いつもわたくしのせいだと。いつも人のせいにする貴方なんて、もう必要ありません。婚約破棄して差し上げます。
「お前のせいで、私が恥をかいたんだ。謝れ。私に謝れ。地に頭をつけて謝るがいい」
マリーア・テレス伯爵令嬢は、床に頭をすりつけて謝る。
「ベイド様。申し訳ございません。わたくしが至らなかったせいで」
「これで謝っているつもりか?ん?」
ベイド・グテル公爵令息はでっぷりと太っている顔を醜く歪めて、マリーアを睨みつけた。
マリーアは我慢するしかない。
グテル公爵家は派閥の長の公爵家。逆らえないのだ。
テレス伯爵家のマリーアは17歳。平凡な顔立ちの茶髪碧眼の令嬢だ。
ベイド・グテル公爵令息は18歳。
あまりにも横暴で出来が悪くて、その上、甘やかされて育ったので太っていた。
グテル公爵にとって、それでも可愛い可愛い息子である。
派閥の一員であるテレス伯爵家に押し付けたのだ。
婿として貰ってくれないかと。
半ば命令だ。
テレス伯爵は断る事も出来ずに、ベイドはマリーアの婚約者に決定してしまった。
一年前の事である。
ベイドは横暴で、威張りくさっていた。
そして、何でも何かあれば、マリーアが悪いと、マリーアのせいにするのだ。
今日も王宮の夜会で、ベイドはマリーアと共に出席していた。
食べ物に目がないベイドは、テーブルに用意された軽食を食べる食べる。
あまりの食べっぷりに、他の令嬢達が馬鹿にしたように笑ってきた。
対抗派閥の公爵令嬢が馬鹿にしたように、
「本当に、まるで豚のような食べっぷりね」
取り巻き達の令嬢も、
「みっともないですわ」
「目に入れたくもないですわ」
と悪口をベイドに聞こえるように言う。
だから、ベイドは八つ当たりをマリーアにした。
マリーアはベイドの為に、皿を手に持ち、料理を取り分けて、手渡していたのである。
令嬢達に面と向かって言い返すなんて事はしない。
横暴だが、対抗派閥の公爵令嬢に喧嘩を売る気概もないのだ。
だからマリーアに八つ当たりをした。
「お前が悪い。お前が傍にいながら、私が馬鹿にされた。お前のせいだ。マリーア。謝れ。床に頭をすりつけて謝れ」
「申し訳ございません。わたくしが至らなかったせいで」
マリーアは懸命に謝る。
その光景を見た他の貴族達は、
「また、グテル公爵令息が、婚約者の令嬢を虐めているぞ」
「本当に、みっともない」
グテル公爵家の派閥の貴族達は、ただただ、遠巻きに見ているだけで何も言わない。
マリーアは頭をベイドに踏まれた。
ともかく謝り続けた。
「申し訳ございません。わたくしが悪いのです。本当に申し訳ございません」
泣きたかった。
毎回、そうだ。夜会に来て、ベイドが食べる料理を取り分けて、渡して。
何かあれば八つ当たりされ、マリーアが床に頭を擦り付けて謝らないとベイドの気がすまない。
後、一年でベイドと結婚しなければならない。
ベイドがテレス伯爵家に婿入りしてくるのだ。
地獄である。
両親はマリーアに何度も頭を下げた。
「グテル公爵家の機嫌を損ねる訳にはいかない」
「そうよ。マリーア。耐えて頂戴」
ベイドが伯爵といずれなっても、伯爵家を保つための経営をやっていけるはずがない。
壊滅的に愚かな男なのだ。
だから、マリーアは伯爵家の為に懸命に勉強をしていた。
妹ジュリアがいるが歳は10歳。まだまだ幼い。
伯爵家を将来潰さない為に。自分が全て背負う覚悟で勉強しなくてはならない。
どうしてなんで???
幼い頃は夢を見ていた。
貴族の令嬢として生まれたけれども、素敵な人と結婚して。可愛い子供達に恵まれて。
でも、今は地獄だ。これからはもっと地獄だ。
ベイドは何でもマリーアが悪いと、マリーアのせいにする。
テレス伯爵家にやってきたベイド。
お茶の時間に出された菓子が好みにあわなかったりしただけで、
「マリーアが悪い。なんで私の好みを把握しておかないんだ。クッキーにナッツが入っているじゃないか。私はナッツは嫌いだ。だから、お前が悪い。もっと私の好みを把握しておけ」
そう言って、マリーアが床に頭を擦り付けて謝っても、罵倒するのだ。
「お前が悪い。お前が愚かだから私が疲れる」
マリーアは泣きながら謝った。必死に謝った。
床に頭を擦り付けてその時も謝った。
そして、疲れ果ててしまった。
誰も助けてくれない。誰も誰も誰も。
マリーアには歳の離れた妹、ジュリアがいた。
まだ10歳のジュリアはマリーアがいつも暗い顔をして泣いているのを知っていた。
両親もいつもため息をついて、暗い顔をしていて。
大好きな両親、大好きな姉のマリーア。
ジュリアはその元凶がグテル公爵家であり、その息子ベイドであることを知っている。
ベイドはテレス伯爵家にも来て、やりたい放題をやっているのだから。
護衛騎士に頼んで、ギルドに連れていって貰った。
受付嬢のいるカウンターに一人で行って、
「依頼を出したいのです。お姉様を助けるのにいくらかかります?」
必死に聞いてみた。
自由になるお金なんてまだ幼いからない。
両親から誕生日プレゼントで貰った首飾りや、お人形。リボン、色々と箱につめて持って来た。馬車に積んである。
これらを手放してでも、なんとしてもマリーアを助けたかった。
だから、あのベイドという男をやっつけてくれる依頼を、ギルドにしようと思ったのだ。
受付嬢がカウンターから出て来て、
「貴族のお嬢さんかしら?ここは子供が来るところではないわ。お帰り下さい」
「お姉様を助けたいの。悪い男が婚約者でいつも泣いているの。お父様お母様も苦しんでいるの。私の宝物全部あげる。あげるから、依頼を受けてくれる人を探してっ」
背後から、声をかけられた。
「女性を泣かせる美男の屑は許せない。俺が話を聞いてやろうか?」
金髪を肩まで垂らした碧眼の男性。冒険者?いえ、なんか皮鎧を着てブーツを履いている。
とても綺麗な男の人でドキドキした。
「あの、わたくし、ジュリアと申しますっ。お姉様を泣かせているのは、豚のような男の人です」
「ぶ、豚???それならパスっ。美男の屑しか用がないんだ」
「そんな事は言わないで下さいっ。わたくしの宝物あげますから」
「宝物?」
「お父様お母様から貰った人形や、リボン、首飾り。腕輪もあるわ。みんな綺麗よ。わたくしの宝物あげるから。お願いだから、どうかっ」
「護衛と一緒だろう?まさかひとり?」
「護衛はお外にいるわ。わたくしが外で待っているようにって言ったの。お願いだから屑の美男じゃない豚さんをっ」
「だから豚さんには興味はっ」
そこへ、金髪美男の仲間らしき連中がやって来た。
「アラフ。何やっているんだ?魔狼の群れの駆除の仕事だ」
そう言ってきたのは大男のゴルディル。
触手を持つ好青年マルクが、
「だからさ。急いで支度をしないと」
普通の容姿の男性エダルが、
「って、その子供はなんだ?」
金髪美男アラフが、
「いや、豚の駆除を頼まれてさ」
ゴルディルが、
「豚の駆除?困っているならやってやればいいんじゃないか?片手間仕事なら」
「人間の豚だよ。美男の屑じゃないみたいだ」
マルクがため息をついて、
「豚はちょっとな」
エダルも肩を竦めて、
「俺もパスっ」
ゴルディルが大きな手で、ジュリアの頭を撫でて、
「俺が受けてやる。どんな豚だ?困っているんだろう?」
ジュリアは頷いて、
「お姉様がいつも、頭を下げて泣かされています。豚に。その豚を駆除して欲しいの。報酬はわたくしの宝物をあげるわ。首飾りとか色々持って来たの」
ゴルディルはガハハと笑って、
「貰う訳にはいかねぇよ。お嬢ちゃんが来たって事はここから近いんだろう。俺が受けてやる」
大男ゴルディルが受けると言ったので、
アラフも頷いて、
「仕方ねぇな。ヴォルフレッド辺境騎士団が特別サービスで請け負った。詳しい事を教えてくれ」
翌日、ベイドは行方不明になった。
あまりの酷い豚のような男だったので、誰も変…辺境騎士団がさらったと噂をしなかった。
変…辺境騎士団は美男の屑をさらって教育するという事で有名だったから。
マリーアは、ジュリアと一緒にとある屋敷の地下に連れていかれた。
辺境騎士団のアラフ達に。
ゴルディルが二人に向かって、
「ご依頼の豚の捕獲を完了した」
牢の中でベイドは叫んだ。
「私をこのような目に遭わせて、ただで済むと思っているのかっ?おい、マリーア。出せ。お前のせいで私はこうなった。出せっ。命令だ。今、出せば許してやる」
マリーアはジュリアから全てを聞いていた。
この男達がさらってくれたのだ。
自分は地獄から解放される。
このベイドさえいなくなったら。
だから言ってやった。
「いつもわたくしのせいだと。いつも人のせいにする貴方なんて、もう必要ありません。婚約破棄して差し上げます」
「なんだと?マリーア。謝れっ。ここから出せ。出してくれっーーー」
マリーアは男達に聞いてみた。
「ベイド様はどうなるのです?」
アラフは困ったように、
「このまま解放する訳にはいかないだろ?」
このまま解放したら、自分やテレス伯爵家はどうなるのか?
ジュリアが心配そうにこちらを見ている。
ジュリアが依頼して、彼らがさらってくれたのだ。
このままベイドを解放したら、とんでもないことになるだろう。
マリーアは、ベイドに向かって、
「さようなら。ベイド様。貴方がいけないのです。全て貴方がいけないから、このような目にあったのです。ですから、諦めて下さいませ。もう二度と会う事はないでしょう」
ベイドは床に頭を擦り付けながら、
「悪かった。謝る。ここから出たとしても、テレス伯爵家には何もしないっ。頼むから出してくれ」
ゴルディルがベイドに向かって、
「鉱山送りと、魔物が溢れる森へ放り出されるのとどちらがいい?」
「どちらも嫌だーーーー。家に帰せっーーー」
マリーアは身を屈めて、ジュリアに向かって、
「有難う。ジュリア。貴方のお陰でわたくしは自由になれたわ」
「お姉様。ゴルディル様が依頼を受けてくれたから。他の方々も」
「皆様。有難うございました」
ゴルディルがガシガシと髪を掻きながら、
「どうって事はねぇ。こいつは鉱山にでも送っておく。二度と、目に触れる事はないだろう」
アラフも微笑んで、
「安心して暮らすといい」
マリーアはジュリアと共に深々と頭を下げた。
ベイドが行方不明になったので、新たな婚約者を両親は探して来た。
リギウス・パレド大公。
バツ一な彼から、申し込みがあったのだ。
だから、マリーアは驚いた。
「身分違いではありませんか?」
夜会で時々、顔を見かけた事がある。
妻といつも一緒だった。
リギウスは凄い美男で銀髪碧眼の30歳。
17歳のマリーアとは歳が離れている。
リギウスはテラスで紅茶を優雅な手つきで飲みながら、
「妻と離縁した。私も長い間、苦しんでいたんだ。妻はグテル公爵の妹にあたるフェリーヌ。
私より10歳年上で、苦労が多かった。グテル公爵が息子ベイドが行方不明になって、公爵位を長男のアイドに譲ったんだ。今、彼はベイドが行方不明になったショックで前グテル公爵として、病にかかり療養している。
前グテル公爵は私ですら、強かで頭が上がらなかった。だが、息子は愚鈍だ。だから、私は妻を離縁した。もう、怖い物もない。
互いに泣かされて来た同士。君が苦しんでいるのを見ていても何も出来なかった。
共に手を取り、幸せにならないか?」
そう言われた。
本当に怖いものなんてない?
息子の代になった。でも、まだグテル公爵家はあるのだ。
リギウスは、
「こちらのチョコレートケーキも美味しいよ。食べるといい」
ケーキを勧めながら、
「勿論、このままグテル公爵家を残しておくわけにはいかない。何か濡れ衣を着せて、潰してみせる。あの愚鈍な息子なら、どうとでも出来るはずだ」
この人が、婚約を申し込んできたのは、グテル公爵家に対する意趣返し。
相当、この人はグテル公爵家を恨んでいる。
それは、わたくしも同じ。
どれ程、苦しかったか。辛かったか。どれだけ耐え忍んだか。
リギウスから勧められたチョコレートケーキを一口食べ、
「わたくしも苦しみました。貴方の復讐を今度は見物させて頂きますわ」
後に、グテル公爵家は禁じられていた薬を、隣国から仕入れていたという事で、爵位を取り上げられて家は潰れた。
婚約者のリギウスはとても優しい。
何かマリーアが失敗しても、
「ああ、君のせいではないよ。こういう事はたまにあることだ。今度から、一緒に気をつけよう」
と言ってくれる。
ベイドはいつもマリーアのせいだと罵って来たのに。
幸せを感じた。
もうすぐ結婚する。
マリーアは家を出て、パレド大公夫人になる。
いずれ、ジュリアが婿を取って、テレス伯爵家を継ぐだろう。
ジュリアが聞いてくる。
「お姉様。幸せ?」
マリーアは可愛い妹ジュリアに、
「貴方と変…辺境騎士団のお陰で幸せよ。勿論、愛しいリギウス様と結婚出来る事も‥‥‥」
「良かった。幸せになってね。誰よりも幸せに」
ジュリアを抱き締めた。
もうすぐ、愛しいリギウスが迎えに来る。
ウエディングドレスの試着をしに行くのだ。
それを楽しみに幸せを感じながら、春めいた窓の外を眺めるマリーアであった。




