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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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3/30

名を持たぬ者

夕暮れが迫っていた。

街の高層が赤く染まり、外壁の影が路地に落ちている。


ジークは黙ったまま歩いていた。

片腕で槍を背に掛け、肩をやや傾けて歩く姿は、

戦場の匂いをまとっていた。


少年は後ろをついていく。

足は痛み、腹は空いている。

それでも、不思議と恐怖はなかった。


やがて二人は、街外れの石造りの建物へ辿り着く。

壁には鉄の獅子の紋章。

扉の上には剥げかけた看板があり、

“灰鉄の獅子亭”と読めた。


中は喧騒に満ちていた。

テーブルの上には酒瓶と血の染みた包帯。

男たちが笑い、叫び、時折、喧嘩の音が響く。


「ここがギルド……か?」


少年が呟くと、ジークが鼻で笑った。


「表の“聖光教のギルド”とは違ぇ。

  こっちは冒険者と傭兵の溜まり場だ。

  光じゃなく、金と力で動く方な!

ようこそ!聖光教の都・アルディアギルド外縁支部へ!」


カウンターの奥に、赤髪の女が立っていた。

年齢は二十代半ばほど。

片目に黒い眼帯をしている。

彼女はジークを見ると、苦笑を浮かべた。


女「また厄介な子を拾ってきたのね。」

ジーク「路上で野垂れ死にされちゃ寝覚めが悪い。

  飯をくれ。それと、布と水を少し。」


女は肩を竦めて、皿と水瓶、古布の束を差し出した。

ジークはそれを受け取り、

少年を壁際の席に座らせた。


「腕、見せてみろ。」


少年は戸惑いながらも袖をまくる。

皮膚の下には泥と血が固まっていた。

ジークは無言で布を水に浸し、

乱暴だが確かな手つきで拭い取っていく。


傷口がしみ、思わず息が漏れた。


「我慢しろ。

  男が泣いても笑い者にしかならんからな!」


水に赤が滲む。


ジークは応えることなく、

布を巻いて結び、手を離した。

その手のひらは固く、火傷の痕があった。


「ほら、これで大丈夫だ!食え!」


湯気の立つシチュー。

少年はそれを見て、思わず手を伸ばしたが、

途中で止めた。


少年「……いいのか?」

ジーク「遠慮すんな。食え!

  ここじゃ、食えるものは食っとけってのが常識だ。」


匙を握る手が震えていた。

最初の一口を口に運んだとき、

熱さで舌が痛み、涙が出た。


だが、それでも止まらなかった。

味はほとんど感じない。

ただ、身体が欲していた。


ジークは静かにそれを見ていた。

やがて、ぼそりと呟く。


「名前は?」

「…わからない。」


「どこからきたんだ?」

「……わからない。」


「これからどうするんだ?」

「………わからない。」


「ははは!ワケありなのか知らんが、変なガキだな!

じゃぁ、お前は今から“ラゼル”だ! 呼び名がねぇんじゃ不便だからな!」


少年が顔を上げる。

ジークは楽しげに話しているが、その目は笑っていなかった。


「意味は?」

「この辺りの古い言葉で、“残り火”って意味だ。

  死んでも燃え残る火。

  体はボロボロでも、目が死んでねぇ。ぴったりだろ?」


ラゼルはその名を口の中で転がしてみた。

声にはならなかった。

けれど、その響きが胸の奥で静かに灯った。


「……残り火、か。」


ジークは立ち上がり、カウンターの奥の壁に貼られた依頼書を一枚剥がした。


「腹が満たされたら、働け。

  “契約”ってやつを教えてやる。」


ラゼルはその言葉を繰り返した。


「けいやく……?」

「そうだ。金の代わりに、命を賭ける約束だ。

  それが俺たちみたいな冒険者の仕事ってやつだ。」




外の風が、古い扉を静かに揺らした。


夕陽が差し込み、カウンターの上に赤い光が落ちる。




外の風が、古い扉を静かに揺らした。


夕陽が差し込み、カウンターの上に赤い光が落ちる。


その光が、まるで燃えているようだった。

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