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魔法とは、それすなわち

 さて、可愛い弟子が二人も出来たことで、レオナルドはますますやる気が出て、魔術修行はより熱心なものとなった。おかげで毎日夕食後の三時間、例の丘の上に集合して、魔術の特訓をする習慣ができた。魔法の練習は夜の方が効率がいいと決まっている。


「そもそも、我々魔女の扱う【魔法】とは何か、解るかね?」


 レオナルドはそう言って、臙脂色の絨毯の上に、タロットカードの雨を降らせる。


「魔法とは、偉大なる魔神オズワルドが創り出した法のこと。もとより、古の神が創造したこの世界は、星の数ほどの絶対的かつ自然的な法と共に存在する。常人がそれを破ろうとすれば、呪いという名の罰を受けよう」


 指を鳴らすと、散らばった何十枚ものカードが、意志を持った動物のように整列を始める。絨毯の上で、それらは規則正しく三列に並んだ。


「しかし魔神の法は唯一、古代神の法に干渉することが出来るもの」


 ひらり、彼女が指差した一枚のカードがめくれて、【真名】と書かれた産まれたばかりの赤子とそれを抱く死神の絵柄が現れる。


「その良い例が【名付けの魔法】だ。この世界では、神の許し無しに万物に新たな名を授ける事は出来ん、という絶対的かつ自然的な法がある。だがこれは、魔力を持つ者だけは例外なのだ。名付けを行うと同時に、その者に魔力を付与することができる。まさしく法の抜け道といったところよ」

「そうだったんだ」


 草むらの上で胡座をかいていたテオドールは、はわわと口を開けた阿呆の顔で、魔女の話に頷いた。

 幼い仔は魔法が何たるかを知らなかった。レオナルドの変身術も占いも、ジャンヌが操る炎の腕も、エリーザが鳥と会話できるのも、何かカッコイイ手品とかおまじないみたいなものだと捉えていたのだ。そんないきなり、神々と世界の法則に干渉する方法だなんて、途方も無い事を言われてもピンと来ない。


「えー、っと、じゃあおれにも魔力があるんだ? おれも名付けの魔法とかできる?」

「どちらも良き質問だ。それらにはYESと答えねばならん」


 レオナルドはにっこり笑う。

 テオドールという名をエリーザより与えられた仔供は、魔女や魔物とも全く異なる生き物でありながら、正しく魔力を持つ人間だった。


「しかし以前にもちと話したと思うが、名付けには相応のリスクが伴う。古の神々の命名を上書きする魔法だからのぅ。ある程度その者に相応しい名でなければ、世界に間違った報告をした罰として呪われるという訳よ」

「世界に呪われる?」

「そう、この世界の法に逆らい、神に与えられた器の形を勝手に歪めた罰」


 魔女達は世界が与える呪いを恐れている。呪いの種類も数多あれど、それは例えば、魔物供の飢餓感。

 魔物とは、古き時代に十二の獣が魔力を得た【十二始祖】の子孫である。彼らは、古代神に与えられた器を、契約も介さず魔神の血肉を盗み喰いした事で、魔力に適した化け物の姿へ歪めてしまった。

 故に彼らは罰を受け、末代に至るまで世界に呪われている。何を喰らっても何を費やしても、魔物供は満たされる事のない飢餓感や憂鬱感に襲われているのだ。


「そ、そんな恐ろしい魔法を、先生は二つ返事で、出会ったばかりの俺に……?」


 もう一人の愛弟子・トットは青ざめた顔でレオナルドを見上げている。彼はもともと魔力の素質を持つ狼だったが、この白き魔女より名前を授かったことで、魔力の増幅に至った。以来レオナルドを先生と呼んで慕っている。

 ちなみに、ただの狼であるトットは何故、名付けの魔法を知っていたのか。それはかつて、宿敵たる伏魔族と遭遇した事に起因する。

 伏魔族は産まれてすぐ族長より名前を授かる習性を持つ。名付けで付与された強い魔力と不死性を誇示するかのように、森を荒らして回っているのだ。奴らの会話を盗み聞きしたトットは「何かよく分からんけど強い奴に名前を付けられると強くなれる」と学習したのだった。


「うむ、まぁ、儂らぐらい魔力の扱いに長けた者ならおちゃのこさいさいよ」


 レオナルドは手のひらでぽんと胸を叩いた。


 そもそも魔女とは、そこら辺の魔物と比べればかなり魔力濃度が高く、魔法を扱うに適した生き物だ。

 彼女達はもともとただの人間だった。魔神を信仰し正式に契約したことで、新たな名を与えられ、魔力を植え付けられ、魔女の器を得た。

 本来の古代神に与えられた器の形を歪めた、という点では魔女も魔物も同じと言えるだろうが、魔神との契約を介し臓物を捧げたことで、レオナルド達は世界の呪いを受けずに済んでいる。これもまた「法の抜け道」というやつだ。

 まぁ、五臓六腑の殆どを捧げるついでに、魔神の好奇心によって、胸と下腹部辺りの皮膚を大きな丸型に二つ切り取られ、伽藍堂の鈴のような体内には手創りの宇宙と星屑を詰め込まれてしまったが。レオナルド本人は特に気にしていないので問題無いだろう。むしろ人型プラネタリウムみたいでキュートな姿だと自負している。

 さらに言えば、体内の星が陰るのが気持ち悪いと言って、胸下から下半身にかけて衣服を身に付けていないこともままある。今だって、レオナルドの着衣は上半身ゆったりした袖の白いレースがあしらわれたネグリジェのみで、下は何も履いていない。とはいえ、彼女の下半身の大事な部分はごっそり削り取られた穴ぼこなので、コンプライアンス的にぎりぎりセーフである。多分。

 とにかく、このようなおかしな体を得てしまった甲斐もあり、レオナルドは魔物の祖たる十二始祖が一人、レイミアと張り合うほどの魔力濃度を有しているのだった。


「じゃあさ、魔法と魔術ってどう違うの?」


 テオドールが挙手して質問した。


「これも良き質問よのぅ」


 魔法とは前述の通り、古代神の法に干渉する魔神の法のこと。

 魔術とは、魔力を持つ者が魔法を扱う為の術式のことである。


「魔法は法だと述べたが、そもそも神々の法則なぞ常人には理解できん。読解不可の言語で記された複雑怪奇な問答のようなものだ。人の子が神々の問い掛けを無闇に解き明かそうとすれば気が狂う。それを解く為の術式、謎を紐解く鍵、すなわち魔神の教えの解釈、それこそが魔術なのだ」

「やば、よく分からんくなってきた」

「俺も」

「そうかね? では極端な例えではあるが、魔法は『どこかしら行けるドア』、魔術は『そのドアを開ける鍵』とでも捉えておけば良かろ」

「あー、すごい分かりやすくなった」

「先生やっぱ教職向いてるな」


 レオナルドは指を鳴らして、今度は三枚のタロットカードが表を向いた。【嘘偽り】【蛇】【闘い】のカードである。決して良い予感のしないそれらに、魔女は小さく唸って苦笑いした。


「ではここで問題。お前さん達が魔法…例えば変身術という名のドアを使った後、悪い魔物がそれを解き明かして、鍵穴を全く違うものに置き換えてしまったら、どうすれば良い?」


 唐突な魔女の問いかけに、テオドールはぱちぱちと瞬きする。トットが所在なさげにふわふわのしっぽを揺らした。


「魔物ってそういう嫌がらせもすんの?」

「うん? まぁできる奴もおる。最近何かと物騒だしの。森の奥では魔物共が勢力争いで騒いでおるとも聞くし、闘いに巻き込まれぬよう気をつけねばなるまい」


 レオナルドの説明に、トットは頷く。

 魔物たちは基本的に、自分の種族以外の魔物は敵視している。彼の宿敵たる伏魔族も、神猿族とは特に仲が悪く、闘いが絶えないと聞く。


「変身術…俺が狼から人間に変身した後、魔物が魔力で干渉したせいで、戻れなくなっちまった、みたいな事か?」

「如何にも。勿論最初に持っていた鍵は合わんので、ドアは開けられぬ」

「はい! ドアをぶっ壊して戻る!」

「残念脳筋バカかよ。ドアは魔法の例えなんだぜ。法に逆らうと痛い目見るって話をしてただろ」

「えー」


 弟弟子の冷静なツッコミに、兄弟子は不満そうに頬を膨らませる。レオナルドがうんうんと頷く。


「そう、術者本人は鍵が違えば解けなくなるが、とはいえ無理にドアを壊そうとすれば罰として呪いが降りかかる。それに対して、外部からドアを細工することは実質ノーリスクなのだ。魔術の構築式、つまり鍵の形さえ知って居れば、それは他愛無い事よ」


 これもまた、魔力を持つ者が故意に相手を呪う方法の一つ。

 この条件を満たすのは、同じ魔神の術式を知る者に限るが。


「うーん、この細工された後のドアの鍵穴にも、それを開ける鍵ってあるんだよね?」

「勿論。外から鍵が掛けられている。故に内側に居るお前さんには、この鍵を見つけられん。もしも魔物が気まぐれに、合い鍵を内側に隠していれば話は別だが。まぁ期待はせん方が良かろ」

「じゃあ、急いで新しい合い鍵を作るとか?」

「それも一つの答えよの。勿論、上書きされた魔術の構築式を導き出すのに何百年何千年かかると知れんが」

「全然ダメじゃねぇか」

「じゃあ、分かった。ドアをぶっ壊して呪われた上で、その魔物をぶっ倒してドアを戻してもらって……あれ? 訳わかんなくなってきたな」

「お前さん達は本当に面白い考えをするのぅ」


 レオナルドは楽しそうに笑う。

 彼女は魔法の専門家で、常日頃魔術や占い術の事ばかり考えている変人なのだが、これまでは同居している魔女二人以外、魔法について語り合う同士がいなかった。それに、エリーザは薬草調合や成長魔法などの単調な術式専門で、ジャンヌは剣魔法専門だ。勿論彼女たちも優秀な魔女ではあるが、レオナルドのような複雑で多種多様な魔法を扱うテクニカルな魔女とはまた、分野が異なる。

 たまに気が向いた時、草原に赴いて魔蛇レイミアとも意見を交わしたりはするが、あの蛇は怖いし嘘吐きだし生理的に無理なのであまり近づきたくない。

 だからこんな風に、魔法について一生懸命学び、熱心にレオナルドの話を耳を傾ける弟子達の存在が、愛しくて微笑ましくて仕方ないのである。


「さて、こういった状況の打開策は、実は幾つも答えがある。今の未熟なお前さん達に全部解説するのは正直無意味なので、一番簡単で安全な方法を教えておくとしよう」

「ハッキリ言うよなぁ」

「素直に傷付く」


 五枚目のタロットカードを表に返す。そこには三人の【魔女】の絵柄が描かれている。


「誰かに助けを求める事、だ」

「え?」

「外から鍵を掛けられた魔法なら、内からは難しくても、外からは簡単に解くことができよう。幸いにもお前さん達には、素晴らしき魔女の師が三人も居る」


 歌うようにそう言って、レオナルドが両手を広げる。ふわり、タロットカードが円を描いて舞い踊り、彼女の周りを飛び交う。白いレースと白銀色の髪が月光を弾く。腹の星屑に照らされた魔女は、神話時代を語り継ぐ巫女のように美しかった。


「助けを求める事だ。牙も揃わぬ弟子達よ。儂らはいつだってお前さん達を迎えに行く。肝に銘じておくが良い」


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