魔女と弟子
第1章開幕です!
とはいえ今回は登場人物の説明で、物語は進行しません。
人の目の届かないケガレの森の奥の奥、谷の狭間の湖を臨む屋敷には、三人の魔女と二人の弟子が住んでいる。
エリーザという魔女は、かつては人間の医者だった。その聡明な頭脳の大部分を魔神に捧げたことで、魔女の名を冠した。お陰で人間だった頃の記憶は殆ど無い。今では伽藍堂の頭の中に巣食った【脳蟲】が、主な行動の司令塔を担っている。
ジャンヌという魔女は、かつては王宮の騎士だった。忠義に燃えるその心臓と熱き血を魔神に捧げたことで、魔女の名を冠した。彼女は傷を負う度に肌を燃やし、醜い火傷の痕を負う。背中の傷は癒えることなく、そこから青い業火の腕を生やしている。
レオナルドという魔女は、かつては隣国の聖女だった。神聖なる処女の臓物を異教の神に捧げた事で、魔女の名を冠した。空っぽの腹部は丸く皮膚を切り取られ、体内に魔神の創った仮初の宇宙を植え付けられ、光の絶えない星屑を宿している。
トットという弟子は、かつては無力なはぐれ狼だった。天敵の伏魔族に目の前で家族を嬲り殺され、弱肉強食な世界の生き辛さを悟った。生き残る為に魔女に弟子入りし、強さとは何かを学ぶようになる。
テオドールという弟子は、かつては無名の肉塊だった。父たる魔神の気まぐれで創られ、気まぐれで捨てられたが、三人の母たる魔女に育てられてすくすく成長した。ただ魔女達の役に立ちたいという理由で弟子入りし、魔術を学んでいる最中である。
神の贈り物、という大層な名を魔女に与えられたテオドールが、人間らしい姿を得てから、約一ヶ月。
ようやく手足を自由自在に動かせるようになったテオドールは、万能感に満ち溢れていた。生まれてから何年も、皮膜の中でじっとしていた赤ん坊が解放されたのだ。力は有り余っていた。リハビリと称して毎日、トットと一緒に近くの森を走り回るほどに。
「狼のトットはまだしも…、人間の子とは、こんなにもエネルギーに満ち溢れたものなのかしら?」
名付け親のエリーザは、仔の著しい成長と活気に驚いていた。
「テオドールの奴がちょっと変なんだって。やっぱり名前が強過ぎた?」
ジャンヌは眉をひそめて指摘する。名付けが原因で仔が過分な力を得たのではないか、と心配していた。
「案ずる必要は無かろ。名付け親であるエリーザに、反動の呪いがかかっておらぬ。という事はつまり、坊やの元々のポテンシャルが高いという事よのぅ」
レオナルドは好物のホットミルクを飲み干して、満足そうに微笑んだ。
話はそれで終わった。三人はそれぞれ口にしないまでも、同じようにテオドールという名の人間を愛しく大切に思っていたので、彼が毎日元気で楽しそうに走り回っているなら、それで良かったのだ。
テオドールは人間で言うところの七、八歳ぐらいの男の子に育っていた。癖のある黒髪は仔山羊の毛みたいに柔らかく、肌は青白く、薄紫色の瞳はきょろりと大きくて獣じみているが、笑うと愛嬌のある顔になった。総じて可愛らしい少年だ。天神乱漫で無垢で、何事にも興味津々な好奇心の塊。野うさぎを見かけては「おもしろそ!」と考え無しに巣に突っ込んでいくので、トットや魔女達はハラハラして追いかけなければならなかった。
何だか、オズワルド様が人間の子だったらこんな姿かも知れないわ、とエリーザは脳の片隅で考えていた。
二人目の弟子・トットは変身術によって、目つきの悪い焦げ茶色の髪の少年に化けることができた。彼は鋭い牙と爪を持っていたが、兄弟子であるテオドールと遊ぶ時はそれらを隠すよう努めた。弟弟子というよりむしろ、面倒見のいい番犬のように、テオドールを見守っていた。彼は無意識の内に、テオと殺された小さな弟を重ね合わせていたのかも知れない。
対するテオドールは、自分に弟弟子が出来たことが嬉しくて仕方無いらしく、無闇矢鱈にトットを構いたがった。ペットを可愛がり過ぎてストレスを与えるタイプの仔供だった。
エリーザは二人の弟子の為に、莇をすいて紡いだ糸で作ったお揃いのブラウスシャツとハーフパンツを着せてやった。お揃いを身につけた弟子達は、まるで本当の兄弟のようだった。




