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1-2 便利ワード『異世界あるある』

ふぅ、やっとの思いで家に辿り着いた。安心感かな? 一日の疲れが一気に来た気がする。いや、違う違う、一日の疲れどころじゃない。終電まで仕事して帰る途中で車に跳ね飛ばされて、そのままここで薬草売りを始めたのだ。30時間くらいは寝てない感覚。満身創痍って今の私のためにある言葉だわ。間違いない。




ここは町の中心からは少し外れた小さな一軒家だ。

淡いクリーム色の漆喰壁に、深緑色の扉と窓枠。屋根は赤茶色で、その上には小さな煙突が見える。いかにも『ヨーロッパの田舎風の家』だ。庭には今は使われていない狭い薬草畑が広がっている。アイリスの記憶によると、両親が健在だった頃は、この畑で様々な薬草を育てていたらしい。今は雑草が生い茂っているけど、それでも薬草の香りがかすかに漂ってくる。




「アイリス、この青い花はね、少し苦味があるが咳止めに効くんだよ」


優しい声で畑で育てている薬草の説明する父の姿。

隣で頷きながら水を撒いている母の姿。


「わぁ、きれい!」


幼いアイリスが花を摘む。両親の笑顔が、陽の光に包まれている。




胸に微かな痛みを感じながら、玄関へ向かう。余裕ができたら薬草畑も復活させなきゃと、私は頭の中の今後の目標メモに追加した。




重い扉を押して中に入る。家で土足って落ち着かない。

えっと、まずは、オイルランプを明るいうちに点けとかないといけないのか。AIスピーカーに全部やってもらってたから落差がすごい……それに、アイリスはでかける時も、寝る時も鍵をしてなかったけど、さすがに鍵は閉めとこう。明日からは、出かける時も忘れずに鍵をかけなくては……まぁ、すぐ割れそうな窓なんだけどね。セ〇ムもほしい。


入ってすぐの空間は、リビングだ。小さいながらも居心地の良い空間。暖かい色のファブリックを使ったソファと1人がけの椅子。落ち着いた木製の家具が並び、椅子の上には、薬草関係の書物が積み上げられている。その奥はダイニングキッチン。3人がけの丸テーブルと、使い込まれたシンプルな調理器具。水は上水道があるけど、火はカマドです。はぁ。

勝手口のそばには、薬草の仕分けに使われている大きなテーブルがあって、そこが私が今朝目覚めた場所だ。


左に進むと、二つの寝室がある。一つはアイリスの部屋で、もう一つは両親の部屋だ。アイリスの部屋には、小さな机と本棚。薬草の図鑑や植物学の本が並んでいる。両親の部屋はずっと閉めたままだ。アイリスには荷物の整理をする気力はなかったようだ。


そしてさらに廊下の奥に、父親の調薬室がある。ドアを開けると、薬の香りが漂ってくる。父親が亡くなった後、薬屋を畳む時に引き上げてきた様々な器具や瓶が雑然と並べられている。ここではあまり調薬をしていなかったけど、たまに材料の下準備をする時に使っていたようだ。



「アイリス、見ていてごらん。この根っこをこうやって刻んで……」


父の大きな手が、丁寧に薬草を扱う。幼いアイリスは、目を輝かせて見つめている。


「すごい! 色が変わったわ! 私もいつかお父さんみたいになれるかな?」


「もちろんさ。お前ならきっとできるよ。お前のお祖父さんは緑知の指を持っていたからな」


父の笑顔が、暖かく包み込む。




記憶が現在に戻る。アイリスは調薬にとても憧れていたようだ。薬草は原料で、薬は製品って感じみたいだ。いつか、ここで薬を作れるようになるといいな。


水回りを確認してビックリした。


「え? 水洗トイレ? マジで?」


驚きのあまり、大きな声を出してしまった。近世ヨーロッパ風の世界なのに、水洗トイレがあるの? ここってもしかしてテーマパーク? テクノロジーの進み方がおかしいでしょ。市場のトイレは水洗じゃなかったし…………まあ、異世界転生あるあるってところかな。うん、あるある。


アイリスの記憶を探ってみると、お父さんはアザランス帝国という最先端技術の国で薬の修行をしてきたらしい。そこで体験した水洗トイレをお母さんのために作ったようだ。詳しくはわからないけど、井戸から水をひいた特殊なタンクと、薬草で分解させる浄化槽を使っているようだ。

異世界転生あるあるじゃなくて、溺愛あるあるだったのか。




さて、一通り探検は終わったし、夕食を作らなくては。カマドをおこして、市場で買ってきた串焼き肉と野菜を炒める。塩コショウとスパイスが効かせてみた。いい匂い……お腹が鳴る。

台所には2段式のカマドがあって、上の段で調理を、下の段でお風呂のお湯がわかせるようになってるみたいだ。これも帝国の最新式なのかな? アイリスはよくわかっていないようなので、私にもわかりません!


お肉のためにカトラリー探していたらお箸があった。アイリスの記憶を辿ると、この国でも箸を使う文化があるらしい。うんうん、紛れもなく異世界転生あるあるだね。市場にお米も売ってたもんね。探せば、お醤油もありそう。『異世界転生あるある』って便利ワードすぎる。


栄養たっぷりの美味しい食事を終え、後片付けをしながら、市場の帰り道のことを冷静に思い出す。 石鹸やシャンプー、さらにはマヨネーズのようなものまで売られているのはチェック済みだ。異世界転生小説でよくある『現代知識チート』でお金を稼ぐのは、無理そう。まぁ、石鹸やシャンプーの作り方は知らないけどね。


私の武器は……そうね、前世の何でも屋コンサルで覚えた知識と根性かな。それと、アイリスの薬草知識。アイリスの体に宿った私、アヤメの特殊な状況。二つの人生の知識と経験を組み合わせれ ば、きっと何かできるはず。




ふと一番王道の『異世界転生あるある』を思い出した。


「そういえば……ステータス画面とかないのかな」


半信半疑で、声に出して言ってみる。


「ステータス?」


何も起こらない。それならば


「ステータス!オーープーーーン!!」


それっぽく両手を高く突き出して、大きな声で叫んだ途端、目の前に半透明な青緑の画面が音もなく浮かび上がった。


「えぇぇ! 待って、本当にあるの?」


めっちゃビックリした。 アイリスの記憶にステータス画面はなかったぞ。どゆこと?

画面の左側には、一般的な項目が並んでいる。


─────────────────

 【名前】 アイリス・ヴェルダント

 【年齢】 12歳

 【職業】 薬草売り

 【スキル】 緑知の指

 【所持金】 61銅貨

─────────────────


「はぁ?」


魔法はないけど、スキルはあるの? ってか、これってアイリスのお祖父さんが持ってたってやつ? スキルって遺伝性? 私、若干パニック?

画面のスキルの文字に触れても説明が出ないな。不親切すぎるUIだ。


右上には現在の日時が表示されている。

私が事故にあった日と同じ3月25日だった。


その下には、私……いや、アイリスの全身の姿が映し出されている。服装は今着ているものじゃなくて、初期アバターのようなシンプルなピンクのワンピだ。まさか、課金制ガチャじゃないでしょうね? どこかに課金アイコンあるのかな?

少し不安になるが、よく見ても課金を示すようなアイコンは見当たらない。ほっと胸をなで下ろす。私はソシャゲでは、アバターより火力派でした。はい。仕事のストレス解消に課金してました。はい。

さらにじっくり画面を見ていると、画面の左下に、小さな歯車のアイコンを見つける。

うーん、歯車と言えば設定だよね? ちょっとワクワクしながら歯車に触れると、別の新しい画面が表示された。


─────────────────

 【パッシブスキル設定】

 【アクティブスキル設定】


 自動アシスト機能(ON/OFF)

─────────────────



設定って、画面の明るさとかの設定じゃなくて、スキルの設定なの? もしかして……めっちゃヤバくない? この世界には、魔物との戦闘とかがあるの? 薬草売りの少女が、モンスターと戦うの? 薬草の力で? 無理すぎる。それとも、聖女になって癒しのスキルを使う系? どっちにしろ戦闘。ムリ。絶対。


いきなり、この世界が危険な世界に見えてきた。




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