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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
全力疾走のガールズストラテジー

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2-10 名刺革命(1)

シルヴァークレスト商会のブランディング戦略が一通り終わって数週間が経った。今年の夏は記憶が飛び飛びになるほど忙しく、やっと落ち着いた時には初冬の11月に入っていた。

商会の建物に掲げられた新しい看板や制服、あちこちに使用されたロゴは、確実に人々の注目を集めていて、日に日に来客数が増えている。同業者からの偵察らしき視線も多い。


新しい制服は、群青色のような爽やかな青色に、シルバーのピンストライプが入った生地をベースに、黒やグレーをアクセントにしたシックでありながら華やかなデザインで、胸元には、ロゴが入った銀色のネームプレートが光っている。いまやソルディトでは、憧れの制服ナンバーワンだ。この制服を着ているだけで5割増しでモテると言われている。そして、ロゴが入った深い蒼色の紙袋にシルバーのリボンを結んだ包装は、贈答品の人気ブランドとしてボレアリス地方に定着しつつあった。




そんなある日の午後、レオン会長が現場視察という名のサボりに来ていた。最近はまるで日課のように薬売り場に顔をだすようになっている。


「やあ、アイリス。今日も忙しそうだな」


うん、毎日同じセリフ。キミは夕食時のお父さんかな? 正直、ちょっとウザい。


『会長は、お暇そうですね』


テオに心の中でサムズアップしながら答える。


「はい、会長。でも、新しいロゴ入りの薬袋のおかげで、トラブルは減りました」


「ああ、街を歩いていても、うちの包装が目に付くな。あの色はいい選択だった」


会長はあちこちの取引先に顔を出して新しい商会イメージをアピールしているようだ。外回りは準備も大変だよね、どうせ秘書任せだろうけどさ……あっ! 忘れてた!! 紙製品で一番大切なビジネスツールを!


「レオン会長! そう言えば、名刺にロゴを入れるのを忘れてました!」


「名刺? それは何だ?」


あれ? またこのパターン? レオン会長の目が輝きだしちゃったよ……デジャヴュ。


『アイリス様、この世界に名刺文化は無いので、高確率で商機になります。ですが、せっかくブランディング戦略が落ち着いたところに新規プロジェクトは……』


(テオ、言わないで)


気持ちはイヤイヤながら、顔は笑顔で説明をする。


「名刺というのは、自分の名前と所属、役職などが書かれた小さな紙のことです。初めて会う人に渡すことで、自分の立場を明確にし、信頼関係を築きやすくなります」


「ほう、そんなことで信頼されるものなのか、ただの紙だよな?」


会長が身を乗り出してきた。さらに説明を続ける。


「はい。例えば、不在の時にメッセージを残したり、商会の所在地を伝えたりするのにも便利です。なにより、商会のロゴと共に渡すことで、より印象に残りやすくなります」


レオン会長はしばらく考え込んだ後、少し首を捻りつつも頷いた。


「わかった。いまいち想像できないが、とりあえず作ってみるか。王都支店のデザイナーを呼んで、会議を開こう」


『アイリス様……先日、目立つ行動は控えると月詠草に誓ったばかりでは』


(テオ、言わないで)




5日後、会議室には王都支店から派遣されたデザイナーのルーシーさん、営業部代表のマークスさん、事務長のトバイアスさん、それにレオン会長と私が集まった。今日も副会長は不在だ。机の上には、何種類ものデザイン案が並べられている。


「このデザインは品格を重視しており、商会のロゴを中央に配置して──」


ルーシーさんが説明を始めた途端、レオン会長が首を振る。


「いや、もっと大胆に行こう。ロゴは左上に大きく配置して、右側に名前を大きく入れたい」


「でも会長、あまり派手すぎると品位が下がりますし、銀の面積が広いと単価が高くなります」


「トバ、心配するな。派手なのと上品なのは、別物だ。ルーシーならうまくやるさ」


名刺上級者の私も、張り切って意見を述べた。


「名刺はこのように持って、相手の方に差し出します。ですから、あまり指が重なる端っこの位置にロゴや文字を入れない方がいいですね。深い蒼の帯とシルバーのロゴにしたら、派手になりすぎることはないと思います。事務長がおっしゃるように印刷費用を考えると、会長や責任者の名刺だけシルバースタンプにして、一般社員の名刺はグレーで印刷するのも良いかと思います」


ルーシーさんが目を輝かせた。


「そうですね! 蒼の帯とシルバーのコントラストでバランスをとれば、品格のある印象的なデザインは可能です」


「なるほど、商会の理念である 『探究と信頼』 が伝わるな。だが文字の大きさは──」


「皆さま、営業部といたしましては、自己紹介時に使用すると聞きましたので、名前の位置は真ん中で一番目立つ方が──」


議論は白熱し、あっという間に2時間が過ぎた。最終的に、蒼の帯を左に入れ、左下にシルバーのロゴ、右側に名前と役職を入れるシンプルながら印象的なデザインに決定した。




数日後、最初の名刺が完成し、レオン会長は早速使ってみることになった。場所はソルディト商工会の月例会合。私も同席を許された。許されなければよかったのに……ちぇ。いつも年少扱いなのに、こういう時だけ成人扱いされる。15歳なんて、まだ中3だよ?


「本日は王都サピエンティナの王立商務院より、意見交換のために5名ほど参加してくださっています。会員の皆様は、最初に自己紹介をお願いします」 


議長の声が響いた。レオン会長が一番に立ち上がり、簡単な自己紹介の後、参加者全員に名刺を配り始めた。初めは戸惑いの声が聞こえていたが、やがて驚きの声に変わっていく。


「おや、これは便利だな。王都に戻っても見返せるではないか」

「なんと洗練されたデザインだ。ソルディト港のイメージかい?」

「住所も載っているのか。いつでも連絡が取れるのは便利だ」


『アイリス様、ただいま会話内容を音声分析中です。商談相手の声の周波数から、82.3%の確率で好意的な反応が──』


(テオ、人の声を分析しないで!)


『申し訳ございません。では表情分析に切り替えて──』


(……もう好きにしてよ。後で業種、年齢層別にデータをちょうだいね)




会合後、多くの商人たちがレオン会長の周りに集まってきた。


「レオン殿、この名刺とやらを、私にも作っていただけないだろうか」

「ぜひ、私どもの商会でも採用したい。貴殿の商会で取り扱っているのかね?」

「あの紙袋に使われているロゴとやらは、依頼したら作ってもらえるのかい」




その夜、寮の食堂で、私は他の従業員たちと夕食を取りながら、名刺の話で盛り上がっていた。

従業員全員に名刺が支給され、利用方法の説明会を開催したのだ。


「へぇ、やっぱりアイリスのアイデアだったのね。とりあえず、ザランさんと名刺交換をしてみたわ」


ミナさんが言うと、若い店員のトムさんが不満そうな顔をして言った。


「ミナちゃん、俺と1番に交換してくれよ。でもさぁ、本当に広まるのかな。ただの紙切れでしょ?」


「違うのよ、これは単なる紙切れじゃなくて、人と人を繋ぐ架け橋になるのよ」


「そうそう、僕なんか、お客様の名前を覚えるのが苦手だから、これをみんなが使うようになってくれると助かるよ」


何故か調薬室のサラさんとキオンさんが熱心に名刺を擁護してくれる。ありがたい。


「私は裏面を活用したいわね。効能メモを書いておけば、薬の説明もしやすくなるわ」


「ミナちゃん、そのアイデアはいいわね。私も、調薬の情報を書き込もうかしら」


みんなの意見を聞きながら、私は嬉しくなった。前世の当たり前が、この世界で新しい価値を生み出している。確かに名刺は私の発明ではないから、評価されることに後ろめたさはあるけど、この商会に合うように提案したり、みんなに浸透させるマネジメントは私が頑張ったことだ。胸を張って評価を受けようと思う。


評判は瞬く間に広がり、他の商人たちから「うちでも作りたい」という問い合わせが相次ぐようになった。




名刺が徐々に広がりを見せる中、ある日、レオン会長が真剣な顔で私を呼んだ。


「アイリス、名刺の作成依頼が増えてきたんだが、どう思う?」


「新しいビジネスチャンスになりそうですよね。どんどん依頼を受けるべきだと思います。今後、商人の方々や、地位のある方々は、自分の名刺を持ちたがるようになると思いますよ」


「うーん、ロゴ入り名刺は我が商会だけの特徴的なものにしたい気もするんだよな」


わからなくもないけど、名刺は使う人が増えれば増えるほど便利になるものだ。


「確かに、我々だけの特別なものにするという戦略はあります。ですが、名刺文化やロゴを広めることで、逆にうちの先進性をアピールできるとも言えますよ」


「なるほど。他の商会が真似をしても、最初に始めたのは我々だということは変わらないわけか」


「はい。それに、名刺を作る際のデザインや紙の質で、差別化することもできます」


レオン会長は、スッキリした顔で満足げに頷いた。


「わかった。では、注文は受けることにしよう。ただし、我々の名刺が一番格好良いものになるようにな!」




ある日、最初の名刺デザイン検討会議に参加していた営業部のマークスさんが興奮した様子で私のところにやってきた。


「アイリス! 名刺のおかげで、大口の契約が取れたんだ!」


「それは良かったですね。でも、名刺のおかげって?」


「実は、ヴェルダーシア連邦から来ていた商人と商談をする予定だったんだが、通訳が間に合わなくてな。だが、ヴェル語で作っていた名刺を見せながら自己紹介したら、ロゴと役職を見て信用してくれたんだ。他所の商会に取られずに、後日、通訳付きで正式な商談ができたよ。ついでに名刺の大口注文もとってきたからな!」


他の営業部員からも、次々と成功例が報告された。


「私の名刺を受け取った商人が、知り合いを何人も紹介してくれました」

「名前と顔を覚えてもらえて、二度目の商談がスムーズでした」

「商会の場所を尋ねられた時、すぐに名刺を渡せて便利でしたね」

「毎回、名刺に言葉を添えて渡していたら、5回目で頑固な職人さんが仕事の提案をうけてくれました」


その後、名刺の評判は更に広がっていった。特に、帝国語などの外国語で作った名刺は外国人との商談で重宝がられ、商会の国際的な評価も上がっていった。営業部員は、裏側がアザランス帝国語で表記されている名刺と、裏側に商会の地図が載っている名刺を使い分け、営業成績に名刺効果が出ていると言われるようになった。




「ねえ、テオ」 その夜、窓辺の月ちゃんに水をやりながら、私は呟いた。


『はい、アイリス様』


「名刺って、トムさんが言ってたように単なる紙切れだけど、強力なビジネスツールよね」


『そうですね。アイリス様が前世の知識を活かして、この世界に新しい文化を根付かせようとしているのは、とても素晴らしいことです』


「明日は名刺をもっと使いやすくする工夫を提案しようかな」


『素晴らしいアイデアが生まれそうですね。また、忙しくなりそうですけど……』


テオの声には、いつもの分析的な調子の中に、少し期待に似た響きが混ざっていた。この小さな紙切れが、この世界にどんな変化をもたらすのか、私も楽しみだった。









活動報告に、制服のイメージイラストを載せましたので、興味がある方はご覧下さい(_ _*)



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