君が生まれ変わった日
レオナルドはトットと名無しの仔を連れて、一目散に魔女の屋敷へと戻ってきた。そこでエリーザとジャンヌに、自分の推察を話した。
「解呪の条件は恐らく、名付けだ」
「「名付け?」」
二人の魔女は同時に聞き返した。
「名は体を現す。ほれ、儂らの可愛い坊やをご覧。魔神殿より『無名』の称号を冠した坊やは、皮膜のコーティングがなければ肉が崩れて形を保つことさえできん。今のままでは、坊やは何者にもなれんのだよ」
「つまり名前を与えれば、人間の形を得る、と? そういう事ですか?」
「エリーザよ、お前さんは忘れてしまったやも知れんが、かつて人間だったお前さんも、人の名を捨てて魔神殿より魔女の名を与えられたことで、その美しい案山子のような形を得たのだ。それと同じ事よ」
「あら、そうなのですね。昔の事はあんまり覚えていなくて…」
「あー、とにかく、ガキに名前を付ければいいんでしょ? それなら納得がいく。あのクソ蛇もその方法を知ってたんだ」
「レイミアが?」
「そう。あいつ、ガキを見て『正しい形にしてあげる』『代わりにうちの子にしてあげる』って言ってた。今思えばあれは解呪に対する正当な対価じゃない。本当は『名付け親になってやる』って意味だったんだね。マジでホラーだわ」
「成程の。しかし、彼奴のような太古の魔獣が、坊やに名と魔力を与えれば、最悪十二始祖の均衡が崩れる。戦争待ったナシよ。断って正解だったのぅ」
ジャンヌとレオナルドは深く頷き合う。ぼんやり話を聞いていたエリーザも、「どうやら、名付けの儀式というのは、本当に大切なものなのだわ」と納得し始めた。
トットと名無しのドゥは、話についていけずにテーブルの下でおはじき遊びをしていた。
「それで提案なんだが、坊やの名付け親は、エリーザが相応しいと思うてな」
「え」
「それはそう。だってエリーザが一番世話してるし、初めに主君から預かったのもエリーザだし」
「えっと…」
名指しされたエリーザは困惑する。
魔神の仔の名付け。解呪。仔の人生を左右する責任感。これらの情報量は既に、脳みそが空っぽのエリーザのキャパシティを、遥かに凌駕していた。
いつだって、想定外の事が起きた時は、頭の中の脳蟲に選択を委ねてきた。エリーザは咄嗟に頭をノックして脳蟲に指示を仰ごうとする。が、その直前で手を止めた。これは脳蟲ではなく、エリーザが決めるべきことだった。
「ええ、任せて頂戴。エリーザは、この子の名付け親になるのです」
その日から三日三晩、エリーザは脳蟲の指示を無視し続け、ひたすら机に向かっていた。ブツブツと何かを唱えて羊皮紙や机の脚や床に殴り書きして、空っぽの頭を抱えて呻くのだ。普段ぼんやりとして、滅多なことでは動じない彼女にしては珍しい姿だった。
「エリーザって意外と、ノイローゼになりやすいタイプだったんだ…」
ジャンヌは哀れむようにそう言って、エリーザの代わりに苦手な料理に取り組んだ。レオナルドは屋敷の掃除と慣れない畑仕事で腰を痛めた。新入りのトットは、ひたすら薬草の収穫と調合を手伝わされた。名無しの仔はそれを応援していた。
「テオドール」
そして遂に、その時が来た。
エリーザが名無しのドゥ、案山子の下の仔、カボチャ畑の泥被り。つまり彼に、名前を付ける瞬間が来たのだ。
「テオドールはどうでしょう? 神の贈り物、という意味です。長ければ略してテオと呼んでも…」
「また古風な名前だね。まぁいいんじゃない?」
「神を意味する響きはちと強過ぎる気もするが、不相応という程でもなかろ。うむ、良い名だ」
「テオドール、どうですか? 貴方は気に入りましたか?」
「うん!」
力強く、名無しのドゥ…否、テオドールは返事をした。それは産声と言うには余りにも強い意志と意味を持っていた。魔女達が息を飲んで見守る中、肉塊の仔はみるみる姿を変えていく。
「おれ、テオドール、うれしい、ありがと」
醜く崩れていたはずの口が正しく動き、手足は胴体に繋がって、脳と心臓と腸は正しい位置に収まった。皮膜が破れ、羊水が弾ける。サナギから蝶が羽化するかのように、名前を与えられたテオドールは今、正しい形に成って生まれ変わった。
「エリー、ジャン、レオ。だいすき。だいすきだよー」
人間の少年の姿を得た仔、テオドール。彼は大好きな魔女達に、生まれてからずっと伝えたかったことを、告げた。
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お読みいただきありがとうございます。
ここまでがプロローグです。長。
この物語の主人公はテオドールではなく、彼を見守る三人の魔女達なのですが、テオドールは語り手兼マスコットキャラでもありますので、今後も概ね彼視点で物語が進行していきます。
稚拙ではありますが、お時間と心に余裕がありましたらお付き合い下さい。




