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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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5/30

登録者の証

朝の光が、塔の尖端に刺さっていた。

白い石畳が眩しく光を返し、街全体が一つの鏡のようだった。


ジークは無言のまま歩いていた。

昨夜の雨で濡れた外套からは、鉄と革の匂いが漂う。

その背中を、ラゼルは黙って追った。


夜が明けても、胸の中のざらつきは消えなかった。

血の匂いが、まだ鼻の奥に残っている。

だが、恐怖も、後悔も、なかった。


ただひとつ――眠れなかった理由は、自分でもわからない。


やがて、二人は壁の前に立った。


外側の街――瓦屋根の下町は、湿った匂いと人のざわめきに満ちている。

内側の街――白い塔の聳える王都中心部は、静寂と光に支配されていた。


二つの世界を隔てるのは、高さ二十メートルほどの白壁。

光を反射する滑らかな石造り。

その表面には、聖光教の印章が無数に刻まれている。


ジークが低く呟く。


「ここから先は“聖域”だ。

  貧民や無許可の者は、祈りを唱えなきゃ通れねぇ。」


門の前では、巡礼者たちが列をなし、

聖職者が彼らの額に聖油を塗っている。

その光景を、ラゼルは無言で見つめた。


「ジークは、祈るのか?」

「俺はもう祈らねぇ。……信じる神が死んだからな。」


ラゼルが眉を寄せる。

ジークは笑って肩を竦めた。


「心配すんな。こいつを見せりゃ通れる。」


懐から鉄製の紋章を取り出し、門兵に差し出す。

聖光の印が刻まれた認可証。

兵はそれを見て、無言で頷いた。


「通れ。ただし、外の者を連れていくなら、そいつの責任者はお前だ。」


「ああ、わかってる。」


鉄の扉が軋み、ゆっくりと開く。

光が差し込み、石畳の先に塔の影が長く伸びた。


ラゼルは一歩、足を踏み入れた。


空気が変わる。

音が消えたようだった。

下町の臭気も、喧噪も、すべて壁の向こうに置き去りにされている。


街路には白衣の聖職者と貴族風の人々。

香の匂いと鐘の音が、まるで別の世界のもののように澄んでいた。


(同じ街なのに……空気が違う。)


ジークが背を向けたまま言う。


「こっちが“内の光”。

  お前が昨日までいたのは“外の影”。

  どっちもこの街の本性だ。」


塔が見えた。

その高さは、空を穿つような――

太陽の代わりに、人が築いた“信仰の象徴”だった。


「行くぞ。登録はあの塔の麓だ。」


ラゼルは頷いた。

その背後で、門が再び重く閉じる音がした。


それは、外の世界への出口が塞がれた音のようにも聞こえた。


やがて、二人は白塔の麓にある建物に着いた。

重厚な石の扉の上に文字が刻まれている。

“王都冒険者ギルド アルディア支部”



ジークが小声で言う。


「ここで登録すりゃ、お前も正式な冒険者だ。」


ラゼルは頷いた。

扉を押すと、中は想像していたより静かだった。


中央の掲示板には数十の依頼が貼られ、

受付には制服姿の職員たちが淡々と処理をしている。

奥には聖光教の紋章を刻んだ旗。


ラゼルの目に、それが異様に白く映った。


カウンターの奥にいた初老の職員が顔を上げる。


「登録希望か?」

「ああ。見習いだ。ジークの紹介だ。」

「ほう……お前が、か。」


老人はラゼルを上から下まで見て、目を細めた。


「年齢は?」

「……わからない。」

「名は?」

「ラゼル。」

「姓は?」

「ない。」


老人は少し眉をひそめたが、すぐに書類に記入した。


「出身地も記せぬ者は珍しくない。

  冒険者ってのは、行き場を失った者も多い。」


ラゼルは静かに頷いた。

老人は金属製の札を手渡した。

そこにはギルドの印章と、登録番号が刻まれている。


「これが、お前の“証”だ。」


ラゼルはそれを受け取り、指でなぞった。

冷たい。だが、その重さは不思議と心地よかった。


「……これで、俺は冒険者か。」


ジークが口の端を上げる。


「そうだ。けどな――紙や札よりも大事なのは“腹の中の覚悟”だ!」


老人が軽く咳払いした。


「無駄口はよせ。新人の教育はお前の仕事だ。」


ジークは片目を細めて笑う。


「了解だよ、爺さん。」


ラゼルは外に出た。

塔の影が街を覆い、光と闇の境が地面に線を引いている。


彼は手の中の金属板を見つめた。

そこには、まだ乾かぬ血が光っていた。


遠くで鐘が鳴った。

白い鳩が飛び立ち、光の中に散った。


だがラゼルの視線は、光の届かぬ路地へと向いていた。

そこにあるのは、昨日までの自分がいた世界――

血と泥の匂いのする、生の場所だった。


そのとき、背後から声がした。


「あなた、新入り?」


振り返ると、一人の少女が立っていた。

白い法衣をまとい、胸には聖光教の紋章。

淡金色の髪が陽光を受けて揺れ、

透き通るような青の瞳が、まっすぐに彼を見ていた。


ラゼルは、答えられなかった。


その眼差しは、彼がこれまで見てきたどんな“光”よりも温かく、

そして――美しかった。

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