前編
こんな拙い作品を見てくれる全員に感謝いたします。
前編後編でのストーリーになります。
ゆるふわ設定です、、、
王都から少し離れた静かな森の縁に、その屋敷はひっそりと佇んでいる。
伯爵家の三女――レア・フェルミナは、今日も自室で原稿用紙とにらめっこしていた。
机の上には、山のように積まれた手書き原稿。
そしてその一番上には、彼女のペンネーム――**《ルナ=インク》**の名。
「……ふう。締め切り前に王都へ行って、少しネタ拾ってこよっかな」
レアの瞳はアレキサンドライト。
光の角度で青や紫に揺らぐ不思議なその色のせいで、
幼い頃から必要以上に注目を浴びてきた。
今ではその瞳を隠すようにフードを被り、
屋敷にこもって自由気ままに小説を書く生活を送っている。
家族はそんなレアを溺愛していた。
「好きに生きなさい」と笑う両親。
「新作まだ?」とせがむ兄たち。
だからレアは、ペンネームという仮面をつけて、
こっそり物語をこの世界に放つのだ。
月に一度だけ。
ネタ探しのために王都へ出る日――。
***
その日、王都の午後はいつもより賑やかだった。
レアは人混みに紛れ、フードを深く被ってゆっくりと歩く。
「さて、今日はどんな物語が拾えるかな……?」
その呟きが終わらぬうちに――
キィッ!!
甲高い車輪の悲鳴。
怒号。
ざわめく人々。
そして、視界の端で揺れる白い影。
「危ない!!」
レアは反射的に駆け出した。
馬車の車輪のすぐそばで、白い小さな猫がぐったりしている。
(え……こんなところで?)
そっと抱き上げると、小さな体は驚くほど熱かった。
かすかに震え、呼吸も浅い。
「大丈夫……? こんなに傷ついて……」
前足には擦り傷。
レアは咄嗟に、持っていたレースのハンカチを取り出し、そっと巻いてやった。
「よし、これで少しは痛くないはず」
その間じっとレアを見つめ続ける琥珀色の瞳。
怯えも、怒りもなく、ただまっすぐに。
その瞳――琥珀色が、どこか人間じみて揺れて見える。
「……綺麗な目をしてるね。可愛い子ね。」
レアが撫でると、白猫は小さく喉を鳴らした。
抱きしめていた腕をそっと緩めると、
白猫は静かに地面へ降りた。
「元気になってよかった。
じゃあ……また、どこかでね」
笑って手を振ると、白猫はじっとこちらを見つめたまま、その場に座り込んでいた。
レアが人混みに紛れて去っていく。
その後ろ姿を――
琥珀色の瞳が、吸い寄せられるように追っていた。
***
しばらく人の少ない路地から出た時、白猫は静かに尻尾を揺らし、真っ白な毛に光をまとい――。
人の姿へと変わっていく。
白銀のような髪。
冷ややかな横顔。
そして、あの琥珀色の瞳。
そこに立っていたのは、アルヴァンテ公爵家の令息――
シリル・アルヴァンテ。
「……こんなことが、あるのか」
胸に手を当てる。
驚くほど速く脈打っていた。
女嫌いと言われる彼が、人を見て心臓が跳ねたのは初めてだった。
アレキサンドライトのように色を変える少女の瞳。
優しく触れてくれた手。
無垢な「またね」。
(……知りたい)
喉の奥から、初めて芽生えた衝動がこぼれた。
「彼女のことを……もっと知りたい」
シリルは屋根の上へ軽く跳び、レアが帰っていった方向を見つめる。
代々変化魔法を受け継ぐアルヴァンテ家の令息。
その力は圧倒的で、情報収集は得意分野だ。
***
翌日――。
王都の公爵邸にて。
「……フェルミナ伯爵家三女、レア。
なるほど、引きこもりで……小説家。ペンネームは――《ルナ=インク》」
書類をまとめていた執事が、冷や汗をかく。
「坊ちゃま、まさか……!」
「決まっているだろう」
シリルは書類を閉じ、淡く微笑んだ。
「まずは、彼女に“僕”を知ってもらうための段取りだ」
「段取り……?」
「婚約の打診は父上の名前で。
出版社は静かに買収して、《ルナ=インク》担当は僕にする。
レア嬢が“外に出ずに済む方法”なら、いくらでも用意して差し上げられる」
執事は震える。
「……恋を?」
「恋というのかはまだ分からない」
シリルは胸に触れる。
昨日からずっと、あの温度が消えない。
「ただ……彼女でなければ、ダメなんだ」
琥珀の瞳が、微かに揺れた。
「彼女に拒まれないように、慎重に……丁寧に距離を縮める。
そのための“運命の出会い”を作る」
「は、はぁ……?」
その瞬間、シリルは完璧な「貴族の微笑」を浮かべる。
「さて、レア嬢。
次に会う時は――“あなたの編集者”としてだ」
***
フェルミナ伯爵家の玄関に、深い紺の外套を羽織った青年が立っていた。
「本日より、《ルナ=インク》先生の担当編集を務めさせていただきます。
シリル・レーンと申します」
本名の一部を変えた“編集者用の偽名”。
そう名乗ると、応対した執事は丁寧に頷いた。
「お待ちしておりました。レアお嬢様も準備を整えてございます」
シリルは静かに礼をしながら、内心では胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(……ついに会える)
つい先日、白猫として腕の中にいた少女。
その時よりずっと胸がざわめくのはなぜだろう。
***
二階のレアの書斎前まで案内されると、扉の向こうから紙が擦れる音が聞こえた。
「お嬢様、編集のシリル様がお越しです」
「は、はいっ! どうぞ……!」
少し慌てた、でも柔らかくて耳に残る声。
シリルは深呼吸を一つして、ドアを開けた。
***
書斎の中は紙とインクの香りで満ちていた。
窓際の机に向かっていたレアが、くるっとこちらへ振り返る。
アレキサンドライトの瞳が光を受け、青紫に揺れた。
(……綺麗すぎる)
昨日よりもはっきりと見える。
変化魔法ではなく、素の視界で捉えるその輝きは、危険なほど美しかった。
「あ、あの……! はじめまして。レア・フェルミナです。
よ、よろしくお願いいたします……!」
レアは緊張しながらも丁寧に頭を下げる。
シリルは胸の奥がぎゅっとなりながらも、編集者の声を作る。
「はじめまして、レア嬢。シリル・レーンと申します。
私のことはどうかシリルとお呼びください。
《ルナ=インク》先生の作品は、私も個人的に大好きでして。
担当を任されたこと、大変光栄に思っています」
「えっ……読んでくださってるんですか?」
「もちろんです」
嘘ではなかった。
昨晩、買収した出版社の倉庫から、全作品を夜通し読んだのだ。
「レア嬢の……いえ、先生の物語は、他にない温かさがある。
まるで、歩み寄ってくれるような優しさが」
「……っ」
レアは急に頬を染めて、視線を逸らした。
「そ、そんな……褒められ慣れてなくて……」
その反応が、シリルにはたまらなく愛しく映った。
***
「本日は、次回作の原稿をお預かりに参りました。
あと……可能でしたら作業環境の確認もさせていただきたく」
「えっ、作業環境ですか?」
「はい。先生が執筆しやすいように。
編集者として出来る限りのお手伝いを」
本当は、それが“彼女の生活に入り込む最初の糸口”だとも言えた。
レアの瞳がぱちぱちと瞬きをし、その後ふわりと笑った。
「……なんか、優しい編集さんなんですね。ちょっと安心しました」
(優しい……か)
胸に小さな熱が宿る。
「先生のお役に立てるなら、どんなことでも」
目が合った時、レアは首をかしげた。
「なんだか……シリルさんの目はとても綺麗ですね。先日助けた猫ちゃんにそっくり……」
「……っ!?」
一瞬、シリルの喉が詰まった。
(ま、まずい……!)
だがレアは、慌てはじめる。
「すみません!急に猫ちゃんと一緒だなんて、失礼なことを言ってしまいました!」
「いえいえ。そう言っていただけるなら、光栄です」
なんとか声を整えながら、内心で心臓を押さえた。
(……この調子だと、猫の正体がバレる日も時間の問題かもしれない)
だが――
それも悪くない、とほんの少し思ってしまう自分もいた。
***
「えっと……こちらが今日お渡しする原稿です」
レアは机の上に積んでいた数十枚の手書き原稿を、両手でそっと抱えて差し出した。
「ありがとうございます。大切にお預かりします」
シリルは包みを受け取りながら、紙の端に見慣れたレースが覗いていることに気づいた。
(……あの時のハンカチと同じ模様だ)
胸がじん、と熱くなる。
猫として抱かれた時、優しく巻いてくれたあの手触りまで思い出してしまう。
「よかったら、その……立ったまま原稿チェックするのも疲れると思うので、お茶でもどうですか?」
レアが少し恥ずかしそうに言った。
「はじめての担当さんだから……ご挨拶程度で。
あ、もちろん無理にとは――」
「ぜひ、いただきたいです」
シリルは迷わず応じた。
この機会を逃がすわけにはいかなかった。
***
レアの書斎に、温かい香りが広がる。
メイドが静かに紅茶と焼き菓子を置いて退室し、部屋には二人だけ。
「このお茶……すごくいい匂いですね。ラベンダー?」
「はい。原稿書く時に落ち着くのでよく飲むんです」
「とてもレア嬢らしいですね。穏やかで……静かで」
「えっ……!」
レアは紅茶を持つ手を止め、照れたように俯いた。
「そ、そんな風に言われたこと、あんまりなくて……
注目されるのは苦手だけど、静かって褒められるのは……好きかも」
シリルの胸がきゅうと鳴る。
(どうしてこんなに……全部が可愛いんだ)
しかし顔には出さない。
公爵家の令息らしく、丁寧な微笑みだけを浮かべた。
「ルナ=インク先生の作品は、読み手に寄り添う優しさがある。
その理由が……今日で少し分かった気がします」
「わ、私……そんな立派な人じゃないですよ。
ただ、家族が大好きで……そのことが、物語に出てるのかもしれません」
「……素敵なことです」
レアはまた照れて、指先でカップをくるくる回す。
その何気ない仕草すら、美しくて。
***
「そういえば……新しい編集さんって、どうして急に交代したんですか?」
「っ……!」
シリルは一瞬だけ凍ったが、すぐに落ち着いた声で答えた。
「会社の方針変更だそうです。
《ルナ=インク》先生の作品は重要度が高いので、私が担当するようにと」
「じゅ、重要度……!」
レアは肩を跳ねさせた。
「そんな……私なんて新人みたいなものなのに……」
「世間はそう見ていませんよ。
先生の物語は、もう王都中で話題です」
「~~っ!」
耳まで真っ赤になるレア。
(可愛い……)
シリルは胸の内で悶えながら、絶対顔には出さない。
***
「……シリルさんは、怖くない人でよかったです」
「怖くない……?」
「うん……私、男の人にじっと見られたりすると、落ち着かなくて。
昔、目の色を珍しがられたりして……」
レアは自分の瞳に触れた。
「でも、シリルさんは……なんか安心する」
「…………」
その言葉は、シリルの心に深く刺さった。
(安心……僕で……?)
猫として腕の中にいた時と同じ。
拒まれていないどころか、受け入れてくれている。
「……そう言っていただけるなら、
僕はこれからも先生の味方でいたいと思います」
「え……?」
「執筆で困ったことがあれば、些細なことでも相談してください」
レアの瞳が、アメジストのように揺れた。
「……はいっ、よろしくお願いします」
その笑顔が、シリルを完全に虜にした。
***
お茶会はゆっくりと終わり、シリルは原稿を抱えて立ち上がる。
「本日はありがとうございました。
次回作……楽しみにしております」
「こちらこそ……あの、また来てくださいね」
レアはぽつりと呟く。
「編集さんとお茶するの、楽しかったから」
シリルの指がわずかに震えた。
(……レア嬢。あなたは本当に……)
「必ずまた伺います」
深く頭を下げると、レアの頬がふわっと赤くなる。
その姿を胸に刻みながら、シリルは静かに書斎を後にした。
読んでいただきありがとうございました!
後編もなるべく早く投稿するので(ストック無し)良かったら覗いていただけると喜びます泣




