いつもの朝
風車の影が、朝の土壁にゆっくりと回っていた。
白いカーテンを透かして、柔らかな光が差し込む。
ラゼルはまぶたの裏に残る赤みを払い、ゆっくりと目を開けた。
小さな家の中。
木の机、二人分より少し多めの椅子、壁際には粗末だが手入れされた棚。
窓辺の瓶には、野花が無造作に挿してある。
隣の部屋から、鍋の煮立つ音と、甲高い笑い声が聞こえてきた。
「……起きたか、アルト。」
ラゼルが起き上がるより早く、扉が勢いよく開いた。
「おはよう、とうさま!」
まだ幼さい子の無邪気な足音。
淡い栗色の髪が跳ね、金のような瞳がまっすぐにラゼルを見上げる。
「おう。」
ラゼルはその頭をぐしゃりと撫でた。
髪の感触。小さな温もり。
それは、どんな剣の柄よりも馴染んでいた。
「もうパン焼けたよ! かあさまが呼んでる!」
「わかった。……家の中で走るな。転ぶぞ。」
「へーき!」
アルトは笑いながら、ぱたぱたと廊下を駆けていく。
その背中を見送ってから、ラゼルはゆっくりと立ち上がった。
胸のどこかが、じんわりと温かい。
(……こういう朝を、迎えることができるようになるとはな。)
◇
台所では、セナがエプロン姿で鍋をかき混ぜていた。
髪はいつものように後ろでひとつに結われている。
「あ、おはよう。」
セナが振り返り、微笑む。
テーブルには焼き上がったばかりのパンが並び、
香草を散らしたスープの湯気がゆらゆらと立ちのぼっていた。
「とうさま、ここ!」
アルトが自分の隣の椅子を叩いている。
ラゼルは無言でそこに腰を下ろした。
「いただきます。」
セナとアルトの声が揃う。
ラゼルも小さく手を合わせた――癖になった簡素な所作。
パンをちぎり、口に運ぶ。
香ばしさと、ほのかな甘み。
「どう?」
セナが期待混じりの表情で尋ねる。
「……悪くない。」
「それ、最高の褒め言葉だよね。」
アルトはラゼルの真似をするようになった。
「うむ!」
ラゼルは少しだけ目を細めた。
外では風が吹き抜け、軒先の風鈴が短く鳴る。
その音は、アルディアの鐘の音よりもずっと軽く、穏やかだった。




