観測の境界・下
翌朝、セナはギルド本部の職員用入口に立っていた。
「おはようございます。」
挨拶をして通り過ぎようとした時、衛兵が目の前に立ちはだかる。
「医療班・魔法士セナ、ギルド、並びに聖光教会から除名処分となっている。証は失効し、通行権は剥奪されている。」
「え……?何かの間違いではないですか?」
「いや。間違いはない。立ち去れ。」
「……わかりました」
セナは幼少期から信仰が厚く、治癒魔法士としても申し分ないほどに優秀である。
そもそも、ギルドからの要請で王都に召喚された彼女が受けていい措置ではない。
体は小さく震えていた。しかし、不思議と涙はでなかった。
昨日とは一変した衛兵の対応を見て、自分の置かれた状況を理解することは彼女にとって難しくはない。
(私は……今まで積み上げてきたもの…すべて失ってしまったのね……)
塔を背に、歩き始めたセナの瞳から光は消えていた。
◇
――ギルドと教会からの除名。
人相書きと共にセナの名前が除名者リストに記載され、王国全土に通知される。
それは、一旦王都から出てしまえば王都を含め国内の都市すべてに入れないことを意味する。
除名された身では、実家に戻ることも両親と顔を合わせることも、二度とできないだろう。
人生のすべてを信仰に捧げてきた彼女にとって、事実上の社会的抹殺であった。
◇
前を向き、いつもより小さい歩幅で力なく歩くセナ。黒い外套の男がその行く手を阻む。
ラゼルは任務報告のためギルド本部に向かっている途中、セナに気づき、衛兵との問答を見ていた。
かける言葉を持ち合わせてはいない自覚はあった。が、放っておくこともできず、つい後を追ってきてしまった。
とりあえず思ったことを口にしてみる。
「どうした? 何があった?」
「ラゼ…ル…?」
視界に入った男がラゼルだと認識した瞬間、心臓が動き出した。
そんな感覚がセナを襲った。
ラゼルは自分の目を疑った。映ったのは、いつもの眩しく温かい微笑み…ではない。
口角を上げてそうしているようには見える。しかし、その目に光はない。
代わりに大粒の涙が溢れ出していた。
ラゼルはその様子を見ながら、ただ、その場に立っていた。
立っていることしかできなかった。
セナはラゼルにゆっくりと歩み寄り、しがみついた。
彼は隠すように外套で彼女を包む。
「……っ。ぅ……んぅ。。。」
外套の中で体を震わせながら嗚咽を漏らしているセナの体を支えながら、ラゼルは初めて会った時のことを思い出して考えていた。
(眩しく輝いていた瞳、心地良い声、光の中に帰っていくような後ろ姿。十年ぶりに再会した時も変わっているようには見えなかった。
それが、今は別人のようだ。)
しばらくして、ひとまずの落ち着きを取り戻したセナが外套から出てきた。赤くなった目をこすりながら、申し訳なさそうに一歩下がる。
「……ごめんね。もう大丈夫。」
「そうか。」
精一杯の作り笑顔を向けた。
「どこに行くつもりだったんだ?」
「…わからない」
「どうしたいんだ?」
「……わからない」
「これからどうするんだ?」
「………わからない」
(昔、ジークとこんなやりとりしたな。。。)
「そうか。家はどこだ? 送っていく。」
「…ギルドの宿舎に住んでたから、帰る場所もなくなっちゃったよ。でも、もう王都にはいられない。」
「わかった。ついてこい。」
「……え!?」
ラゼルはセナの手を引き、王都正門へ向かった。
二人の背中を白い塔の濁った光が照らしていた。




