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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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28/30

白塔の影

アルトが目を覚ますと、知らない天井があった。


白い石。

高い窓。

差し込む光が、眩しい。


アルトは体を起こした。

柔らかい寝台の上にいる。

着ているものも、見覚えのない白い服だった。


「……ここ、どこ?」


声が震えた。


部屋は広かった。

壁には光の模様が流れ、空気は冷たく澄んでいる。

窓の外には、青い空と白い街が見えた。


「とうさま……? かあさま……?」


誰も答えない。


アルトは寝台から降り、扉に向かって歩いた。

だが、扉は開かなかった。


「あけて……! あけてよ……!」


小さな拳で叩く。

何度も、何度も。


涙が溢れてきた。


「とうさま……! かあさま……!」


その時、背後で声がした。


「泣かなくていいよ。」


振り返ると、男が立っていた。


いつの間に入ってきたのか、わからない。

穏やかな微笑み。

長い法衣が、床に触れている。


「怖かったね。知らない場所に連れてこられて。」


男はゆっくりと近づいてきた。

アルトは後ずさる。


「だれ……?」


「僕はアゼル。この塔で働いている者だよ。」


「ここ、どこ……? とうさまは……? かあさまは……?」


「大丈夫。すぐに会えるよ。」


アゼルは膝を折り、アルトと目線を合わせた。


「君のお父さんとお母さんは、君を迎えに来る。

 だから、それまでここで待っていてね。」


「ほんとう……?」


「本当だよ。」


アゼルは微笑んだ。

その笑顔は優しかった。

だが、目は笑っていなかった。


「君は特別な子だから。

 大切にしないといけない。」


アルトには、その言葉の意味がわからなかった。

ただ、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


「お腹、空いてない? 何か持ってこさせようか。」


アルトは首を横に振った。


「……いらない。」


「そう。無理しなくていいよ。」


アゼルは立ち上がり、扉に向かった。


「また来るね。何かあったら、呼んでくれていいから。」


扉が閉まる。

鍵がかかる音がした。


アルトは一人、部屋の真ん中に立ち尽くした。


窓の外で、鳥が飛んでいる。

白い街の上を、自由に。


「とうさま……かあさま……」


小さな声が、誰にも届かずに消えた。



同じ頃。


ラゼルとセナは、アルディアの外壁が見える丘に立っていた。


白い城壁。

聳える塔。

光を反射する街並み。


かつてラゼルが滅ぼし、そして再び立ち上がった街。


「……変わってないな。」


ラゼルが呟いた。


前世の記憶と、今の景色が重なる。

あの時崩した塔が、同じ場所に建っている。

あの時燃やした街が、同じように光っている。


「まるで、何もなかったみたいだ。」


「……そうね。あなたが滅ぼす前……だから」


セナの声は硬かった。

彼女にとっても、ここは因縁の場所だ。


二人は丘を下り、外壁沿いの街へと入った。


下町の喧騒は、昔と変わらない。

物売りの声。酔っ払いの笑い声。

汚れた路地と、香油の匂い。


やがて、見覚えのある建物が見えてきた。


剥げかけた看板。

鉄の獅子の紋章。


"灰鉄の獅子亭"。


「……まだ、あったのか。」


ラゼルは扉を押した。


中は相変わらずの喧騒だった。

酒の匂い。血の染みた包帯。

男たちの怒号と笑い声。


カウンターの奥に、見覚えのある背中があった。


片腕。

分厚い肩。

短い槍を壁に立てかけている。


「ジーク。」


ラゼルが声をかけた。


男が振り返る。


「……おう。」


ジークは驚いた様子もなく、酒を置いた。


「来たか。」


「手紙、読んだ。」


「読んだなら逃げろよ」


「逃げようとしたんだが、そうもいかなくなった」


ジークは頭を抱えながら立ち上がり、二人を奥の席に促した。

人目を避けるように、壁際の暗がりへ。


「話は聞いてる。お前、ガキが攫われたんだろ。」


「ああ。」


「で、取り戻しに来た、と。」


「そうだ。」


ジークは深く息を吐いた。


「無茶しやがる。相手は教会だぞ。

 しかも、記録院まで絡んでる。」


「知ってる。」


「知ってて来たのか。」


「当たり前だ。」


ラゼルの声は、静かだった。

だが、その目には迷いがなかった。


「アルトは俺の子だ。

 取り戻す。何があっても。」


ジークはしばらくラゼルを見つめていた。

やがて、鼻で笑った。


「……変わったな、お前。」


「何が。」


「昔は、もっと空っぽな目をしてた。

 今は違う。守るもんができた目だ。」


ラゼルは答えなかった。


ジークはセナに目を向けた。


「嬢ちゃんも一緒に行くのか。」


「ええ。」


「危険だぞ。」


「知ってます。でも、あの子は私の子供でもある。」


ジークは肩を竦めた。


「二人して……似た者夫婦だな。」


「それで、ジーク。」


ラゼルが言った。


「王都に入りたい。アルトは塔に連れて行かれた。」


「白塔か。」


「ああ。だが、門からは入れない。

 俺たちは教会に追われてる身だ。」


ジークは腕を組み、しばらく考えた。


「……正門、か。」


「何か、手はあるか。」


「あるにはある。」


ジークは低く言った。


「俺が門番の気を引く。

 その隙に、お前らが通れ。」


「いいのか。」


「いいも悪いもあるか。

 お前には借りがある。返すだけだ。」


「借り?」


「昔、お前に命を救われたんだがな。覚えてねぇか。」


ラゼルは眉をひそめた。

記憶を探るが、思い当たらない。


「……覚えてない。」


「だろうな。お前にとっちゃ、大したことじゃなかったんだろう。

 だが、俺にとっては違う。」


ジークは立ち上がった。


「行くぞ。急ぐんだろ?」


「あぁ」



夕暮れ。


正門の前には、いつものように列ができていた。

商人、巡礼、兵士。

皆が胸で印を切り、祈りの言葉を唱えている。


ラゼルとセナは、路地の影に身を潜めていた。


「チャンスは一回だ。失敗すんなよ?」


ジークがそう言い残し、門の方へ歩いていった。


しばらくして、怒号が聞こえた。


「おい、何だその態度は! 俺を誰だと思ってる!」


ジークの大声が響き渡った。

門番たちが集まっていく。


「今だ。」


ラゼルがセナの手を取り、走り出した。


人混みに紛れ、足早にすり抜ける。

誰も二人を見ていなかった。


内側の街に入った瞬間、空気が変わった。


白い石畳。

澄んだ空気。

鐘の音と、香の匂い。


「……懐かしいな。」


ラゼルが呟いた。

前世の記憶が、鮮明に蘇る。


この街を歩いた。

この街で戦った。

この街を、滅ぼした。


「こっちだ。」


ラゼルは迷いなく路地を選んだ。

前世の記憶が、道を示している。


セナは黙ってついてきた。


やがて、二人は広場に出た。


目の前に、白い塔が聳えていた。


巨大な石造り。

天を貫くような高さ。

夕陽を受けて、赤く染まっている。


「……白塔。」


セナが息を呑んだ。


ラゼルは塔を見上げた。


あの中にアルトがいる。

そして、すべての答えがある。


「行くぞ。」


ラゼルは一歩、踏み出した。


塔の影が、二人を覆う。

夕陽が沈み、空が紫に染まっていた。

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