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捨てる神あれば拾う魔女あり



 この物語は暗い森の奥の奥から始まる。始めに、魔女は三人いた。


 一人目はエリーザ。若葉のような緑の髪が肩までの緩いウェーブを描く、すらりと背の高い女性で、全身ツギハギの肌を持つ。藁よりも軽い頭の中に、考える蟲を飼っている。


 二人目はジャンヌ。黒髪に碧眼を持つ彼女は、普段は四本腕の大鎧の中にいる。背中から首にかけて蒼く燃え続ける火傷痕を負い、美しい顔をいつも不機嫌そうにしかめている。


 三人目はレオナルド。鬣のように豊かな白髪を腰のあたりまで伸ばし、銀色に濁った眼は、白いレースの包帯で隠している。透けた腹部の内側に、小さな星屑を住まわせている。


 魔女の異形は、ある願いを叶える為、魔神オズワルドと契約した時の代償だった。

 エリーザは聡明な頭脳を。

 ジャンヌは心臓と生き血を。

 レオナルドは五臓六腑の殆どを、畏敬すべき魔神に捧げた。

 彼女達は血縁者でもなければ、もともと知り合いですらなかった。ただ同じ神を信仰し、同じ日にサバトに参加しただけだ。そこで魔女狩りに捕まって、狭苦しい檻に閉じ込められ、口にするのも憚られるような酷い拷問を受けた。支えとなったのは、世間では異教とされる信仰と、同じ檻に入れられた同志の少女達だけだった。

 霧に覆われた処刑前日の夜、三人で手を取り合って檻の外へ逃げ出すことが出来たのは、彼女たちの信仰する神の思し召しだったのか、それともただの僥倖だったのか。異形の魔女達は人間に追われ、生き延びる為に森の奥へと辿り着いた。湖のほとりに屋敷を構えて、今はそこで息を潜めて暮らしている。

 


 エリーザという魔女は、毎日毎日同じ時間に同じ行動を取る、機械仕掛けのような女だった。

 彼女は魔神との契約で脳神経の大部分を失っており、代わりに与えられた【脳蟲】が肉体への司令塔を担っていた。普段の生活をルーティーン化し、予め定められた命令を時間通りに実行するだけ。そこにエリーザの意思や感情は関与しない。何か異常事態が起こった時、彼女はコンコンと自身の頭をノックして、脳に巣食う蟲に指示を仰ぐのだった。

 その日も昨日と同じように、朝の五時きっかりにエリーザは目が覚めた。夜型のジャンヌと寝坊助のレオナルドはまだ眠っている。エリーザは信仰する神への祈りを捧げた後、顔を洗って、お手製のストライプシャツとエプロンに着替え、軍手と長靴を身に付けた。

 早朝の畑仕事はエリーザの仕事だ。魔女の屋敷では庭に畑を作っており、彼女たちはそこで野菜や薬草を育て、自給自足していた。植物の成長を促す魔法は、緻密な魔力操作と時間と集中力を必要とする。それは細かい手作業が全く苦にならないエリーザにとって、最も得意な分野だった。

 さて、エリーザの畑には大きく実ったカボチャがごろごろ転がっている。今が収穫時だ。魔女たちは皆、じっくり煮込んだカボチャとセロリとベーコンのスープが大好きだった。パンプキンパイやプリンにしても良い。

 食いしん坊な脳蟲の指示通りに、エリーザが畑に入ったのは六時丁度だったが、その直後に彼女の手が止まったのは予定外だった。

 侵入者が居たのだ。

 畑で一番大きなカボチャの上に、魔神オズワルドが腰掛けていた。


「やぁ、おれの忠実なる使徒、エリーザ」


 エリーザは驚いたような表情で、信仰する神の御姿を見つめる。咄嗟に頭をノックする。彼女の脳蟲が大慌てで司令を下すや否や、エプロン姿の魔女は膝が汚れるのも構わず跪いた。

 オズワルドは、顔を持たない異形の神だった。

 より正確に言うと、彼はかつて赤いマネキンのような美しい顔を持っていたが、今はそこだけスプーンでくり抜いたみたいに、まぁるく失っていた。断面は光を通さない深淵の色で、目も鼻も口も、何も無い。その代わり、頭部の上空に後光のような幾重もの黒い輪っかを浮かばせており、その邪悪な光は相手の心を見抜くと伝えられていた。


「…ああ、人間に捕らえられた時の傷は癒えたかな」

「はい、主様」

「あの時はおれの助け無しに、よくぞ試練を耐え抜いたね。流石におれの教えを乞うただけのことはある、聡明な魔女だ」

「有り難いお言葉、感謝致します。全ては主様のお陰です」


 実のところ、この残酷な魔神は、エリーザ達が魔女狩り軍に囚われていたことなど、対面して心を覗くまですっかり忘れていた。彼の力をもってすれば、人間達から三人の魔女を救い出すことなど、造作もないことだっただろう。しかしあの時、オズワルドはそうしなかった。

 何故か。それは面倒くさかったからである。

 彼は生きた人間など、殴れば音の出る玩具ぐらいにしか認識していなかったし、死んだ人間は音の出ない玩具だった。契約して魔女に堕落させた乙女に対しても、可愛い野良猫を餌で釣って気紛れにいたぶりたい、程度の愛情しか持ち合わせていなかったのだ。


「今日は頼みがあって来たんだ」

「はい、何なりと」

「お前は物分りが良くて助かる」


 魔神は黒いマントを翻して、そこからぼとぼとと濡れた物体を畑に落とした。

 エリーザは目を見開く。


「それは…」

「おれの仔だよ」


 エリーザの畑を血で汚したそれは、赤子のバラバラ死体だった。いや、正確に言えばそれは何人もの人間のパーツ、魔神と契約した人間から摘出した臓器や血肉の残骸だったのだ。


「お前達の塊と、おれの魂をかけ合わせたら、全く新しい人類が出来るかと思った。面白い試みだろう? しかし生命構築術式が狂ったのか、不純物が混じったのか、そもそも人間の器ではおれの魂濃度に耐えきれないのか…? 何もしてないのに、完成直前で壊れてしまったんだ…」

「おいたわしい…」


 命を悼む振りをする魔神と、心から冥福をお祈りする魔女。

 父(仮)と母(仮)の想いを一身に受け、爛れた肉塊はぴくぴくと痙攣してみせた。


「あら、まだ生きているのですか?」

「辛うじてね。我が仔ながら中々生き意地汚い」


 オズワルドはこの、汚らしくて死臭に満ちた呪われた我が仔の始末に悩んでいた。思い付いて作ってみたはいいものの、時折痙攣するだけで何の役にも立たない。いっそ燃やしてしまえばいいのだが、せっかく人間たちと契約して獲得した素材でできた「失敗作」だ。それがまだ生きているのなら、最後まで観察し記録を付けるのが研究者の役目だろう。

 だがしかしこの魔神、致命的なまでの飽き性かつ面倒臭がりなので、失敗作にそれほどの時間と手間暇をかけていられないのだ。


「それならば、エリーザ達が引き取ります」


 脳蟲の司令を受け、エリーザはそう答えた。跪いて、泥塗れの肉塊を拾い集める。


「主様の仔にしてエリーザ達の子。肉の繋がりは血の繋がりです。うちで育てましょう」

「そう言ってくれると思った」


 オズワルドは優しく微笑んで(少なくともエリーザにはそう感じ取れた)、畑のカボチャの上に落ちた仔の心臓を拾い上げた。「ジャンヌの捧げた心臓だわ」とエリーザは脳の隅っこで気付いたが、魔神の呪いを受けたその臓器は、かつてジャンヌの体内にあった時よりずっと小さく、硬い石炭のように萎れてしまっていた。


「では、さらばだ。案山子の下の仔、カボチャ畑の泥被り。お前に名無しのドゥの名を授ける」


 魔神の言葉でドゥとは「存在しない名」という意味だ。それを名付けるという事はつまり、「お前に付ける名前は無い」という、人の親としても創造主としても最悪の侮辱行為だった。

 しかしそれでも、名付けの儀式には違いない。魔神に「無名」を賜った仔の心臓は、どくりと薄紫色に燃え上がり、父から母の腕へと投げ渡された。


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