五話目 出会い
冥土皐月。職業、専用の仕事着を着た女性のお手伝いさん
(管理面担当)。俗に言うメイド。普段着もメイド服。名前を並び替えると秋葉
原にある某喫茶店の一般名称になる。けど料理センスは壊滅的。年齢不詳、性別
は女。絶世の美女。腰まで伸ばした黒髪が綺麗。双子である月砂さんが僕の家で
働いているが、見分けがつきにくい。性格は凶暴かつ狂暴。口よりも先に手が出
る、というより口なんていいからとりあえず殴るタイプ。キレるとホルスターか
ら、肉切り包丁を取り出して切り掛かってくる(はたから見るとかなり危ない)
。でもなにげにふかふかした可愛いものと甘いものが大好き。今のお気に入りは
子猫とモンブラン。趣味はぬいぐるみ(トラネコ)に話しかけるこ
と(はたから見るとかなり危ない)。
「やっぱ変な人だよな・・・・・・」
目を覚ませばベッドの上。意識を取り戻してからの第一声は痛みを訴えるでも
なく、後悔している訳でもなく、単なる感想を呟いただけだった。
−一応この辺にありそうなんだけどなぁ・・・・・・無いや
−ほんとに正確なのかな、あの情報。ガセだったら嫌だな
−どうしよっかな・・・ま、いいや。もうちょい探してみよう
「さて、どうしたもんか・・・・・・」
気付いた時にはベッドで倒れていたということは、多分月砂さんが運んでくれ
たんだろう。皐月さんは間違いなく放置しただろうし、瑞衣が運んでくれたとは
到底思えない。体力的にも性格的にも。
となるとやはり月砂さんか。ありがとう月砂さん、僕の知る限りこの家で一番
の常識人なだけはある。
とはいえいつまでも感謝ばかりしてられない。おそらく皐月さんの怒りを解く
アフターサービスまではしてくれてないはずだ。あの人は傍観者だからな。遠く
から騒ぎを見ていることが何より好きな人だ。つまり、何か手を打たないと惨劇
のリプレイは免れない。
「いっそ素直に謝るか・・・・・・」
いや、それはマズい。
そんなことをしようものなら・・・・・・
『すいません、怒られるのが怖くて賄賂買ってきてました』
『何ィ! テメエ、こんな時間に帰ってきたうえ机に穴開けやがったのか!?』
『うぅ・・・すいませ』
『もういっぺん死んできやがれぇぇぇ!』
『ぎゃあーーーーーー!!』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
没だな。わざわざ死にに行くようなものだ。
ならさてどうするか。多分平謝りしても同じ結果に終わるだろうし、かといっ
て謝らないともっと酷い目にあうことは目に見えてるし・・・・・・
「・・・・・・そうだ、賄賂だ」
さっき自分でも考えたじゃないか、そうだそれだよ何で気付かなかったんだ何
のために買い物に行ったと思ってるんだ。
甘い物は別腹どころか別次元な皐月さんならきっとケーキを渡せば機嫌を直し
てくれるはずだ。
きっと口では憎まれ口を叩きながらも、ケーキの魔力に勝てずに仲直りしてく
れるだろう。
そうと決まれば善は急げだ。僕は勢いよく立ち上がるとドアを開け、階下へと
降りて行った。
ボコボコにされました。
「甘かった・・・・・・か」
まさか見つけたら問答無用で襲い掛かってくるとは・・・・・・誤算だった。
いやしかしあれでこその冥土皐月なのかもしれない。ああまでまっすぐと自分
の感情を表現出来るのはいいことなんだろう。多分。
「それにしても本当に弱ったな・・・」
皐月さん渾身の右ストレートが直撃した頬をさすりながら僕は呟いた。結局ケ
ーキが置いてあるとおぼしい玄関までたどり着くことが出来なかった。あの怒り
ようじゃあ仲直りどころか明日もサバイバル状態は必至だ。流石にそんなのは御
免である。けれどいい解決策が思いつかないのも事実なのだ。
現実逃避が必要な時だってある。僕はベッドに死人の如く倒れこんだ。真っ白
な天井に小さな灯が輝いている。壁に沿うように視線を動かすと、黒い窓に真っ
白な宝石が輝いていた。切り取られた一枚の写真のような、闇に輝く一個の満月
。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「元はといえばあれのせいで・・・・・・」
さらにゆっくりと視線を落とすと、そもそもの元凶である黒箱がひっくり返っ
ていた。多分部屋に逃げ込んだときに蹴り飛ばしたんだと思う。
そう、元はといえばこれのせいなんだ。僕が命の危機に立たされているのも、
机に穴が空いたのも、全部こいつのせい。
今、僕は何をすればいいのか分からない。何をどうすればいいか分からないが
、今自分がどうしたいのかはよく分かった。
僕は放置プレイ中の箱に歩み寄ると、おもむろにそれを掴み上げた。具体的に
どうするかは考えてなかったが、(というより考えられる頭じゃなかった。エキ
サイトしすぎている)とりあえず掴み上げた。
爺の形見だろうがしったことか、こんなもん投げ捨ててやる。
明日拾いに行くことが分かっていても、自分の感情を抑えることが出来なかっ
た。僕は閉まっている窓に向き直ると、大リーガーさながら大きく振りかぶって
−−
「見つけたーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ガシャーン!
「んなっ!」
僕がガラスを砕く前に、外側からガラスが爆砕された。何か声が聞こえたとい
うことは誰かが突っ込んで来たのだろうか。破片が粉雪のように煌めきながら降
ってきたが、眺めている余裕はなく、慌てて箱を抱き込み身を伏せた。呑気に見
てたら死んでしまう。
幸いにも硝子の雨は僕を避けてくれたようで、ハリネズミ状態は回避できた。
恐る恐る顔を上げると、部屋の中にはやはりというか、謎の侵入者がいた。
「あったよー。あーよかった」
腕に隠れて見えないが、様子から察するに捜していた物が見つかってホッとし
ているらしい。にしても何を見つけたんだ。
「うるさいなー、やっと見つけた喜びに浸ってるんだから邪魔しないで」
というかこいつはどうやってこの家に潜り込んだんだろうか。ここの忌ま忌ま
しい防犯システムは洒落抜きで鼠一匹入る隙間も、出る隙間も無いというのに。
「ああ、別にたいした・・・・・・ってあーーー! 〈マスター〉がもう決まっ
てるーーー!」
ころころ顔が変わる奴だ。一瞬前に安堵していたと思ったら次には驚愕に色づ
けられている。
どうやらこの不法侵入者は僕のことなど完全に眼中に無いらしい。もはや僕に
はこの犯罪者の特徴を覚えるくらいしか出来ることが無かった。腰を越えて床に
付きそうなくらい長い赤茶色の髪、磁器のような真っ白な肌に海を思わせる青い
瞳。かなり中性的な顔立ちをしていて少女にも少年にも見える。一般平均よりか
なり下の妹と変わらない程度の体駆に、かなりGOTHの入ったドレスローブを
着ていて人形のような印象を受けた。・・・・・・まあ、逃げることなど出来な
いだろうけど。なんせあの二人がいるのだから。
「さてはあんただね? なんてことしてくれるのさ、これじゃ持って帰れないじ
ゃん!」
「・・・・・・君ね、いいかげんに−−」
してくれと言おうとして。
思考が止まる。
待て、今こいつは何て言った? 『持って帰れない』? こいつは何を持って
行こうというんだ。こんな何もない部屋から持っていけるものなんて一つしかな
い。
そこで初めて気がついた。いつの間にか、僕は手ぶらだ。そして侵入者の手に
は真っ黒な長方形の物体が握られている。しかしそれは一つではなく両手に握ら
れていた。双方で大きさは違い、右手に見えるほうが大きかった。そう、まるで
箱と蓋のような−−−
「返せ」
「へ?」
「返せ!!」
声を発するよりも早く。 僕は侵入者に飛び掛かっていた。散らばった破片で
足を切ったが、そんなことたいした問題じゃない。重要なのはいかにしてこいつ
から箱を取り戻すか。ただそれだけ。その小さな肩を掴むとベッドに向かって投
げ飛ばした。
「うわぁ!!」
直後、同じように僕もベッドへ跳び、侵入者の上へ馬乗りに跨がる。侵入者は
この期に及んでまだ箱を放さない。そのことがオーバーヒートに拍車をかけた。
ドレスの襟をに掴み上げるだけで華奢な体は簡単に持ち上がる。力任せにマッ
トに叩き付け、また持ち上げる。何度も何度も何度も何度も、繰り返す。
侵入者は声も出ない。しかし、それでも箱を離そうとはしなかった。
視界がゆっくり狭まっていく。もはや僕に正常な判断など不可能だ。おそらく
相当頭に血が登っていることだろう。
駄目だ、落ち着け。自制心が破壊衝動に塗り替えられていく。もうあんなこと
はしないと誓っただろう。僕はもう子供じゃない。落ち着け。箱を奪い返せれば
それでいいんだ。たかが箱だ、なんなら諦めてもいい。だから落ち着け。落ち着
いて箱を奪い返せ。ただそれだけ。何てシンプル。他にしようがない。だから落
ち着け。それ以上のことをするな。
駄目だ
僕はもう一度叩きつけようとして−−−
「何してんだ?」
時が凍り付いた。
・・・・・・さて、改めて確認してみよう。割れたガラス。カケラが散らばっ
たままの床。ベッドの上には二人の人間。ベッドはよれよれになっている。一人
は部屋の主。もう一人は知らない子供。子供は主に組み伏せられている。子供は
かなり可愛い。
問1、この状況を短気な乱暴メイドが見たらどうなるでしょう。
答え、問答無用で殴り飛ばす。大正解。
「何やってんだテメエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー!!!」
「ギャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー!!!」
〜アトガキガワリ〜
「やったよ! 苦情が来なかった!!」
「普通は来ないものだけどね」
「遅れに遅れておおよそ二週間! 五話目、ようやくお披露目です!!」
「長々とお待たせしてすいませんでした」
「誰も待ってないだろうけどねっ!」
「うるさい。にしても……何でこんなに遅れたんだろうね。確か一週間ぐらいで書き終えてた気がするんだが」
「あー……大自然の神秘?」
「適当にごまかすな」
「書きたいことが増えたとか」
「作者は亀のじいさんですか?」
「ど忘れしてたんじゃ」
「実際あったらやばいことを言うな」
「パケット代がやばかったんだって」
「リアル過ぎて隠してたことを言うか? ……作者泣いてるぞ」
「いいよ、作者だから」
「そういや君の口調変わったね。だネ、とかだヨとか言ってたのに」
「あれはあまりに狙いすぎだろ、って知り合いから批判がきて止めたんだ」
「……まあ、いいや。そろそろ時間だし、今日はこの辺で」
「うん、そうだね。それでは! またいつか!!」
「いつか、ってところがリアルだね」
〜幕〜