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嘘と恋のデジタル数値  作者: 白崎 涼蚊
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第三章 動揺シンキング(2)

 喉に溜飲を抱えたような気分で翌日も彼は登校した。

(大宮と話がしたい……)

 昨日の短い接触の間で感じてしまった、顧問黒凪の緊張──、それは黒い種となって彼の胸に植え付けられたような心地がする。でも来楽奈と接すれば、その不安も払拭されるような気がした。

 授業は淡々とこなした。今日は特にしんどい授業はない。ぼうっとしてても支障はない。

 昼休みはいつも通り、新島と会食する。今日の場所は、中庭の一角。

 新島はどこか興奮したような様子で口を開いた。

「お前さ、嘘部の噂がされてるか、されてないかって気になってたよな」

「あー、言ったな」

「たったさっき、嘘部の話をしてる奴が居たぞ。うちのクラスだ」

 彼は目を見開いた。

「どういう内容だ?」

「俺の聞き耳スキルなんてたかが知れてるから正確じゃないかも知れないが、『嘘部がいつ試合をするのか』って訊き回ってたな。俺のとこには来なかったが」

「嘘部の試合……、新島、お前それが何のことか分かるか?」

「ん? いや、分からない。んー、やっぱりお前の反応からすると、嘘部に試合なんて無いんだな?」

「……逆だ。嘘部に試合は存在するぞ」

(そして、そのことを知ってる奴といえば……)

 脳裏に浮かんだのは、軽音楽部部長の顔だった。

「──もしかして、その訊き回ってた奴っていうのは、横須賀文って奴じゃないのか?」

「あ、ああ、そう、そうだよ、そいつだ。何で知ってるんだ?」

 新島は彼に言い当てられ、目を丸くして反問した。彼は顔を横に向けて答える。

「ちょっとした縁があってな。でも、試合の日時なんて知ってどうするつもりなんだ?」

「知るかよ。というか、嘘部の試合っていうのも何なのか知りたいわ」

「……これはあんまり外に流してない話題なんだけどな」

 彼は新島に嘘部の現状から、大士戸高校との親善試合が近々あり、その試合に勝てば公式の記録として認められて嘘部の存続が可能になる、と説明してやった。ついでに、その絡みで嘘部に怨恨を抱く連中に襲われたことも話した。

「か、絡まれたってレベルじゃねえか、それ! 学校からとか何も言われなかったのか?」

「まぁ、ちょっと担任に呼ばれた程度だよ。俺は被害者だしな。でもおかしいんだ。俺に嘘部の件で襲ってきた連中にどっから情報が漏れたのか分かんないんだ」

「ふぅん、だから俺にお前のことを話してないか確認してきたのか……、でも見当がつかないな……。まあ、あるとしたら嘘部の他の部員だろう」

「……やっぱりか」

 彼は低い声で言った。

(大宮が誰かに、俺が入ったことを教えるとは思えない……だが、ここまで可能性が潰されると或いは……)


 文の動向、嘘部の情報流出元、そして黒凪の嘘。

 放っておけない問題を背負ったまま、放課後に彼は嘘部の部室へ向かった。彼は別段、他人に知られても構わないと思っているので、堂々と校舎の中を通って行く。瑠子とたまたま出会ったら、外側からのルートを使うが、それはだいぶ遠回りになるのだ。

(今日も瑠子は居ないんだったな。……大宮はちゃんと来るよな)

 彼は無心で扉を開けた。中には、扉に背を向けるように座る来楽奈がいた。彼の到来に気づき、背筋をゆっくりと伸ばして振り向いた。いつもよりも無表情に見えた。

「……よう」

 彼が挨拶すると、来楽奈は無言で卓の反対側へ移動した。彼女が空けてくれた場所に彼は座る。真正面から見ると、来楽奈はあまり顔色が良くないように見えた。

「昨日はどうしたんだ、いきなり休むなんて」

 彼は半ば本気で心配して訊いた。その質問に来楽奈は軽く俯く。

「気分が悪くって……、ごめんなさい……」

「お、おい、大丈夫か? 今も何か具合悪そうなんだが……」

「……ねえ、左腕の袖まくって、見せてくれる……?」

「……え、ええ? な、何をだよ」

 来楽奈はそれきり黙ってしまって、話が進展しなくなってしまった。彼は仕方なく、戸惑いながらも大人しく左腕を差し出して腕をまくった。二の腕が大袈裟と言える量の包帯でぐるぐる巻きになっている。

「──」

「あーっと……、み、見かけほど痛くないぞ、大袈裟なんだよ、この白い奴らが……」

 彼はどうすれば良いのか分からなくなって、意味のないフォローをしどろもどろでした。

(と、というかこいつはどうしてこの怪我のことを──)

「それ、私のせいなのよね」

 ぽつりと、来楽奈は言った。その言葉に彼は目を眇める。

「何で知ってるんだよ」

「……そ、それは……言えないわ」

「い、言えないって……」

「でも大丈夫……、後で分かることだから」

(後で分かるってなんだよ……、昨日の保月先輩のセリフといい、どうして今教えてくれないことばかりなんだよ)

 彼は歯噛みすることしかできない。飛び回る謎が多すぎるが、決定的な情報に欠けている。それらの謎をすべて繋ぐ、鍵となる情報が──。

「ねえ、どうして……あんたはここまでしてくれるの?」

 来楽奈の瞳がまっすぐ彼の目に向けられた。彼の中途半端な自問自答よりも、何百倍もはっきりとした問いかけだった。

(……どうして、俺は嘘部にここまで尽くすのか……、本当に『アレ』で良いのか? ……俺が、大宮のことを疑う暇が無いほど心底から──)

「……言えない」

「……」

 来楽奈は少し失望したように目を下へ逸らす。その小さな所作が彼の心に棘のように突き刺さった。そんな表情をされることは、ひどく辛かった。

(そんな表情を見たくて俺はこの部活に入ったワケじゃない……、俺が嘘部を守りたいと思ったのはそもそも、初めて俺がこの部室に来てポーカーをやった時に見せた、お前の顔が……、あまりにも良すぎた……、から……)

「でも、後で言う。絶対に。その時までに、もっと分かりやすい言葉にして、言う。約束する」

 精一杯の誠意だった。こんなに言葉を選んで発言したのは生まれて初めてかも知れない。

 来楽奈は静かに視線を彼の顔に戻して、それからゆっくりと言った。

「……分かったわ。絶対に、約束よ」

 彼は深く頷いた。そして、そのままの勢いで覚悟を決めて、口を開いた──。

「──ところでさ、お前って……どうしてそんなに嘘を吐くことに執着するんだ?」

 ずっと訊きたかったことをようやく訊けた。四次元からの傍観者が自分の口を勝手に動かして言っているような奇妙な感覚だった。来楽奈の表情は変わらない。そのままでしばらく沈黙が落ちる。

 やがて、彼女は観念した風に言った。

「真実が嫌いだからよ」

「……なるほど」

 真実を嫌うのならその反対である虚偽を好む。非常に単純な構図だが、そんなに単純なことなのだろうか。

「それについては昔話があるの──、私、中学生の頃に、交通事故を目撃したの。乗用車同士のね。酔っぱらい運転と、旅行帰りの家族の車が、交差点で正面衝突してたの。夜だったはずなのに、街灯のせいでやけに明るかったわ。飛び散ったガラスに乱反射して、まるで昼間みたいだった」

 いつものように淡々と彼女は語るが、目は何かから逸らすように虚ろを見ている。

「酔っぱらいの方は即死、フロントガラスを破って飛び出したみたい。シートベルトする気遣いがあれば、最初から酔っ払わないわよね……。家族連れの方は、運転席の父親が即死で母親が子供を庇ったのかしら、ねじれたボディに挟まれて動かなくなってたわ。……あの時に、もう死んじゃってたのかは分からない。私は……、ただ、それを見ていたわ。ひどく非現実的で……なんか夢でも見ていた気分よ。凄い衝突音だったから耳がひどく痛くって、その痛みで意識を保ってたような感じだった……」

「……気の毒だな」

「ああいう場面に出くわすと、まず人の心配よりも自分の心配の方をするわ。気の毒なんて思う暇は無かったわ。人の死体っていうのはそれだけ、生々しくて不気味で空っぽなの……。そんな光景を見て立ち尽くす私に、子供が駆け寄ってきたの。幼稚園児だったのかしら。……パパとママはどうしたのって、訊いてきた。状況も死っていうものもよくわかってない子供に、どうしたのって言われたら……、あんたはどうする?」

「…………」

「……私は正直に言ってしまったわ。もう、君のパパとママは、死んじゃったって。もう、目を覚まさないよって。そしたら、あの子、どうしたと思う?」

 来楽奈は彼を見た。奥にぽっかりとした空洞がありそうな瞳だった。虚偽に憧れてから、ひたすら嘘を詰め込んできたような、そんな眼の色。彼は何も言えずにただ、その視線をまっすぐに受け止めていた。

 彼女は彼から返答は得られないと判断したのか、薄く自虐的な笑みを浮かべて言った。

「死んじゃったの」

「……」

「何で死んじゃったのは覚えてないわ。私が錯乱して首を絞めて殺したのかも知れないし、母親のもとに行って自分の喉をガラスの破片で貫いたのかもね……。でも……間違いなく、私の言葉がきっかけだったの。あの子に言った、真実の言葉がね……」

「……」

「それからよ。嘘はとっても優しいものなの。真実って一つしかないからどうしようもないけど、嘘はそうじゃない、残酷な真実を覆い隠して語りかけてくれる。真実は絶望しかもたらさないから、その逆の嘘が好きになったの。嘘は泥棒の始まりなんて言うけど……本当のことを言った私は人を殺したのよ、泥棒の方がよっぽどマシ。でも、世間はダメって言う……、だから私は、ここに──奈岸南に入ったの。嘘を吐くための部活があるって知ったから」

(……コイツは、それを見てかなり喜んだんだろう。でも、実際の嘘部はそうじゃなかった……、ただトランプで遊ぶだけの部活だけだったんだ)

 彼は保月の話を思い出す。冗談で改名した部活に、本気の生徒が入部してきてしまった。その時、保月たちはどうしたのだろう。嘘を吐きたくてたまらない生徒を、どう扱ったのだろう。

 彼は訊いてみることにした。

「その……、先輩たちが居た時にはどんな活動をしてたんだ?」

「基本的に今とあまり変わらないわ。嘘発見器を持ってトランプのゲームで嘘の駆け引き。でも、私は楽しかった。どんなに嘘を吐いても怒る人がいないんだもの。この部活では、あの『アンチライヤー』が示す数値が絶対……、だから、何をしても良かった。私はとても、楽しかったわ。その時はね。でも……」

「先輩たちが引退して、お前一人になった、か」

 彼の言葉に来楽奈は悲しげに頷いた。

「……去年の十月頃、先輩たちが事実上引退した途端、学校からの扱いがひどくなったの。だから、私は頑張って部員を集めなくちゃいけないと思って、ひたすら嘘の魅力を伝えようとしたの。……男子は、私が嘘の告白するだけで狂喜してくれる人が多かった。だから、誰かしらは分かってくれると思ったの、この嘘の楽しさ、一時的にでも人を喜ばせる魅力……、でも、全然ダメだったわ……、誰も、分かってくれなかった。みんな、怒り出して罵倒して私を爪弾きしていったの」

 彼女の一言一言には悲哀が込められていた。本当に残念そうに、無念そうに、慚愧たる思いを惜しげもなく見せている。端から見れば狂気じみている。彼は保月が『病的なほど』といった所以を理解できた。

「でも……、あんたは違ったわ。二つ返事で了承してくれて、部員になってくれた。不気味過ぎるくらいあっさりとね。……実を言うと私は、あんたと最初にポーカーで対戦して以来、あんたがちょっと怖くなったの。あんたは、私が本気で吐いた嘘を見破った……覚えてる?」

「……いや、覚えがない」

「……ポーカーの三戦目に追加ルールを入れたでしょ? カードを交換する前に手札の役を公言するっていうの。そこで……あんたは私の言葉に『本当か?』って言った。間違いなく私の嘘を見破ってる目をしてたわ」

 彼はそう言われて微かに記憶が蘇ってきた。そう、あの時、来楽奈の言葉に違和感を覚えたのだ。それで咄嗟に訊いてしまった。

(アレは本当に嘘だったのか。だとしたら、俺は本当に……)

「あの時、運良く望みどおりのカードがきたから良かったけど……、運がなければあんたの言った通り、数値がリセットされて再戦することになってたわ。……あんたは、初めての試合で、熟練した私を追い詰めたのよ。そんな人が……、あっさりとみんなに嫌われる部活に入ってくれて、こんな部活のために助っ人を見つけてくれて、こんな部活のために身体を張ってくれて……その理由が、本当に分からなくて……怖くって……」

「俺が……怖い?」

 それは意外だったが、それならばあの初めてのポーカーによる試合の後、唐突に来楽奈が無愛想になったのも頷ける。彼と対峙して試合をするときは、初めて見た時と比べて楽しそうな様子が見られなくなったのもそれが原因なのだ。

「もしかしたら、あんたが嘘を吐いてるのかも知れない、いざ試合になったらあんたに裏切られるかも知れないって考えたら……、私はひどく惨めな気分になったの。……今まで、私が嘘を吐いてきた人たちの気持ちが分かった。だから最近、ちょっと辛かったの。でもなんとか、惰性にすがるように部活に参加してた。怯えながら、あんたとトランプで対戦してた……」

「それで……どこから聞いたんだか知らないが、俺が怪我したことを知ったんだな」

「そう……それで、あんたを疑ってた自分が、嫌になって……私が見てたのは、綺麗な真実だったのに、ずっと綺麗な嘘なんだと思って怯えて暮らしてた……もっと惨めな気分になって……昨日は一日部屋に閉じこもってたの、その……今まで疑っててごめんなさい」

「……まあ、そんな気にしてないから平気だ。むしろ、誤解が解けたんなら良かったさ」

 彼はあっさりと答えた。それが本心でもあるし、これ以上言及して来楽奈を追い詰めたところで得は何もない。

 来楽奈はそんな彼の反応が思いもかけなかったらしい。

「そ、そんな、私はずっとあんたを疑ってきたのに……」

「それでもお前は俺と接してきたんだ。つまり、疑うと同時にどっかしらで信じてたんだよ、それなのにキレるのはちょっと俺にはできない芸当だな」

 彼が思ったままのことを言うと、彼女はぐっと顔を下に向けて押し込めたような声で言った。

「……ありがとう……」

「……礼には及ばない」

「で、でも……もう、私は嘘を吐かれる苦しみを……知ってしまったから……嘘部には居られないかも知れない……」

「そ、そんなこと無──お前、泣いてるのか」

 来楽奈はうつむいて肩を震わせている。いつもは気丈に振舞っている彼女が、まるで小動物のように小さく見える。嘘を吐くことが誰かに苦しみを与えることを知った彼女は、その嘘を吐くことが目的の部活に居ることを苦にしているのだ。

(しかも、その価値観がひっくり返った辛さを今の今まで耐えてたんだ。何が、こいつをそこまで駆り立ててたんだ。もしかして嘘への執念は、まだ残ってるんじゃないのか……?)

 彼はそう思った瞬間、もう動いていた。彼と来楽奈との間に置いてあった卓を脇に押し退けると彼女へ近づいていき、その震える両肩に両手を載せた。

「なぁ、お前が所属してるこの部活は……、『認められた嘘を吐く部活』なんだぞ」

「……」

 来楽奈はそこで初めて彼が目の前に来ていることを知った風に顔を上げた。目が真っ赤になっていて、左目から大粒の涙が頬を伝っていく。──まるで両親を見失った子供のような表情の来楽奈に彼は呼びかける。

「嘘部っていうのは名前だけで、実際は違うだろ? 実際はただのトランプをしてる部活じゃないか! お前が今まで吐いてきた嘘ってのは、部活の内容とは無関係だ。お前は単純に、この部活を守るために、ずっと頑張ってきたんじゃないのか? あらゆる人に嫌われながらも、それでもずっと部活を続けたいがために頑張ってきた! そんな奴が……この部活に居られない訳無いだろ!」

「い、良いの……?」

「当たり前だ。第一、部員は俺とお前しか居ないんだよ。俺が良いって言うんだから良いんだ! 言っとくがこれは嘘じゃない、全くの真実だ。心の底から言ってる! 嘘部には大宮来楽奈が必要なんだよ!」

「……」

 来楽奈は嗚咽をいっそう強めて、彼の目の前で泣いた。肩に増える手を通して、彼女の体温が分かる。嘘を吐くことに疲れた彼女は、涙と一緒に咎を流しているようだった。真実を猜疑して生きることを宿命付けられた咎を──。

 随分と長い時間が過ぎたような気がした。来楽奈は目を伏せたまま言った。

「……あんたは……ただの、お人好しなのね」

「昔はこんなんじゃなかったんだけどな……いつの間にか、こうなっちまったらしい」

「……疑ってた私がバカみたい……」

「……。──なんかさ、このまま抱き合えそうじゃないか?」

「……!」

 来楽奈はすっと顔を上げて目を見開き、思い切り彼を突き飛ばした。

「うおっ、バカやろっ!」

 彼は浅はかな冗談を言ったことを後悔しながら尻もちをついた。来楽奈は潤んだ瞳で、彼から離れるように身を引く。

「じょ、冗談に決まってんだろ!」

「……分かってるわよ、そんなこと……」

 来楽奈は恥ずかしそうに呟いた。

 ──二人は気を取り直して、卓を元の位置戻して最初と同じように向かい合った。

「ああ、なんか色々とモヤモヤしてたのが吹っ飛んだなあ」

「……今日はもう練習できるような空気じゃないわね。また明日から、試合に向けて頑張りましょう」

「ああ、そうだな。絶対に大士戸に勝って……嘘部を潰さないようにしようぜ」

「そうね。……うん、絶対にね」

 来楽奈は力強く頷いた。彼はそんな彼女の表情を見て思う。

(俺と最初に部室に来た時よりもいい顔してる。不良の一撃に耐えた甲斐があったもんだ)

 だが、彼は気づかなかった。言葉に含まれる緊張を敏感に感じ取る彼だが、動作に含まれる緊張までは手が回らない。来楽奈の顔は、僅かに曇っていた。本当に僅かだが、何か些細な可能性に怯えるような翳りが──。



 大士戸高校との試合の日が指折りで数えられるほどに近づいてきた。梅雨らしくしとしとと雨が降り注ぐ放課後、嘘部は今日はトランプのゲームで駆け引きを繰り返している。

「……何かあんた、あの日を過ぎたあたりくらいから急に鋭くなってない? 全然嘘に引っかからなくなったわね」

 ゲームは一段落した。来楽奈は両肘を卓について、トランプを切っている。彼は両手を後ろに伸ばし床につけた姿勢で答えた。

「あぁ、俺は能力に目覚めたからな」

「の、のうりょく……? 脳の力……?」

 彼の言葉に瑠子が首を傾げた。

「脳の力じゃねぇよ、よくできる方の能力だよ。……最近気づいたんだ、なーんかこいつの言ってることに違和感があるなあ、って思ったらそれは大概嘘を吐いてるんだよ」

「嘘を見破る能力ってこと? ……そんなに都合の良いことがあるの?」

「俺にも不思議だ。何だか知らんがそいつが緊張するのが分かるんだよ。勘みたいなもんか」

 そこで瑠子がもじもじしながら口を開いた。

「ね、ねえ、とーたってまだ、……あんな授業の受け方してるの?」

「あんな授業の受け方って何だよ」

「えっと……、その、授業の内容を聞いてるんじゃなくって、先生のことをじっと睨みつけるような……中学校の時にやってたよね」

「……んー、ああ、今でもやってるぞ。予習とか面倒くさいから全くしないんだけどさ、それだと指名してくる奴の授業は面倒だから、ずっと指名されないように祈るように過ごしてる」

「……それ、いつからやってるの?」

 来楽奈がカードを切る手を止めて訊いた。

「……小六か? 算数の時間にもう『当たるな~』とか念じてた覚えがある」

「随分不真面目な学徒ね……」

「そ、そんなことしてるから、そういう感覚を感じ取る器官が発達したんだよ……た、多分」

 瑠子の推論に、彼は声を漏らした。

「ああ……、なるほど。確かに思い返せば緊張の毎日だったな」

「ほ、本当なの……、そ、そんなことしてるだけで、嘘が見破れるようになるの?」

 来楽奈は信じられないらしく、眉根を寄せて訊ねる。その言葉に瑠子も自信を無くしたように声を小さくした。

「ど、どうなんだろう……」

「まぁ、真偽はどうでもいいじゃねえか。俺がそういう能力に開眼したってだけでも、プラスだろ? だいぶ役に立つはずだ」

「……そうね。大士戸には、何としても勝たなくちゃ……、ね」

 来楽奈はまたトランプを切り始めながら、静かに言った。


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