タイムマシン
――ついに完成した。
苦節十年、助手と二人で作り上げた俺達のタイムマシン。中央には、引くとマシンが作動するレバーが取り付けられている。
もう、迷う理由などなどなかった。唾を呑み込み、レバーを手前に引く。緑色のランプが点灯し、機械音声によるコールが始まった。
『A-204、起動します。時空間移送まで、六十秒前……』
――しまった。余裕を持って六十秒に設定したのは失敗だった。覚悟を決めたはずなのに、武者震いが止まらない。
味わったことのない恐怖に駆られていると、突然、研究室のドアが開いた。おかしい、鍵はかけたはずなんだが――
「このバカァ! 何考えてんのよ!」
俺の助手、有莉栖が駆け込んできてそう怒鳴った。合鍵を片手に、目には涙を浮かばせている。
「アンタはいっつも一人で突っ走って……また私を…………」
有莉栖が顔を歪ませる。このタイムマシンが一人乗りであること、そして、俺が何も告げずにいなくなろうとしていた事を、彼女は誰よりも知っている。
「有莉栖……」
――結局、こうなってしまうのか。
「…………アラン・リックマンのサインを貰ってきて頂戴」
「……はい?」
「ファンだったのよ! 何か悪い?」
呆気にとられていた俺に、有莉栖がまた怒鳴った。
「いや、別に……」
「ならいいでしょ! それで許してあげる……でも…………」
有莉栖が言葉を濁らせる。
「こんなことになるなら、こんなもの作らなければよかった。アンタと二人で、ずっと……」
『間も無く移送します。十、九、八……』
マシンは無常にも有莉栖の言葉を遮り、別れのタイムリミットを淡々と告げる。
「ほんとはサインないんかどうでもいいの! 私は何よりも、貴方とずっと一緒にいたかった。貴方と旅をしたかった。同じ場所に居たかった。ロマンチックな事もしてみたかった……あ、貴方と手を繋いでみたかった! それに……」
有莉栖が涙を流しながら、俺の服を軽く握った。目が合うと、そのまま倒れるように俺の胸に飛びこんで、
「貴方に、ちゃんと『好き』って伝えたかった……」
震える声でそう言った。彼女の咽び泣く声が部屋中に響き渡る。身体から有莉栖の震えた指が離れていくのを感じながら、もう聞くことができないかもしれないその声を、静かに聞いていた。