暁の家
ネフェリス郊外の一角。
朝の光が白いカーテンを透かして差し込む。
風車の音がかすかに聞こえる。
小さな家の中、ラゼルはゆっくりと目を覚ました。
木の机、二人分の椅子、花の挿された瓶。
新たな生活の匂いがあった。
隣の部屋から、鍋の煮立つ音。
セナの声が柔らかく響く。
「おはよう、ラゼル。パンが焼けたよ。」
「もう朝か。」
「うん。こっちの麦は香りがいいの。アルディアでは食べられなかった味。」
ラゼルは小さく頷き、席につく。
香ばしいパンとスープの優しい香りが部屋を満たす。
「……ふむ。」
「どうしたの?」
「今まで、こんなに緊張しない朝はなかったからな。」
「冒険者は毎日命がけだもんね。」
「ああ。」
「ギルドのみんなと賑やかな朝食の方が良かった?」
「いや、それはない。」
二人は小さく笑い合った。
外では風が吹き抜け、洗濯物の白布がたなびく。
その光景は、どこまでも穏やかで、現実だった。
◇
昼。
セナは市場の広場で、簡易診療所の手伝いをしていた。
彼女の手から生まれる淡い光は、もう“神聖な祈り”によるものではなく、人の温もりそのものだった。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
子どもたちの声が弾む。
その後ろで、ラゼルが鍛冶屋の手伝いで木箱を運んでいた。
汗を拭いながら、ふと視線を上げる。
広場の中央で優しく微笑んでいるセナが見えた。
その姿を、ラゼルは見つめながら、
(……これが俺にとっての幸せってやつなのかな?)
言葉にはしなかったが、胸の奥でそんなことをぼんやり考えていた。
◇
その夜。
夢を見た。
見知らぬ荒野。
崩れた塔。
血の匂い。
そして――燃える空。
傍らにいる誰かが泣いていた。
「……死なないで!」
その声はセナによく似ていた。
だが目を開けると、彼女は隣で穏やかに眠っている。
ラゼルは小さく息を吐いた。
窓の外では、風車が月光を受けて静かに回っている。
(夢、か。)
だがその夢の中の情景に、確かな“懐かしさ”を感じていた。
◇
翌朝。
セナはパンを焼きながら言った。
「ねえ、ラゼル。私ね、この街で生きていけそう。」
「……そうか。」
「信仰はなくても人を癒せる。私にできることがあって、ちゃんと“ここにいる”って感じがするの。息苦しさもないし。」
ラゼルは頷いた。
「良いことだな。」
「ふふ……ありがとう。」
朝の光が差し込み、爽やかな風が白いカーテンを揺らす。
この小さな家に、二人の何気ない会話が和やかに響いていた。
――朝の光は、まだ優しかった。




