、何……?」

 彼は若干混乱する。暗くて来楽奈の顔色がよく見えないので、そのセリフが受容を仄めかしているのか、拒絶を仄めかしているのか分からなかった。

 そんな彼に、彼女は焦れたように言う。

「わ、分かるでしょ、私はここで何回も告白してきたの。……どれもこれも嘘のものだったけどね。で、でもいつも私がする側なんて……納得いかないの。こういう時くらい、自分から切り出さずに……相手のほうから切り出して欲しくて……」

「……」

(つまり、やり直しをしろってことか……、すべて……)

 心臓の脈が加速する。あの時は『アンチライヤー』の数値が彼の緊張を抑圧していたが、今は容赦無く緊張が彼の体内を駆け巡る。口の中にある空気がまどろっこしく動こうとする舌を邪魔した。

「お、俺は……」

 それでも、なんとか言葉を紡いで言った。

「お前のことが……好き、だ」

「…………」

「な、何かそ、それ以上のことが言えないんだよ。言いたいことは腐るほどあるのに、な、なんというか……、全部、この言葉に吸い込まれていくというか──」

 言い訳がましいセリフをこぼしながら、来楽奈の方を見て彼は言葉を失くした。

「ありがとう……、私も、あんたのこと、好き」

 暗闇に慣れ始めた彼の眼が、来楽奈の瞳と交差する。彼女の眼差しは彼以外には向けられていなかった。『好き』という感情が、全面に曝け出された表情で来楽奈は言った。透き通るような、広がっていくような声で彼女は言った。

「……私は……あんたがいたから今日までずっと部活に来ることができたの……。嘘っていうものがどれだけ空虚かって、分かってとても辛かったけど……、あんたがいてくれたから、あの部活にいられた。……いつの間に、好きになってたのか分からないけど……、私は、ずっと待ってたと思うの。……告白してくれるのを。私が勝手に穢した告白のイメージを……、拭ってくれる、人がいるのを、ずっと待ってた……」

「大宮……」

「……苗字で、呼ばないでよ。あの時はちゃんと、名前で読んでくれたじゃない」

 来楽奈はいじけたように言う。彼は躊躇って押し黙ったが、やがて口を開いた。

「…………来楽奈」

「……私も、瞳太って呼んでいい?」

「ああ……構わない。……それで、えっと、そのさ……」

「……なに?」

 彼が何か言いにくそうにしているのに、彼女は気づく。彼はしどろもどろになって言った。

「……抱いても、いいか」

「…………」

 彼女は驚いたように瞳の光を揺らし、やがて穏やかな表情になって頷いた。

「……うん」

 彼はその返事を聞くと、すぐに彼女に歩み寄っていき──、その躰を抱き寄せた。あたたかかくて、良い匂いが鼻をくすぐった。あれほど遠く感じた彼女が、今はありえないほど近くに居る。嘘と本当とか、虚偽と真実とか、そんな下らない二項対立の枠を遥かに超えて、今二人は立っていた。

 分厚い雲の隙間から三日月が顔を出す。淡い光が夜空で僅かに光った。

 彼女が彼の顔を見る。小さく笑みを浮べている。まるで悪戯に引っかかった彼を、おかしく思うような表情。彼も、そんな表情をし返してやった。

 そのまま二人の顔が近づいていく。

 雲が流れて名残惜しそうな三日月を地上の目から隠した。そうして、誰にも見られること無く、始まりの場所で、また新たな物語が始まったのだった──。

                                      FIN


そういうわけでお疲れ様です。どうも私です。


あれは去年の初夏のことだったね……、今日は疲れたなあ充実してたなあ、とごろんと布団に横になった午後十一時。次の新人賞狙いで考えてるやつのプロットができたはいいがまったく書き進められなくて、雨の振らない地方の雨蛙のようなぐてんぐてん具合で日々苦しんでいた僕の脳裏に、突如として舞い降りたのです。何がっていうのは、アレ、いわゆる、HIRAMEKI。

ああ、これはやべえ、今考えてるヤツの数百倍はやべえよ、やべえ、やべえよ。

数年間つけっぱなしだった鉄兜を脱いだような爽快感と共に、終わりかけていたその日の活動を再開しては即刻プロットを作り始めて、気づいたら午前三時になっていた。……いやあ、暑くて眠れなくて。


テーマはガンガン騙そうぜ、ってやつ。社会的なルールからすれば、もう白眼視されるようなことを、ガンガンやろう、好きになってしまおう、恍惚してしまおう、ってやつ。ささやか反社会運動。

それに恋をくっつけまして、プラス手に汗握るような展開を添えました、という感じ。音楽で例えて言うなら、プログレッシブにキャッチーなメロディと熱いギターソロが入ってる具合で。

個人的にはシンプルなストーリーラインに仕上がったと思ってます。伏線とか驚き要素だらけで、まぁそれどころじゃないかも知れないですけど、すべてを決めた上で文字を並べてる手応え的には、すごいシンプルだったんだ。そう、iPh○neみたいな感じで。シンプルなのかは分からんけど……。


内容についてはそう、あんまり覚えてないんですよ。

半分は2ヶ月くらいかけたんですけどね、残りの半分は、一週間でガンガン書き上げたから、そこら辺はほとんど勢い。推敲とか一切してないから、荒削りどころじゃない。もう、鰹節のはずがカツオそのまんま。

お陰様で即刻落選して、こう公開している運びなんです。

それでもなんとまぁ、読んで下さる方々が多いのは本当に恐縮です。

今後も頑張ります。

多分、また近いうちに帰ってきます。おみやげ持って。エビちゃんとか。


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