第三章 動揺シンキング(1)
翌日、彼は律儀に学校へ行った。両親に帰り道で襲われて警察へ行ったことを話すと、今日は学校を休むことを提案してきたが、彼はそれでも学校に来た。なんとなく、今日は来楽奈に会いたい気分だった。左腕には大げさ過ぎるほどの包帯が巻かれていたが、ワイシャツの長袖で十分に隠れる。あまり人には知られたくなかった。
英語の授業。相変わらず担当の佐々木はランダムに当ててくる。いつもなら、気勢を張ってひたすら緊張に耐えているところだが、今日の彼はそうしていられる心境でもなかった。
あの不良グループの中で、この学校の生徒は半分だった。今、謹慎処分を受けているはずだが、その被害者が彼であることは漏れていないはずだ。単純に、ヘマをして捕まった、程度の認識が浸透する。
だから、そちらの方については心配していない。彼が気にしているのは、自分の嘘部へのスタンスだった。昨日のあの事件で、自分は嘘部を守ろうとした。保身的な判断をしたはずが、どうしても念頭には嘘部のことが巡ってきてしまっていた。来楽奈を目当てにして入ったはずが、どうしていつのまにか行動が嘘部本位になってしまっているのだろう。入部当初は嘘部の存続などどうでも良いとさえ思っていたのに。
彼は今になっても嘘を吐くことに抵抗があるし、トランプを利用した駆け引きも苦手で嘘部に居る理由に疑問を持ち始めていた。それにもかかわらず、嘘部を守ろうとした、嘘部のために殴られることを潔く受け入れた──、異常だ。
(もしかしたら……)
と、彼はひとつの可能性を思いつく。彼は来楽奈のことを見すぎていたのだ。来楽奈が嘘を吐こうという場面を初めて見た時、どうしてこいつはこんなに楽しそうなのだろうか、と思った。今となってはそう思うことも無くなったが、彼女は嘘をどこか楽しんでいるはずだ。その感覚が彼にいつの間にか伝播したのだ。
これは自然な感情の変化だ。好きな相手の好きなものを好きになるのは、当然のことだ。
(……大宮のこと、好きなのか。俺は。好きなのなら、当然、その先のステップがあるのであって……、つまり告白ってことか──って、何考えてんだよ俺は!)
膿みかけの腫れ物に触るような想像に、彼は内心で悶えた。結論を出すことから逃げるように、授業の方へ集中し始める。授業の方は相変わらずカタい授業の進め方だ。例のランダム指名が始まるのも近いだろう。
(…………お?)
彼は教師の佐々木の顔を凝視していると、奇妙な感覚に襲われた。淡々と教科書の文章を解説している佐々木は何か、アクションを起こそうとしている。そしてそのアクションの方向が、自分に向いているような気がする──、そう、これは違和感だ。程度こそ違えど、今まで幾度か感じてきた違和感と同じものだった。
(あいつの何か行動しようとする腹の内が、今の空気と差異を起こして違和感になってる……?)
彼はなんとか解釈を紡ぎ出そうとした。この違和感の正体をつかめれば、きっかけになるかも知れない。──嘘部で活かせる、実力になるかも知れない。
(今、佐々木は何かをしようとしている……指名? 指名のときに、あいつはいつも緊張している? 緊張……、俺は、緊張を感じ取ることができるの……か?)
「ええと、ではこの問題を誰かに答えてもらいますかね」
佐々木はそう言って名簿に目を落とした。誰を指名するか決めようとしているのだろう。
(いや、あれは嘘だ。もう心の中で誰を指名するのか決めているはずだ。その誰か、っていうのは……)
彼は慌てて教科書に目を落とした。佐々木が問おうとしている問題、その答え──予習などしていない彼には分かるはずもない。彼は咄嗟に隣の机に目を滑らせた。隣に座っている女子はきちんと予習を済ませているのか、綺麗な字で解答が書いてある。
それと、佐々木の指名が入るのはほぼ同時だった。
「柏座君、答えてください」
違和感は的中した。
「えっと……二つある穴はどちらも広く深く掘って、ある」
「はい、その通り」
佐々木は何気なく正解の旨を言って、解説をし始める。彼は呆然としてその様子を見ていた。
(……そうだ、緊張だ。じっと集中して相手を見ていれば、相手が緊張してるかそうでないかが分かるんだ……)
手に汗が滲んできた。その湿った手でシャーペンを握って、板書を取るふりをする。
空腹が近づいてきている。授業はまだ終わらない。
昼休みはいつものように新島と落ち合った。人気のない剣道場近くにある階段の踊り場に、二人並んで腰を下ろして、購買で買ったパンを口に運ぶ。
「なあ、新島」
「ん? どうしたよ、改まったような感じで」
新島は不思議そうな眼差しを向けてきた。
「お前さ、俺が嘘部だってことを誰かに話したか?」
「は? いや、誰にも話してないぞ。嘘部の話題はめったに起きないし、別に進んで話すようなことでもないしな」
「……本当にか?」
「本当だよ。何なら嘘発見器にでもかけてみるか?」
冗談のつもりで言ったのだろうが、実際に彼の感覚による嘘発見器に新島はかけられていた。しかし、なんの違和感もないので新島の言葉に嘘は無いようだった。
(まぁ、まだ試行回数が少ないからなんとも言えないけどな……)
「分かったよ。お前は話してないんだな」
「あぁ。何なら、嘘部の話題が出てきたのを聞いたら、逐一お前に教えてやるよ」
「……まぁ、やる暇があるならよろしく」
「おう。……でも、何でそんなこと訊いたんだ? もしかして、結構お前の秘密が広まってたりしてるのか?」
「そういことだな。昨日、面倒くさい連中に絡まれたりしたし」
「マジかよ! 大丈夫だったのか?」
「平気だったが……、まぁ色々面倒臭かったな」
彼はげんなりとした気分で言った。昨晩はひどく疲れて帰宅し、そのまますぐ眠りに入ってしまったのだ。英語の予習などできるはずがない。
「くれぐれも気をつけろよ。まだまだ物騒な世の中だからな、最後には閻魔大王に舌を持って行かれちまうぞ」
「地獄に落ちる前提じゃねえか、それ」
彼は笑い飛ばして言った。
放課してすぐに彼は部室を訪れたが、誰もいなかった。今日は瑠子が合唱部の方に顔を出す日のはずなので、あと来るとしても来楽奈だけだ。彼はござに腰を下ろして思考を回し始めた。
新島は本気で彼のことを心配しているようだった。情報は新島から漏れたのでは絶対にない。
(横坂と横須賀文……、あいつらには何の口止めをしなかった。もうあいつらが噂の発生源としか考えられない。……でも、それでもわかんないところが残るんだよなあ)
あの嘘部にやたらと激しい恨みを持っていた不良たちがどうして、あの親善試合のことを知っていたのか。夕子とはあれから会ってないから、試合のことなど知っているはずもない。文がそのことを知ったのは、『嘘部に激しい恨みを持った連中がいる』と彼に警告してきた直前だ。警告をしておいて、自らその情報を恨みを抱く過激な連中に引き渡すとは思えない。もし文が、そんなことをするような曲者だったら、最初から彼のことを拒絶しているはずだ。
(……だとしたら、どっから漏れた?)
瑠子は嘘部に与していることを秘密にしているから、絶対にありえない。来楽奈が誰か氏らに漏らしたことも考えられなくはないが、それでも可能性は極めて低いだろう。そもそも、あれほどの嫌われようからすると、話すほどの相手がいるかどうかも怪しい。
彼の思考が行き詰ったところで、ふいに扉がノックされた。
(……ノックだと?)
来楽奈が来たのであれば、ノックなどせずにすぐ入室してくるはずだ。だとすると、ほかの人物なはずだ。
(嘘部を潰したがってる連中のガサ入れか? ……どうする、放っておくわけにもいかないだろ、これ……)
彼は立ち上がって、ゆっくりと扉に近づいていき、言った。
「どちらさんですか?」
彼は目上の人間が苦手で、敬語もあまり使いたいとは思わない。だが、相手がだれか分からないうちだと、自然に敬語になるらしい。彼は自分で言って初めて気が付いた。
相手からの返答はワンテンポ遅れて来た。
「あ、保月っていう者です。えーっとなんというか、一応嘘部のOBってことになるのかな?」
高い男の声で、どこか軽薄な印象を受ける口調だった。
(嘘部のOB……っていうと、いつか大宮が言ってた二つ上の先輩ってことか)
一応警戒は解かないままで、彼は扉を開いて招き入れた。
「や、悪いね。見知らぬ奴が突然訪ねてきちゃってさ」
保月は頭を掻きながらそう言って入ってきた。背は彼と変わらないくらいだが、保月の方が細身で、全体的に気さくな雰囲気を醸している。慣れたように靴を脱いでござに座る。彼も保月に倣うようにして座った。
「えーっと君が、柏座君? この部活の新入部員っていうの」
「……そう、なりますね。えっと、よろしくお願いします」
「うん、よろしくよろしく。君のことは大宮ちゃんから聞いてるよ。期待の新人とか言ってね」
「期待の新人? お、俺がですか」
彼は拍子抜けして訊きかえした。
「ああ、もったいないくらいの人材って言ってたよ。これって珍しいことだよ、大宮ちゃんが人を褒めるなんてさあ」
保月は人のよさそうな笑みを浮かべていて、嘘を吐いているようには全く見えない。
(大宮が、俺を褒めてる……? 一回も俺はあいつに勝てたことが無いのに、というか、現時点で一番足を引っ張ってるはずの俺なのに……、俺のどこに期待してるっていうんだ?)
「まだ大宮ちゃん来てないんだ。じゃあ、来るまでの間話しててもいい? あ、僕は保月真一って言うんだ。えーっと、引退する前はここの部長をやって、まあはんなりやってたよね。でもはんなりやりすぎちゃって、勧誘をそんなしなかったから後輩が一人っきりでさびしくなっちゃったのは、ちょっと反省してるんだ」
保月は訊かなくてもどんどん語り続ける。彼は適当に相槌を打ちながら聞いていた。
「なんてったって、大宮ちゃん一人になっちゃったから、廃部するのが怖くなっちゃってすごい勧誘始めたんだもんね。見知らぬ人でもとにかく嘘を吐きまくって、その後で勧誘するってやつ。嘘部らしい勧誘方法だけど、すこぶる評判悪くって一気に嘘部の権威が失墜しちゃって、あの頃の僕もすごく動揺したねえ」
(まぁ、俺はその時に学校に行ってなかったんだけどな……)
「そんで、嘘部廃部勧告が出た時はどうかと思ったよ。黒凪先生と僕でなんとか校長先生を言いくるめ……じゃない説得して、公式戦で勝利を得られなかったら廃部っていう条件に変えてもらったんだけどね」
「……! そうなんですか」
「うん、それでも相手がいなくってかなりきつい状況だったからねえ。大士戸高校の嘘部が協力してくれて助かったよ。あ、そうそう、君はこの嘘部がどうやって誕生したのか知ってる?」
不意に保月は話題を変えた。どんどん話したい内容を思いついていって止まらないタイプの人なのかも知れないが、彼にはあまり話したくない話題から意図的に遠ざかったようにも思われた。
「いや、知らないですけど……」
「だよねえ。きっと大宮ちゃんも知らないよ。だって、彼女には教えてないもの。大宮ちゃんはガチで嘘をやりにきたような人だからさ、言い出しにくくって。えーっと、君は……違うよね?」
質問を投げかける保月の視線は、彼の心中を見透かしているような気がした。
(いや、そんなわけあるか……読心術なんてあってたまるか)
「まぁ……、強いて言うなら暇つぶしですよ」
「ははっ、強いて言うなら、か。強いて言わない理由がほかにあるのかな」
保月は楽しそうに言った。その様子に彼は内心で歯噛みする。
(……引っ掛けられたのか、あの見透かしたような視線に……ぐう、やっぱこういう心理戦に弱いな、俺は……それに、この保月って人も流石は大宮の先輩だ、余裕っぷりが半端ない……)
保月は彼の動揺を知ってか知らずか、変わらぬ調子で説明を続けた。
「だったら打ち明けるとね、この嘘部の前身はなんとびっくり、アウトドア部っていうアウトドアサークルだったんだ」
「……えっ」
「びっくりしてるね。そりゃそうだよね、アウトドアと嘘になんの関連性もないもんね。でもねえ、この部室が何でほかの文化系の部室と違ってこんなちんけなつくりなのか、考えたことがあるんじゃない? 種明かしをするとね、ここはアウトドア部が倉庫として使っていた場所なんだ」
倉庫、と聞いて彼は何かが腑に落ちた気がした。確かに、明らかにこの部屋は人が過ごす場所として作られてはいない。狭い空間にむき出しの壁、少ない照明に小さな窓、これらの要素はこの部屋が倉庫として機能させるのに最低限のものだったのだ。
「昔は向かいの部室を通らせてもらって、ここに収納してたアウトドアグッズを搬出してたらしいよ。まあ、私物がほとんどみたいで今はこの収納ケースとこの小さな机しか残ってないけどね。で、そのアウトドア部は最初こそ真面目に活動していたみたいなんだけど、そのうちにただの駄弁り場みたいな部活になっていったんだよ。悲しくもインドア部になったわけだね。家に帰ってもすることが無いような人たちが集まって、トランプとか人生ゲームをやってたんだって」
保月はいつの間にかトランプを手にしていて、シャッフルをし始めた。
「まぁ、そんなインドア部もどんどん人が減っていってね。僕らが入部して二年生になった時には、僕ら以外だーれも居なくなってたんだ。まぁ、それが僕らがこの部活に入った目的でもあったんだけど。僕たちはそのまま、部活を乗っ取ったんだ」
保月はトランプを卓の上に載せて、身を乗り出す。
「自慢じゃないけど、一応僕は生徒会長だったんだ。覚えてる?」
その発言に彼はぎょっとした。
「え、マジっすか……、全然知らなかったです」
「まあ、この学校で生徒が表立つこともあまりないからね。知らなくっても無理ないよ。ま、その生徒会の権限でさ、どうせ滅びるあの部活にユニークな『名前』をつけようってことになったんだ。若さに任せた悪戯ってとこだね。当時、インドア部はトランプばかりやっていて、結構駆け引きも高度な領域でやってたんだ。だから、ああ、僕と同期の優華って子がいるんだけど、『トランプで嘘吐きまくってるから、嘘部でいいんじゃない?』って言ったのをきっかけに、嘘部ってつけたんだ。つまり、なかなか歴史的に新しい部活なんだ、ここは。ま、大宮ちゃんが居なけりゃもうとっくに潰れてたんだけどね」
自分が一番楽しんでいるような口ぶりで保月は言う。
「ってことは、もともと表立って嘘を吐くような部活じゃなかったってことですか」
彼の質問に、保月は小刻みに頷いた。
「そういうこと。嘘は副産物だったんだよ」
「……でも、大宮は嘘を吐きたいがためにこの部活に来た……だから、この話をしにくいと思ったんですね?」
「そうなんだよ。大宮ちゃんは嘘に生真面目なんだよ、病的にね、嘘が好きみたいなんだ。だから、わざわざ予算差っ引いて『アンチライヤー』買って、今までインドア部で使ってたトランプ勝負に『嘘部要素』を追加して、活動してったんだよ。熱心な子が一人入っただけで、嘘のはずだった嘘部が本格的なものになっちゃったんだよね」
「そ、それはまたすごいな……、でもまぁ、楽しそうですからね、嘘を吐く前のあいつは」
でも最近はそうした表情を見せることは少なくなった。近づいてくる試合の日を意識して、緊張しているのだろうか。
「ま、大宮ちゃんが嘘に執着する理由は君が聞き出すといいよ。僕は在学中に聞き出せなかったから、もう時間切れだ。……あー、そういえば、大宮ちゃんってまだ来ないの?」
「……そういえば、来てないですね。電話でもしてみますか」
彼は携帯を取り出して、ディスプレイを見たところでメールが届いているのに気が付いた。
(いつの間に……、この保月って人が来てすぐ届いたみたいだな。なになに、『ちょっと今日はいけないから、好きにやってください』、だと……)
「……今日、来ないみたいですね」
「本当に? マジかあ。ま、最低限黒凪先生がいてくれればいいんだけどね。でも久しぶりに顔を見ておきたかったな」
保月は残念そう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、ちょっくら職員室に行って来るよ。黒薙先生に会いにね。君も来るかい?」
彼は少しだけ考えて、返事をする。
「……じゃあ、ついていってもいいですか」
「いいとも。君にも関係のある話だからね」
「どうもどうも先生、久しぶりです」
「あら、保月君。それに柏座君も」
職員室の一角で、黒凪は柔和な笑みを浮かべて彼らを迎えた。
「ど、どうもっす」
彼は普段よりも低い声で応えた。
「大士戸高校との試合も近くなってきたよね。頑張って勝ってこの部活をなくならないようにしてね」
「……最善はつくします」
「あ、その大士戸高校の方から連絡があったんすよ」
と、保月が言った。
「親善試合のルールを増やしたいってね。えーっと、本番でやるトランプのルールは当日まで委員会が公開しないことにしてますけど、その競技の勝敗も得点にプラスしたいって申し出てます」
「ということは、負けた方がプラス何ポイントって決めるの?」
「そういうことになりますね。最終的に高いポイントの方が負けになりますから」
「分りました、じゃあ後で大宮さんにも伝えておくね」
黒凪は教師らしい口調で言う。
「あっ、すぐには伝えないでくださいね。委員会から連絡があるまで、伝えるのは待っててください。あと……」
保月は持っていたカバンから封筒を取り出して、黒凪に手渡した。
「これにその詳細が書いてありますから。確認しておいてくださいね」
「はい、ありがとね」
「いえいえ。それでは」
会話はそれで終わり、彼らは職員室から出る運びとなった。
「あ、柏座君、ちょっと」
彼が保月に続いて行こうとしたところで、黒凪から声がかけられた。
「はい」
「今の話なんだけど、君から直接大宮さんに伝えないでね。私がきちんと伝えておくから」
「は、はぁ、じゃあすみません、お願いします」
「うん。じゃあ、頑張ってね」
黒凪はまたいつもの微笑を浮かべて、彼を送り出した。
彼が職員室を出ると、保月がさっそく話しかけてきた。
「どうだった? 疑問なところがでてきたっしょ?」
「……それを訊きたくて、俺をここまで連れて来たんですか」
「まあね。ほら、何も考えずに受け身で生きてたらダメな人間になっちゃうでしょ?」
保月はふてぶてしく言う。彼は一つ息を吐いて、保月の質問に答えた。
「何であなたが大士戸高校との連絡役になってるんですか?」
「よく訊いてくれた! それが聞きたかったんだよ」
とても嬉しそうに保月は言った。
「端的に君の質問に答えるとね、さっきの先生との会話で委員会って言葉が出てきたのはわかった?」
「……トランプのルールがなんとかってくだりで出てきましたね」
「そう、試合で使うトランプのルールはまだわかってないでしょ? それは当日に試合を執り行う委員会が初めて公開するんだ。で、その委員会に僕が入っていて、大士戸高校と奈岸南高校との連絡係を担当してるってわけなんだよ。ま、バイトみたいなもんだけどね」
「……なるほど」
「ちなみに、大宮ちゃんもそのことは知ってるからね。だからよく連絡を取ってるんだ。まあ、つまりそういうことなのさ」
「それを俺に教える意味はあったんですか……?」
「ま、そのこと自体に意味は無いけどね。重要なのは君が今、目撃したシーンだよ。ふふ、君が嘘部を救ってくれると信じて今の風景を見せたんだ。今分からなくても、そのうちわかるよ。──おっと、結構話し込んじゃったね。今日中にレポートを書かなくちゃいけなくってね、大学生ってめんどくさいよね、それじゃ」
保月は満足したように別れを告げると、来客用の玄関からでていった。
最後の意味深な保月の言葉が気になったが、彼にはそれ以上に気になることがあった。そのために、彼は職員室を出てからずっと暗鬱な気分だった。
(……黒凪先生が、嘘を吐いてるかも知れない)
入部届を出しに行って会った時も、微妙に違和感を感じていた。そのことを思い出して、彼は保月に随行することを承知した。そして、黒凪に意識を集中していたのだが──。
(よりによって、あの部分で……)
違和感はまた立ち現われた。しかも、以前よりも明確に分かってしまった。
(……マジかよ)
悪い夢でも見ているような気分で、彼は部室へと戻った。




