聖女の微笑
「あなた、新入り?」
その声は、鐘の余韻のように柔らかかった。
振り返ると、白い法衣の少女が立っていた。
胸元の聖光教の紋章が、朝の光を受けて微かに輝く。
その顔は幼さを残しながらも、どこか大人びた静けさを帯びていた。
ラゼルは無言のまま彼女を見つめた。
「やっぱりね。
あなた、今さっき登録したでしょ? 窓口の人が話してたわ。」
ラゼルは、ほんのわずかに頷いた。
彼女はそれを見て嬉しそうに微笑む。
「私はセナ。
この街の教会……というより、聖堂附属の癒し手見習いなの。
それと、ギルドにも所属してるわ。
治癒や補助の依頼が多いけど、たまに討伐にも同行するの。」
饒舌なその声は、不思議と耳に優しかった。
言葉の一つひとつに温度があった。
「……話すのが、好きなんだな。」
ラゼルの短い言葉に、セナは目を瞬かせて笑った。
「よく言われる。
静かにしてるつもりでも、つい喋っちゃうの。
誰かとお話しするのが好きなの」
風が吹き抜け、塔の鐘の音が遠くで鳴った。
ラゼルはその音を聞きながら、目の前の少女を観察するように見つめた。
セナは続ける。
「あなた、外の街から来たんでしょ? 服についた土の色が違う。
外は賑やかだけど、危ない場所も多いって聞いたわ。」
「危ない、というより……生きてる、という感じだった。」
「ふふ、面白い言い方ね。
でも、そうなのかもしれない。
この内側の街は、綺麗に見えても、息苦しい時があるから。」
ラゼルは眉をひそめる。
「息苦しい?」
「光が強すぎると、影が濃くなるの。
この街の人たちは皆“正しくあること”ばかり考えてる。
でも、それが本当に正しいのか……私は、よくわからなくなるの。」
セナは言葉を選ぶように、指先で法衣の裾を弄んだ。
「聖光教は“神に選ばれた者だけが救われる”って教える。
けど、救われなかった人たちはどうなるの?
外の街にいる人たち――あなたのような人は。」
「……救われる気なんて、最初からない。」
その言葉は、刃のように冷たかった。
けれど、セナは怯えなかった。
ただ静かに、瞳の奥でその言葉を受け止めた。
「そう言う人、たくさん見てきた。
でもね、誰かが信じる限り、“救い”は消えないと思うの。
それが、神様じゃなくても――人でも、想いでも。」
ラゼルは黙っていた。
彼女の言葉が、胸の奥に届く感覚を持て余していた。
セナはふと笑い、石畳を歩きながら振り返った。
「ごめんね。初対面なのに、いっぱい喋っちゃって。
……でも、あなたと話してみたくなったの。
なんだろう、“言葉が届きそう”な気がしたから。」
ラゼルは、短く答えた。
「届いたか?」
「うん、少しだけ。」
セナは目を細めて微笑む。
「あなたの目、怖いけど……本当は優しい。」
沈黙が降りた。
その沈黙は、心地よいものだった。
「じゃぁ、また、お話しようね!」
そう言い残し、彼女は去っていった。
聖堂へ向かう道の途中で、光の中に溶けるように姿が遠ざかる。
ラゼルはその背を見つめていた。
胸の奥で、何かがかすかに動いた。
それが何なのかは、まだわからなかった。
ただ――
あの声だけが、耳の奥に残っていた。
「誰かが信じる限り、救いは消えないと思うの。」
セナの言葉を理解しようと考えていた。
突然、背後から大きな声。
「よぅ!色男! いくぞ!」
ジークはラゼルがセナと話し始めた時から、二人のやりとりをニヤけながら見ていた。
ラゼルは無言で後について歩き出した。
彼女の青い瞳を思い出しながら。
背中を照らす光は、ただ眩しいだけではなく――
どこか、痛みを伴うほどに温かかった。




