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灰燼の契約  作者: 天城 朱雀
第一部

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1/30

虚無より来たる者

静寂が支配する深夜。

暗い森の奥で、男は息を潜めていた。


焚き火がかすかに揺れ、弾けた赤い光が頬を掠める。

空気は冷たく、風のない夜だった。


――ラゼル。


彼は座ったまま、剣の刃を研いでいる。

刃に映る炎の揺らぎが、まるで呼吸のように整っていた。


やがて、森が鳴いた。

風ではない。低い唸り。


――獣の気配。


ラゼルは立ち上がる。

焚き火の光が、頬の古傷を照らした。


闇の向こうに、青白く光る眼。

風を切る音と共に、一息で距離が詰まる。


毛並みは煤のように黒く、体躯は人の三倍。

魔狼〈ヴォルグ〉。


獣が咆哮した。

地が震え、風が逆巻く。

その声は雷鳴のようだった。


ヴォルグ「人間……この森に立ち入ることが、どういうことかわかっておろうな?」


ラゼル「……知るか。」


短く放たれた言葉と同時に、鋼が閃く。

闇が裂け、火花が散った。


爪が閃くより早く、剣が喉を掠める。

骨の手応え。熱い飛沫が頬にかかる。

だが、彼はそれを拭わない。


睨み合う二つの影。

あるのは――静寂だけ。


獣が後退し、距離を取った。

しかし、その視界にはラゼルの姿がない。


音もなく、剣が横薙ぎに走る。

獣の腹に赤い線が刻まれた。


ヴォルグ「我らは神の残滓を喰らい、生き延びた者……

 貴様らのような人間風情にやられるものか!」


ラゼルは答えない。

左足を半歩引き、刃をわずかに傾ける。


風が止んだ。


次の瞬間――影が消えた。


音もなく、一閃。


獣の首がわずかに揺れ、遅れて風が鳴る。

血が流れ、土に吸い込まれた。


ラゼルは剣を下ろす。

息をひとつ吐き、呼吸を整えた。


倒れた獣の目には、まだ光が宿っていた。

怒りでも恐怖でもない。

わずかな――安堵の色。


ヴォルグ「……強いな。はは……」


かすれた声が、風に溶けて消えた。


ラゼルは無言で剣を払う。

血が飛び、焚き火が揺れ、夜が白み始める。


森の向こうに、夜明け。

空が灰色に染まり、光と闇の境が滲んでいく。


ラゼルは歩き出す。

靴の下で、灰が音を立てた。

この世界の誰も知らない。


彼が“外の世界”から流れ着いたことも、


神の帳簿にその魂が記されていないことも。



ただ一つ確かなのは――



この男は、生きるために殺した。



――そしてその夜、“何か”が彼を見ていた。

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