灰の剣士
十年の時が流れた。
アルディア王都は、変わらず白い光に包まれていた。
だが、かつての純白はもう無垢ではない。
塔の影が伸び、街の外縁には煙と喧騒が充満していた。
王都冒険者ギルド。
その掲示板の前で、男たちがざわめく。
「なあ、またラゼルがやったらしいぞ。」
「南方の遺跡、単独で制圧だってよ。」
「はっ、もう規格外だな。あいつ、一人で魔物を十体も倒したとか。」
噂の中心にいる男は、静かに椅子に腰掛けていた。
黒い外套。短く刈られた髪。
冷えた灰色の瞳。
ラゼル。
十年前の少年の面影は、もうどこにもなかった。
「……騒がしい。」
低く呟く声に、周囲の空気が一瞬で静まる。
彼は書類を受け取り、報酬の袋を懐にしまった。
無駄な言葉はない。
歩くたびに床石が鳴り、周囲の冒険者が自然と道を開ける。
受付の職員が恐る恐る声をかけた。
「ラゼル様、次の依頼はいかがなさいますか?
南区の掃討任務がまだ――」
「断る。」
「で、ですが……」
ラゼルは視線を上げた。
その目が一瞬だけ職員を射抜く。
言葉は要らなかった。
職員は顔を引きつらせながら頭を下げた。
「失礼いたしました……。」
ラゼルは外へ出た。
陽光の中を歩きながら、心のどこかで思う。
(変わらない。
この街も、光も、信仰も。
変わったのは、俺だけか。)
通りの子供たちが、剣を振るう真似をして騒いでいる。
「ラゼルごっこだ!」
「敵を倒せー!」
その言葉に、彼は足を止めた。
笑うでも、怒るでもない。
ただ、淡々と視線を落とした。
ジークの声が脳裏をかすめる。
「紙や札よりも大事なのは“腹の中の覚悟”だ!」
(ああ……俺には、もう覚悟しか残っていない。)
街を見下ろす高台の上、
白塔が陽光を受けて輝いていた。
その光の中で、ラゼルの影だけが濃く地に落ちていた。




