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魔女と蛇

 さて、名無しのドゥが魔女の屋敷で暮らすようになってから、三年の月日が流れた。

 仔は意外なことに、まだ死んではいなかった。むしろ近頃は、皮膜を突き破らんばかりに手足が伸び、中を満たす血の量もいくらか増えたようだ。相変わらず泣き声のひとつも上げないが、何か言いたげに肉塊を動かして、その音やジェスチャーでコミュニケーションを図ろうとしている。その動きは益々化け物じみていたが、魔女達は仔の成長を素直に喜んだ。


「流石は主様の仔、成長が早いですわ」

「エリーザの飯が美味いからでしょ。にしても…ここまで生命感強まってくると、何とかしてやりたくなるわ」

「何とかって?」

「なんて言うか、せめて話ができるようにしてやりたい、とか? いつまでもガキを赤ん坊扱いするのも変でしょ。器は人間なんだから」

「ふむ、ジャンヌの言うことにも一理ある」


 三人寄れば何とやら。魔女達は名無しの仔を人間の形にする為、知恵を出し合った。


「そもそも主君は、どうやってあのガキを創ったわけ? 私達の血肉を使った割には、どのパーツも赤ん坊サイズだったじゃん」

「主様は…確か『完成直前で壊れた』と。恐らく、当初の予定では、普通の人間の大きさに膨張することで完成する試みだったのではないかしら? 膨らし粉を入れたパンみたいに…」

「ふぅん、その時与える魔力量の計算が狂って四肢爆散したってわけ? もしくは他人の肉片同士を繋ぎ合わせた結果、拒否反応が生じて結合が緩くなったの?」

「いや、魔神殿の偉大なる計画なぞ、儂らのような魔女に理解できる筈もなかろ。何にせよ、坊やの生命構築術式の解析が必要不可欠なのではないかね?」

「はぁ? それこそ理解できるわけないじゃん。見たことも無い神々の問いかけを、途中式も方程式も無しの暗算で解き明かすようなもん」

「もしくは魔法の上書きなら…? 術式を上から変換させ、ドゥを人間の形に創り直す…いえ、そもそも完成された術式に干渉するなら、主様の残した抜け道を見つけなければ。そんな大それた事、エリーザ達にできるかしら」

「ふむ、こういう複雑な呪いは、実際解くとなると存外単純だったりするものだ。どれ、試しに坊やにキスでもしてみようか」

「やめた方がいいんじゃない。今、あのガキの口の裏側に睾丸が貼り付いてるから」

「あら、本当に男の子だったのですね」


 魔女達の会議は何日にも渡って繰り広げられたが、具体的な解決策は得られず、さらに数ヶ月が経過した。エリーザが毎日祈りを捧げても、魔神オズワルドからはなんの応答もなかった。魔女達に預けた仔のことなど、綺麗さっぱり忘れている可能性が高い。




 晴れた日曜日の昼下がり。三人の魔女と仔は、黄金色の草原まで足を運んだ。ジャンヌの手には、サンドイッチと鳥の卵と赤ワインを詰め込んだ大きなバスケットがあったが、彼女たちは決してピクニックに来た訳ではない。


「レイミア、居るかね?」


 草原の真ん中にポツンと立った林檎の樹に、レオナルドが呼びかける。すると、目的の彼女はじわじわと身体の色を変え、姿を現した。


「なぁー、にぃ?」


 間延びした、独特の喋り方。黄金色の大蛇のような鱗付きの下半身と、黒髪の美しい女の上半身。魔蛇レイミアである。

 レイミアは元々ただの長生きな蛇だったが、魔神オズワルドの血を飲んで魔力を手に入れた事で、美しい人間の姿に化けることができる。実は三人の魔女達がかつて人間だった頃に、オズワルドと契約するように誘惑したのは、この小賢しい蛇、レイミアだった。

 頭が良く、長生き故に物知りで、嘘つきで、気が狂っていて、信用ならない。三人の魔女達、特にエリーザは、このレイミアという蛇が苦手だった。


「眠そうだの。急に起こしてすまなんだ。実はひとつ、お前さんに聞きたいことがあって訪ねたんだが」

「なぁ、にぃ、レオニャちゃぁん」

「この仔…魔神殿がお創りになった生命だが、年月を重ねればそれとなく成長するものの、全く喋るようにならん。膜の器も不安定で、いつ潰えるとも知れんのだよ。お前さんなら、この仔がどうすれば人の子らしく生きられるか、知っていると思ってな」

「ンンンー?」

「もちろん、タダでとは言わんぞ。教えてくれたら、エリーザお手製の卵サンドイッチとゆで卵盛り合わせ、野ねずみの赤ん坊、それに人間の村から取り寄せた高級な赤ワインを…」

「いら、なぁいぃ」

「え?」


 ぐるん、とレイミアは身体をくねらせ、波打つように木から降りて、エリーザの抱っこする仔を覗き込んだ。ギョッとして、エリーザは一歩後退り、仔を守るように抱き締める。それは脳蟲の下した指示より早く、エリーザの体を動かした母性本能だった。


「この子を、正しい【形】に、して、あげるぅ」


 レイミアは、呪われた惨めな姿の赤ん坊が愉快で堪らないみたいに、ぐつぐつと喉の奥で笑った。


「そのか代わり、うぅちの子、に、してあげる、ねぇ」


 おぞましい。三人の魔女はこの蛇に対して、明確な恐怖と敵意を抱いた。彼女達の反応は正しい。レイミアは正しく貪欲な蛇で、卵と赤ん坊を食すのが大好きな悪食家だった。

 すぐさまジャンヌは剣を抜き、音もなく、レイミアの首を切り落とす。


「断るに決まってんじゃん…」


 ジャンヌが不機嫌そうに言うと、落ちた蛇の首はゲラゲラと笑いだした。


「あぁん、ひ酷い、わ、ぁぁ」

「気持ち悪…」

「ジャン、あたしのこと、ぉ、きらいぃ? げらげらげらげら!」

「あー、もういいよ。レオ、こんなクソ蛇ホラー女に頼るぐらいなら、一生ガキがこの姿の方がマシ」

「うむ…それはそうかも知れんが、レイミアの口振りからすると、やはり何かしら解決策を知っているのではないかね?」

「知って、るぅ、よぉーーー、きゃははっ!」

「どうせ得意のハッタリでしょ」


 魔女達は名無しのドゥを連れて、草原を後にした。エリーザはまだどくどくと心臓が嫌な音を立てていて、振り向くのも恐ろしかった。


「き気が、向い、たら、また来てねぇえ、あたしぃ、君達がだぁい、すき、なの!」


 いつの間にか首と身体を繋げ終わったレイミアは、ゾッとするほど美しい笑みで、いつまでもいつまでも、可愛い三人と呪われた赤ん坊を見送っていた。

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