祈りの儀
ラゼルがセナに再会した日の夕刻。
ギルド前の広場で、祈りの儀が執り行われた。
黒の森討伐で消息を絶った冒険者たちを弔うために、
鐘の音が響き、広場に整列した冒険者や信徒が一斉に膝をつく。
両手を胸に当て、聖句を唱える声が風に揺れた。
淡い金の光が降り注ぎ、祈りの波が塔の方へと昇っていく。
セナも列に並び、静かに手を組んだ。
だが――ふと、視界の端に影が立っているのが見えた。
広場の端。
膝をつかず、聖句を口にしない者がひとり。
風に外套を揺らし、ただ空を見上げていた。
ラゼル。
光の中に立ちながら、彼だけが祈らない。
瞼も閉じず、手も組まない。
まるで、この世界の祈りを“観察”しているようだった。
セナは目を伏せ、祈りを続けた。
けれど心の奥では、静かに波が立っていた。
(どうして……?)
(……あなたは、祈らないの?)
祈りの声が遠のいていく。
彼女はそっと横目でラゼルを見た。
その眼には、光も闇も映っていなかった。
あるのは――“生きる”という確かな意志。
セナの胸に、言葉にならない熱が灯った。
それが怒りか羨望か、自分でもわからないまま、彼女は小さく祈りの句を結んだ。
「……神よ、この者を、照らさないでください。」
夜が落ちた。
広場の灯が消え、人々は散っていく。
ラゼルは黙ってその場を離れ、闇に消えていった。
翌朝、ギルドの中庭。
セナは任務登録のため再び訪れ、偶然、ラゼルと遭遇した。
「……昨日の祈り、来てたのね。」
「見ていたのか。」
「ええ。祈ってなかったわね。」
「祈って救われるものなんてないからな。」
「それでも、祈るのが人間だと思う。」
「……そうか。なら、お前は昔から変わってないんだな。」
沈黙。
その言葉は刺のようで、けれどどこか優しかった。
セナは小さく笑う。
「あなた、変わらないわね。
十年前も、そうやって何も信じない顔してた。」
「信じるもんは変わらねぇ。ただ、生きる覚悟だけだ。」
彼の声は低く乾いていた。
それでもその響きは、セナの胸に残った。
――生きること。
それは、祈ることよりもずっと重い言葉のように思えた。
鐘が鳴る。
塔の影が伸び、ふたりの間に線を引く。
セナは祈りの印を結びながら、静かに呟いた。
「……でも、私はあなたを祈る。」
ラゼルは何も答えず、ただ歩き出した。
セナはその背を見送り、もう一度だけ目を閉じて、“誰にも届かない祈り”を胸の中で結んだ。




