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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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19/30

暁の家

ネフェリス郊外の一角。

朝の光が白いカーテンを透かして差し込む。

風車の音がかすかに聞こえる。


小さな家の中、ラゼルはゆっくりと目を覚ました。

木の机、二人分の椅子、花の挿された瓶。

新たな生活の匂いがあった。


隣の部屋から、鍋の煮立つ音。

セナの声が柔らかく響く。


「おはよう、ラゼル。パンが焼けたよ。」

「もう朝か。」

「うん。こっちの麦は香りがいいの。アルディアでは食べられなかった味。」

ラゼルは小さく頷き、席につく。

香ばしいパンとスープの優しい香りが部屋を満たす。


「……ふむ。」

「どうしたの?」

「今まで、こんなに緊張しない朝はなかったからな。」

「冒険者は毎日命がけだもんね。」

「ああ。」

「ギルドのみんなと賑やかな朝食の方が良かった?」

「いや、それはない。」


二人は小さく笑い合った。

外では風が吹き抜け、洗濯物の白布がたなびく。

その光景は、どこまでも穏やかで、現実だった。



昼。

セナは市場の広場で、簡易診療所の手伝いをしていた。

彼女の手から生まれる淡い光は、もう“神聖な祈り”によるものではなく、人の温もりそのものだった。


「お姉ちゃん、ありがとう!」

子どもたちの声が弾む。


その後ろで、ラゼルが鍛冶屋の手伝いで木箱を運んでいた。

汗を拭いながら、ふと視線を上げる。

広場の中央で優しく微笑んでいるセナが見えた。


その姿を、ラゼルは見つめながら、


(……これが俺にとっての幸せってやつなのかな?)


言葉にはしなかったが、胸の奥でそんなことをぼんやり考えていた。



その夜。


夢を見た。


見知らぬ荒野。

崩れた塔。

血の匂い。

そして――燃える空。


傍らにいる誰かが泣いていた。

「……死なないで!」

その声はセナによく似ていた。

だが目を開けると、彼女は隣で穏やかに眠っている。


ラゼルは小さく息を吐いた。

窓の外では、風車が月光を受けて静かに回っている。


(夢、か。)


だがその夢の中の情景に、確かな“懐かしさ”を感じていた。



翌朝。

セナはパンを焼きながら言った。


「ねえ、ラゼル。私ね、この街で生きていけそう。」

「……そうか。」

「信仰はなくても人を癒せる。私にできることがあって、ちゃんと“ここにいる”って感じがするの。息苦しさもないし。」

ラゼルは頷いた。

「良いことだな。」

「ふふ……ありがとう。」



朝の光が差し込み、爽やかな風が白いカーテンを揺らす。

この小さな家に、二人の何気ない会話が和やかに響いていた。


――朝の光は、まだ優しかった。

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