六話目 会合
「おい、月砂! 今度という今度は本気で愛想が尽きたぞ……!」
「まあまあ皐月。とりあえず落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
「落ち着くんです。何でしたっけ? 実は主人が小さな子を拉致ってきてを口では言えない程卑猥な行為で汚そうとしていた極悪人だったんでしたっけ?」
「お前の言い方に若干ひっかかるが……まあ、そんなところだ」
「ならそれは誤解ですよ」
「どうして言い切れる!?」
「ですから落ち着いて。人間がっついてもいいことありませんって」
「だって窓も割れてたし、ガラスだって片付けもしないで散らばってたし、あの子はベッドに組み伏せられてたんだぞ!?」
「そこに至るまでの経緯は分かりませんが……いいですか? あの主人ですよ? 優柔不断の権化たるあの人にそんな気概があると思いますか?」
「……そりゃまあ、確かにそうかもしれないけど・・・」
「でしょう? まあ、主人が実はロリータコンプレックスという最悪な趣味の持ち主で小さな子をいたぶりたくなる鬼畜で外道で蛆蟲のような存在だというのなら、話は別ですけどね」
「……だからさ。何で口は丁寧なのにそこまで毒を吐けるんだ?」
「直す気はありません。皐月が男言葉をなんとかするなら考えてあげます」
「……さいですか」
「ええ。とりあえず、主人を赦してあげる気になりました? あ、あとお嬢様には伝えておいてくださいね」
「ああ……」
そんな不穏当な夢を見た。
目を覚ますとすでに朝だった。
僕は決して朝が得意な方ではなかった。かなりの低血圧であり、一時期趣味が昼寝だったこともあったし、二度寝という言葉に一種の神々しさすら感じているが、それでも最近は一応自力で起きることは出来るようになったので、ここしばらくは部屋から目覚まし時計の姿は消えていた。
しかしながら、現実として僕の枕元では目覚ましは叫び狂っている。久々ながら凄まじくうるさい。
「……何でこれがあるんだ?」
確かこれはまともな物置に突っ込まれたはずなのに。足でも生えたんだろうか。
疑問に頭を傾げながらも、とりあえず騒音の発生源を叩き黙らせる。足は生えてなかった。
一瞬にして部屋は静寂を取り戻し、二度寝に最適の空間へと変じた。目覚まし時計の利点は騒音によって人を叩き起こすことにあり、欠点は一度止めれば何の意味もなくなるところにある。もはや何故目覚ましがあったのかという些細な疑問など頭から消え去っていた。唯一残された言葉はもう一度寝てしまえと囁く悪魔の言葉のみ。
「あぁ……もう一回寝ようかな……」
こうして目覚ましの奮闘空しく僕はまどろみの中へと戻って行くことに−−
「お、おい皐月だけどよ。……起きてるか?」
跳ね起きた。
驚くなかれ、その速さたるや音を突破し光を抜き去った。
「起きてます!!」
「そ、そうか。ならいいんだ。お嬢が待ってるからさ。早く降りてきたほうが、うん、いいと思うぞ。うん」
「そうですか、じゃあすぐに行きますね」
「あ、うん。……あのさ」
「はい?」
「ごめんな」
ぱたぱたとスリッパが床を叩く音がドアから遠ざかっていく。一方、僕はというと、すぐに行くと言いながらも口をあんぐりと開けたまま動けなかった。
あの皐月さんが、あの天上天下唯我独尊、自分が悪いと思っても自分に非があっても逆ギレる皐月さんが謝った!?
一体何があったんだ……
ま、いいか。いつ皐月さんの機嫌が変わって乱舞を喰らうか分からないし、そろそろ起きてもバチは当たらないだろう。ゆっくり顔を上げ、のっそり起き上がった。まだふらふらする頭を押さえながらベッド脇に備え付けてある窓を開けた。
「くぅーーー」
早朝特有の冷たい、しかしどこか心地よい風が吹き込んできた。やっぱり目を覚ますにはこれが一番だ。太陽の光と一緒に僕を優しく包み込んでくれる。
1、2分程そうして風に当たり、流石にこれ以上は風邪をひきそうなので窓に手をかける。
「……あれ?」
ガラスが割れてない……?
そこで初めて気付いた。部屋に散らばっていた破片も、何より昨日部屋に突貫してきた侵入者すらいなくなっていた。
一瞬、夢だったのかとも思う。しかし、いまだ全身に残る痛みがあれが幻ではなかったと訴えていた。
いくら考えようと答えは出なかった。
正直それどころではなくなってたりする。
「今日は早いのね。おはよう、兄さん」
「………………」
「あら、返事はどうしたの? 兄さんが朝は挨拶が大切って言ったのよ? さあ、リピートアフターミー。おはよう」
「………………おはよう」
流れるような黒い長髪。切れ長の美しい瞳はいかにも聡明そうな印象を与える。目の前で微笑む少女は七原瑞衣、僕の妹であり、同い年であり、世間一般にいう年子という奴である。にっこりと完璧なスマイルを見せる整った顔には、年頃の女の子らしく薄い化粧が載っていた。アイロンと糊付けがピシッとされた制服に身を包んだ彼女は右手にナイフ、左手にフォークを持って肉を切ろうとしたまま動かない。おそらくは僕が言うのを待っているのだろう。軽くリビングを見渡すが、何故か僕と瑞衣の二人しかいない。文にすればどこにでもある朝の一コマ。そう、あくまで文にすれば。
「……ねえ、瑞衣」
「何かしら?」
「とりあえず喉元に突き付けてる凶器を除けてくれないかな。いつからわが家はハンニバル(人喰い)状態になったんだい? お兄ちゃん、まだ朝食になりたくないんだけど」
「はっはっは。何ほざいてるのかしらこの馬鹿兄貴は。皐月さんから聞いたわよ? 小さな子供を手籠にして調教しようとしていた最低男が兄な訳ありません」
「……誤解だよ?」
なるほど、だからごめん、な訳だ。というか皐月さん何吹き込んだんだ。
「黙れ鬼畜」
「うわ、酷っ」
「酷くなんてないわよ畜生風情が」
「人間失格ですか」
「生物失格よ。さあ、兄さん。せめて私がかろうじてあなたを兄と思ったまま死んで頂戴」
「そんな歪んだ愛情は断じていらない。だいたいどこに実の妹に殺される兄がいるのさ」
「今ここに」
「え? どこに?」
「…………」チャキ。瑞衣の目が据わる。
「え? ちょ、待って。からかい過ぎたなら謝るよ」
「いえ結構よ。すぐにそんなこと出来なくなるもの」
「……瑞衣さん、もしかして本気ですか?」
「はっはっは。本来なら自害させたいところだけど、どうせ死ぬなら私の手にかかった方が本望でしょう? 覚悟なんて要らないわ、すぐ大好きな眠りに就かせてあげる」
あ、やばい。本気だ。本気と書いてマジだ。
血管浮かび上がる程強く握られた肉を切り裂く道具が妖しく光る。軽く血走った目は小鳥くらいなら落とせるんじゃないかと思うくらいのプレッシャーが発せられていた。せっかくの美人が台なし・・・・・・とは言わない。誰だって火にニトログリセリンを投げ込むのはごめんしたいだろう。
しかしどうしろと言うんだ? このままだんまりを決め込めば、間違いなく喉笛をかっ裂かれるし、謝ることは僕がいわれの無い罪を認めることに相成らない。どちらにしろ惨殺決定じゃないか。
「……言い訳どころか懺悔すら無い、とはね」
え、もしかして今の沈黙は弁解時間だったのか。
「さよなら兄さん。大丈夫、兄さんのことはちゃんと覚えておいてあげる。−−三日くらいなら」
「ちょ、それ短−−」
手が動いたとかろうじて判断出来たが、それを止めることなど出来るはずもなく、銀の軌跡が煌めいた。
……死んだな、僕。
「おーい、お取りこみ中悪いんだけどトイレってどこ? 広くってさー、この家」
「…………」
「…………」
「ポイズ〇クッキングが出来るメイドさんもいつの間にかいなくなってて、もーどうしたらいいか」
「…………」
「…………」」
「出来るなら連れてって欲しいかも……って聞いてる?」
「…………」
「…………分かったわ」
本当にゆっくりと、かなり未練たらたらに刃先が離れた。
……ほんの少しだけど、切っ先が赤く染まってるのは、うん、気のせいだろう、多分。だから、首を流れてるのは冷や汗に違いない。見ないけど。
「兄さん、この子にお礼はないの? 命の恩人だってのに」
張本人の瑞衣が言うのも何だがそれはそうだ、僕を救ってくれたってのにお礼も無しなんてあんまりだ。
僕は声の主に向き直った。
ありがとう、助かったよ。
「ありがとう、助か−−」
「いやいや流血沙汰はゴメンだからね。それに僕にもピンチだから調度いいのさ!」
「…………」
子供っぽい元気のいい声。見た目の幼さとあいまってそれがとても可愛いらしい。無駄なまでにフリフリのついたドレスのような服もまた似合っていた。
「やっぱり平和が1番だと僕は思うね! ……あれ、どうしたのそんなマンボウみたいな顔して」
「……マンボウなら捌いてもいいかしら」
普段の僕なら君はマンボウを見たことがあるのか、とかせっかく命拾いしたんだからもう止めてくれ鬼か君はとか言ったんだろう。けど、今回ばかりはそうは行かなかった。
だって−−
「昨日のこと気にしてるの? なら別にいいって! 気にしてないよ!」
昨日僕の部屋に特攻してきた、爺の遺品を奪った侵入者が目の前で笑っていたんだから。
=アトガキガワリ=
「更新遅っ!」
「月砂さんじゃないけど、まあまあ落ち着いて。作者にも色々あったんだよ」
「だからってこれは無いでしょこれは。一ヶ月だよ一ヶ月! 作者が崇拝してる某作者さんなんてこれだけあれば三つは書けるよ!?」
「うーん、まあそうなんだけどさ」
「でしょ! これはあんまりだよ!」
「でもさ。あの人にも色々事情があったんだよ」
「だから何! その事情ってのは!」
「追試があったんだって」
「…………あー。自虐好きだねこの人」
「まあ、それはともかく。やっと投稿しました第六話。いかがでしたでしょうか」
「今回は色々あったねー」
「まあ今回『も』だけどね。僕なんて食べられそうになったよ」
「そこを僕が颯爽と助けたんだよね!」
「自分のトイレ事情が主だったくせに」
「う、うるさいなー! ……そういえばさ。僕が止めなかったらどうなってたと思う?」
「うん? そりゃもう、こう喉をバッサリ」
「……」
「バッサリ」
「……話し変えよ?」
「そうだね」
間
「今回は新キャラが多めだね」
「僕の妹もそうだし、さっき言った月砂さんもだね。新キャラ続出って感じ」
「このまま行くと十人、二十人と出てきそうじゃないかな?」
「作者も気をつけてるみたいだし、そこは大丈夫だよ。多分」
「その多分が不安なのに……」
「ちゃんと君の活躍もあるらしいしさ。あんまり心配しなくていいって」
「……まあ信じてるよ」
「と。いうところでそろそろお開きかな?」
「ええっ!? まだ語りたいことあったのに!?」
「次があるよ、きっと。次は皐月さんをこの座談会に招くらしいし、きっと続くさ」
「うう、そうだといいなー。そうだといいなー」
(大きく手を振って)「さあ、それではまた今度。次はもっと早く会えることを祈って」
幕