第19話:デスマーチの覚悟と、氷の咆哮
「天界の深奥へ直ちに出張します。現場に残された大魔力炉の物理ログを解析し、魔力ラインを手動で繋ぎ直す以外に、この世界規模のフリーズ(暗黒)をデバッグする方法はありません」
吹き荒れる黒い寒波によって宮殿の窓ガラスがガタガタと悲名(悲鳴)を上げる中、私は一体型巨大デスクの前に広げた図面を指先で強く叩いた。
「正気か、ヒラリー!」
その瞬間、空間そのものが引き裂かれるかのような、凄まじい氷の魔圧が室内に吹き荒れた。
アルカイド陛下が私の両肩をガシリと掴み、サファイアブルーの瞳にかつてないほどの驚愕と、自分でも制御しきれない激しい動揺をギラギラと濁らせて絶叫したのだ。
「あそこは今や、狂乱した最高監査官の暴走魔力が渦巻く、神々でさえ近寄れぬ絶対零度の死地だ! 無魔力のお前の身体など、足を踏み入れた瞬間に細胞ごと凍結して砕け散る! 行かせるわけがないだろう!」
「ですが陛下、このまま供給(魔力)が完全にストップすれば、数日中どころか数時間以内にこの国の防衛システムは全停止し、領民も軍も全員が凍死します!」
「そんなものは知ったことか!!」
絶対零度と言われた世界最強の皇帝が、国家のトップとしての理性を完全にかなぐり捨て、剥き出しの咆哮を上げた。
宮殿の壁に幾何学的な氷の亀裂が走り、彼の放つ魔力が部屋中の空気を圧殺せんばかりに吹き荒れる。
「世界が滅びようが、我が冥府の国が氷河期に沈もうが関係ない! 私にとっては、お前が少しでも擦り減る恐怖、お前という至宝を永遠に失う絶望に比べれば、世界のスケジュールなどゴミクズ同然だ! お前をそんな死地へ送り出すくらいなら……今すぐ私の力でお前を氷の中に閉じ込め、世界の終わりから私だけのものとして隠し通してやる!」
それは、ビジネスとしての投資でもなければ、ただの照れ隠しでもない。
私という存在を失うことを本能的に恐れ、狂いそうになっている一人の男の、狂気的なまでの愛の依存(降伏)だった。
前世のブラック企業で、数々のシステム大炎上を一人で押し付けられて倒れた夜。
どれほど過酷な現場ですり減っても、私を個人として案じてくれる者などおらず、ただ都合のいい機能として冷たく消費されるだけだった。
なのにこの世界で最強の男は、「お前の命の方が大切だ」と叫び、世界を敵に回してでも私という存在を丸ごと守り抜こうと理性を狂わせている。
だからこそ、私の胸の奥は、これ以上ないほど最高の幸福感と、彼への愛おしさで満たされていく。
私は逃げない。この最強の男に愛されるにふさわしい、最高のパートナーとして立つために。
「陛下」
私は陛下の逞しい漆黒の軍服の胸元に両手をそっと当て、彼のサファイアブルーの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「私はもう、理入(理不尽)なエラー(無茶振り)にただ耐えるだけの、替えの利く歯車ではありません。私はあなたの未来の正妃であり、この世界の理を最適化する唯一無二のデバッガーです。……どうか私を信じて、世界の最奥まで私をエスコートしてください」
「ヒラリー……」
アルカイド陛下は息を呑み、サファイアブルーの瞳に狂おしいほどの愛おしさと、私という存在への深い畏敬の念を滲ませた。
彼は私の左手を取り、薬指の指輪を引き寄せるようにして、そこに額を押し当てて深く深く頭を下げた。
世界最強の王が、私だけの騎士として完全に忠誠(降伏)を誓った瞬間だった。
「……あぁ、分かった。お前がその気高い知性で世界をデバッグすると言うなら、私はお前のためだけの『専用サーバー(予備電源)』として、この命のすべての出力を捧げよう。神の天災すら、お前の指先一つに触れさせぬ防壁(盾)となってやる」
「ふふ、世界一頑強なセキュリティシステムですね。では陛下、私たちの共同プロジェクト(世界の復旧)、開始いたしましょう」
私が微笑んで彼の銀色の髪にそっと触れると、アルカイド陛下は満足そうに目を細め、私を二度と離さない強さでその温かい腕の中に深く抱きしめ直した。
国中が暗黒のフリーズに包める(包まれる)中、私と陛下は互いの命の魔力を固くリンクさせ、世界の心臓部を強制起動させるため、凍てつく天界の深奥へと繋がる禁忌の扉を開け放つのだった――。
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