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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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20/30

アルト

ネフェリスの風は、今日も穏やかだった。

乾いた風が風車を回し、遠くの海から潮の香りが届く。


この街に来て、もう三年が経つ。

二人が暮らす家の前には、小さな花壇と木製の柵。

朝になると、セナはそこに水をやり、ラゼルは薪を割る。


「ねえ、ラゼル。 この街の風、毎日ちょっとずつ違うの。季節の匂いっていうのかな。」

「風の匂い?」

「うん。昨日より、今日は甘い匂いがする。」

「……お前らしい感想だな。」

セナは笑い、ラゼルも微かに笑った。



数ヶ月後。

冬を告げる風が丘を越え、家の中に暖かな火が灯っていた。


セナはベッドの上で静かに息をしている。

ラゼルはその手を握り、額の汗を拭った。


「……セナ。」

「大丈夫。……もうすぐ、会えるから。」


小さな産声が響いたのは、それから間もなくのことだった。

初めて見る命の誕生。


「……お前に、似てるな。」


セナが微笑む。

「ううん。あなたに似てるよ。――ほら、眉の形が。」

「そうか。」

ラゼルは小さな手をそっと握った。



日が昇るたびにアルトは成長した。

笑う声、泣く声、歩き出す小さな足音。

家の中は、生きる音で満たされていた。


セナは子を抱きながら、ラゼルに言った。

「ねえ、この子の名前……決めようか。」

「……名前。」

「うん。あなたが最初に呼んであげて。」


ラゼルは少し考えてから、ぽつりと呟いた。

「アルト。」


「アルト……素敵。」

セナは優しくその名を繰り返した。

「おはよう、アルト。」


その声を聞いた瞬間、ラゼルの胸の奥で、何かが微かにざわめいた。

――“アルト”。

どこかで、その名を聞いた気がした。



夜。

ラゼルは眠る二人を見つめながら、静かに目を閉じた。


夢を見た。

紅く染まる空。崩れ落ちる塔。

そして、黒い翼のような影が世界を覆っていく。


「――アルト。」

誰かが叫んでいた。

炎の中で、幼い声が泣いている。


ラゼルは息を詰まらせて目を開けた。

汗が額を伝う。

横には、穏やかに眠るセナと、胸の上で小さく眠る子。


「……夢、か。」


ラゼルは天井を見上げた。

月明かりが木の梁を照らし、ゆっくりと影が揺れていた。


(この感覚……なぜだ。知っている気がする。)


外では風が吹き、風車が軋む。

その音が、遠い鐘のように夜空に溶けていった。


――穏やかな夜だった。

けれどその静けさの奥で、ラゼルの“記録”は、ゆっくりと目を覚まし始めていた。

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