背中のボタン
「やぁやぁ、ユータロウ! おっはよー」
ミホはそう言って今日も、俺の背中のボタンを押す。
「ダァー!? お前それやめろって言ってるだろ!」
「なんで。毎日やってることじゃん。ほれ、ポチー」
「やめろ! これ何のボタンかわかんねーんだから!」
そう。背中に突然ボタンが現れてからもう一ヶ月。
それだけの時間が経っているにも関わらず、俺はこのボタンが何を起動させるものかをまったく把握できていない。
「押すたびに俺の身体に何か起こってたらどうするんだよ……」
「ないない。一ヶ月連続で押してるんだよ?」
「蓄積するタイプかもしれねーだろ! 気付かないうちに体内にでっかい何かが成長している可能性も無きにしも非ずだろ!?」
「その時は責任もって、私の人生をアンタの介護のために捧げてあげるよ」
「そんな覚悟で押してたの?」
ミホの場合は本当にやりかねないところがあるので怖い。
ボタンが出現した初日から何の躊躇もなく押してきたりと、昔からそういう謎の思い切りの良さがある幼馴染だった。
とはいえ、確かにボタンを押されたからと言って体に異常はない。
いや、体にボタンがある時点で異常ではあるのだが、それ以外は極々健康体と言っていい。
よもや背中のこれはボタンではなく、ただの蚊刺されなのかと思ってしまうほどだ。
「いや、それはないよ。もうあからさまにボタンだし。押したら基地が爆発しそうな真っ赤なやつ」
「そう思ってるのに押せるお前の精神性はどうなってんだよ」
「あと、押すとカチッてなるし。ほらー耳を澄ませてー」
「連打をすんな、連打を!」
もし本当にどこかで何かが爆発していたらと思うとゾッとしてしまう。
まぁこれだけ毎日押されていて何のニュースにもなっていないのだから、杞憂なのだろが。
それにしたって正体不明というのは精神がすり減るものだ。
「せめて何のボタンかぐらい書いといてくれよ……」
「それを探す楽しみができて良いじゃんね」
「そこに娯楽を見出さなきゃいけないほど、悲しい人生送ってないって……」
「あらゆるものから楽しみを見出そうって言ってんの。豊かになるよー、人生」
「あー……、お前が言うと説得力あるかもな。いつも勝手に楽しそうだ」
「でっしょー? むへへへ」
「……相変わらず、変な笑いかただな」
つられて俺も、へへへと笑う。
ミホといるといつもこうだ。結局最後は情けなく笑ってしまう。
丸め込まれているようで癪ではあるが、それが嫌かと聞かれれば……まぁ、もう慣れてしまったと言っておこう。
「はぁーあ、また病院行ってみるかな。どうせ大したことはわからないんだろうけど」
「お、いつ行く? あそこ、漫画のそろえがいいんだよね~」
「大した付き添いだこと……。また連絡するよ」
「おーう、待っているぞよ!」
背中がバンと叩かれ、またボタンが押し込まれる。
カチリという小さな音が、俺の耳の中でで静かに反響した。
反省点
・ボタンの正体について(描写するかは別の話として)自分の中での答えを出せなかった。
・1億年ボタンなど既存ネタでもいいので用意しておき、匂わせるなどをしてもよかったかも。