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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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21/30

いつもの朝

風車の影が、朝の土壁にゆっくりと回っていた。


白いカーテンを透かして、柔らかな光が差し込む。

ラゼルはまぶたの裏に残る赤みを払い、ゆっくりと目を開けた。


小さな家の中。

木の机、二人分より少し多めの椅子、壁際には粗末だが手入れされた棚。

窓辺の瓶には、野花が無造作に挿してある。


隣の部屋から、鍋の煮立つ音と、甲高い笑い声が聞こえてきた。


「……起きたか、アルト。」


ラゼルが起き上がるより早く、扉が勢いよく開いた。


「おはよう、とうさま!」


まだ幼さい子の無邪気な足音。

淡い栗色の髪が跳ね、金のような瞳がまっすぐにラゼルを見上げる。


「おう。」


ラゼルはその頭をぐしゃりと撫でた。

髪の感触。小さな温もり。

それは、どんな剣の柄よりも馴染んでいた。


「もうパン焼けたよ! かあさまが呼んでる!」

「わかった。……家の中で走るな。転ぶぞ。」

「へーき!」


アルトは笑いながら、ぱたぱたと廊下を駆けていく。


その背中を見送ってから、ラゼルはゆっくりと立ち上がった。

胸のどこかが、じんわりと温かい。


(……こういう朝を、迎えることができるようになるとはな。)



台所では、セナがエプロン姿で鍋をかき混ぜていた。

髪はいつものように後ろでひとつに結われている。


「あ、おはよう。」

セナが振り返り、微笑む。


テーブルには焼き上がったばかりのパンが並び、

香草を散らしたスープの湯気がゆらゆらと立ちのぼっていた。


「とうさま、ここ!」


アルトが自分の隣の椅子を叩いている。

ラゼルは無言でそこに腰を下ろした。


「いただきます。」

セナとアルトの声が揃う。

ラゼルも小さく手を合わせた――癖になった簡素な所作。


パンをちぎり、口に運ぶ。

香ばしさと、ほのかな甘み。


「どう?」

セナが期待混じりの表情で尋ねる。


「……悪くない。」

「それ、最高の褒め言葉だよね。」

アルトはラゼルの真似をするようになった。

「うむ!」


ラゼルは少しだけ目を細めた。


外では風が吹き抜け、軒先の風鈴が短く鳴る。

その音は、アルディアの鐘の音よりもずっと軽く、穏やかだった。

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