第8話:深夜の過保護と、理性の限界突破
「……よし、これでよし」
深夜0時42分。宮殿の自室で、私はふぅと小さく息を吐いた。
手元にあるのは、神々がバカンスから持ち帰った巨大狼マクロのエネルギー放出データと、領地防衛の魔導回路をリンクさせた新しい運用シフト表だ。
神々が有給休暇から戻ってきたことで、魔導インフラの稼働が再開されたが、それに伴う細かな数値のズレ(エラー)が発生していた。放っておいても世界の危機にはならない小規模なものだが、前世の営業事務としての几帳面な習性が、どうしてもこれを放置することを許さなかったのだ。
(前世で言うところの、自主的な残業(タスク処理)ね。これくらい片付けておけば、明日のみんなの業務が劇的に楽になるわ)
ペンを置き、凝り固まった肩を回そうと立ち上がった、その時だった。
ドンッ!と、静まり返った部屋のドアが激しい音を立てて開いた。
「ひゃいっ!? ――へ、陛下!?」
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、深夜だというのに漆黒の軍服のままのアルカイド陛下だった。
銀色の髪は少し乱れ、サファイアブルーの瞳は、普段の氷のような冷徹さからは想像もつかないほど激しい感情でギラギラと濁っている。近づくだけで周囲の空気が凍りつくような圧倒的な魔圧が、部屋中に満ちていた。
「陛下、こんな夜更けにどうされたのですか? 侵入者の警報でも――」
「黙れ、ヒラリー」
アルカイド陛下は地を這うような低い声で私の言葉を遮ると、大股で私に近づき、私のデスクの上に広げられた書類を一瞥した。彼の瞳の奥の怒りの色が、さらに深く跳ね上がる。
「やはり、まだ働いていたか。私の目が届かない場所で、夜通し灯りを消さずにいるのを外から見ていた」
「あ、あの、これは明日の業務の効率化のための自主的な作業でして……」
「自主的だと? 誰が深夜の業務を許可した」
アルカイド陛下は私の両肩をガシリと掴んだ。その手は微かに震えている。
「お前はまたそうやって、誰も見ていない裏方で、自分の身を削って他人のために泥を被るつもりか? あの無能な国でやられていた奴隷のような働き方を、なぜこの国でも繰り返す! お前は、あんな無能どもに都合よく消費されていい女ではないのだ……!」
「陛下……」
彼のサファイアブルーの瞳から、一筋の熱い感情が漏れ出していた。
それは、ビジネスとしての『有能な駒への投資』という言い訳が完全に崩壊し、私という存在を失うことを本能的に恐れている、男の剥き出しの執着だった。
「もう理屈の言い訳は終わりだ。……私は不愉快でたまらないのだ。お前が私以外の何かのために、その貴重な夜の時間を費やしていることが」
「あっ……!」
抵抗する間もなかった。アルカイド陛下は私の体を軽々と横抱きにすると、そのまま部屋の大きなベッドへと私を運び、私を抱きしめたまま自らもベッドへと倒れ込んだ。
「へ、陛下!? 近いです! なぜ陛下までベッドに――」
「お前を一人にすれば、私が部屋を出た瞬間にまたペンを持つだろう。だから私がここで監視する」
そう冷たく言い張りながらも、彼の大きな両腕は、私を二度と離さないと言わんばかりに強固な結界のように私を包み込んでいた。彼の胸の鼓動が、私の背中にドクドクと速いテンポで伝わってくる。
「寝ろ、ヒラリー。お前が眠るまで、私はここを動かない」
彼の銀色の髪が私の首元に触れ、心地よい冷気と、それ以上の圧倒的な熱が私を包み込む。
前世で夜遅くまで残業して倒れても、誰も助けてくれなかった。誰も怒ってくれなかった。
なのに、この世界で最強の男は、私のわずかな夜更かしに理性を狂わせ、世界が滅びてもいいとまで言って私を強制的に守ろうとしている。
(……本当に、勝てないわね、この過保護には)
抗えないほどの安心感と、彼の重すぎる独占欲の甘さに身を委ねながら、私はゆっくりと深い眠りへと落ちていったのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
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毎日定時で最新話をデプロイ(更新)していきますので、明日もまた、この過保護でホワイトな執務室でお会いしましょう!(ビジネススマイル)




