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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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8/30

虚無の森

王都アルディア――。

白い塔の鐘が、黎明を告げていた。


冒険者ギルド本部の一室。

ラゼルは一枚の依頼書を懐にしまった。


黒の森・魔狼討伐依頼(ランクS)


王都南方、馬で十日の距離にある“黒の森”。

そこは“生きた樹海”と呼ばれ、長らく探索禁止区域とされていた。

しかし近年、森の内部で“魔狼”が出現し、

近隣の二つの集落が襲撃を受け壊滅。

ギルドは六組の討伐隊を派遣したが――全員消息を絶った。


「単独での潜行か? 正気か、ラゼル。」


ギルド長の声は低く、押し殺した怒りを含んでいた。


「そうだ。」


「お前ひとりでは危険だ。過去の討伐隊すべてが全滅したんだぞ?」


「知ってる。」


沈黙。

ギルド長は深く息を吐いた。


「……お前は昔からそうだ。行け。ただし、戻らなければ“任務失敗”として処理する。」


「それでいい。」


ラゼルは外套を翻し、静かに去った。


――森が鳴いた。


低い唸りが夜の帳を震わせ、焚き火の残光を揺らす。

血と鉄の匂いが湿った空気に漂っている。


刃を下ろしたまま、息を整える。

その足元には、倒れ伏す巨影――

魔狼〈ヴォルグ〉。


首元から滴る血が土を染め、

焚き火の灰と混ざり、淡く蒸気を上げていた。


夜はまだ明けていない。

だが、森の奥では確かに“何か”が目を覚ましていた。


ヴォルグの体は、なおかすかに動いていた。

その瞳には、怒りも恐怖もなかった。

あるのは――奇妙な安堵。


ヴォルグ「……強いな。はは……」


その声は、咆哮ではなく風のように静かだった。


ヴォルグ「そうか。お前は“外”の者か。神の帳簿に記録されぬ魂よ。我はお前を刻もう。」


ラゼル「……神の帳簿?」


ヴォルグの爪が、地面を掻いた。

血で濡れた指先が、土を裂く。


火の光に、魔法陣が浮かび上がる。

円環を描き、内に四つの爪痕を抱いていた。


ヴォルグ「これが、我らの記録。“魔の記録”だ。」


ラゼルは剣を握り直す。

だが、ヴォルグはもはや敵意を見せなかった。


獣の口元が、わずかに笑った。


ヴォルグ「我が死と共に、この森は“碑”となる。記録は石となり、お前の魂を記すだろう。」


ヴォルグの眼が静かに閉じられた。

森の風が止まり、闇が一瞬、息を呑む。


次の瞬間、獣の体が燃え上がり、灰が舞った。

黒い岩肌が露わになり、そこに刻印が浮かび上がる。


『我、魔狼ヴォルグ、魂は契約と共に眠り、“力”を求む者に応えん。共に、同じ影を歩まん。』


同時に、ラゼルは左腕に鋭い痛みを感じた。

袖をまくると、先ほどの魔法陣が痣のように焼きついていた。


焚き火の赤が、石碑の表面を舐める。

灰が舞い、ラゼルの頬を掠める。


ラゼル「……契約、か。」


誰も答えない。

夜だけが、それを見つめていた。


朝が来る。


森の奥に、黒く沈む巨石。

その周囲を、灰の靄がゆっくりと漂っている。


ラゼルは剣を背に収め、歩き出した。

足元の土が、音もなく沈む。


――振り返らない。


風が彼の名を呼ぶ。

それは声ではなく、記憶だった。


“その夜、何かが彼を見ていた。”


それは神か、あるいは獣碑そのものか。

だが確かに、その眼は今も彼の背を見つめていた。


この夜に刻まれた“契約”は、後に呼び覚まされる。

それは、人と獣の魂を結ぶ――第二の〈灰燼の契約〉である。

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